:Paul Féval『Le Chevalier Ténèbre』(ポール・フェヴァル『暗黒騎士』)

                                   
Paul Féval『Le Chevalier Ténèbre』(OMBRES 2001年)
                                   
 「Petite Bibliothèque Ombres(影文庫)」という叢書の一冊。この叢書は、幻想・奇異・驚異部門、驚異旅行部門、ユートピア・SF部門の三部門に分かれていて、聞いたことのない著者の面白そうなタイトルの作品がずらりと並んでいます。このシリーズではMarcel Schwob『Coeur double(二重の心)』も持っていますが、いずれも表紙の絵が喚起力があってすばらしい。

 このところ読んでいたErckmann-ChatrianやJean Louis Bouquetとちがって、少し文章が凝っている分知らない単語も多く難しくなりました。持って回った言い回しや、本筋とは関係のないかあるいは物語を長くするためだけにあるような文飾が多いのが原因でしょう。

 話は脱線しますが、物語を難しくする要素を考えてみました。①登場人物がやたらと多いこと。縁戚関係が複雑で、しかも登場するたびに名前の呼び方が違っている。②話が次々と脱線すること。枚数を増やそうとしているためか、知識のひけらかしのためか。③物語が単線で進行せず、時間や場所が複数あってそれらが入り乱れて進行していく場合。④初めから物語を壊そうとする場合。これは一部の現代小説。いま思いついたのはこれくらいですが、まだ他にもあると思います。

 この物語の主な舞台はパリで時代は19世紀前半、貴族たちの集まる夜会で話が始まります。「怖い話を」という声に、一人の男爵と弟の司祭が、ハンガリーのある大金持ちの貴族の館にジプシーの兄弟がやってきたという話を語りはじめます。ジプシー兄弟は手品を披露した後、貴族の娘に暗黒兄弟がとり憑いていると占いますが、暗黒兄弟とは兄が死の騎士で弟は吸血鬼、墓の中に生きていて何度殺してもまた復活する亡霊で、ジプシー兄弟も実際に暗黒兄弟が縛り首にあってぶら下がっている姿や、袋に入れられ船に乗せられて流れているところ、また二人の死体が焼き場に運び込まれるのを見たと証言します。ところが、このジプシー兄弟こそが暗黒兄弟でハンガリーの貴族は零落させられてしまうのです。

 男爵と司祭は、さらに矢継ぎ早に、暗黒兄弟がイギリスの伯爵とその息子に化けた昨年のヴェニスでの犯罪や、スペインの親王と愛人に化けた2週間前のフランスでの犯罪を語り継ぎますが、そこへ、警察長官が現われ昨日パリで盗難があったと告げると、男爵は、実はこの場にも暗黒兄弟が何らかのペアの姿で乗り込んでいると宣言します。

 このあたり、時間と場所がどんどんと語りの場に近づいてくる迫力を感じさせ、なかなかの腕の冴えがあります。また兄弟が語る兄弟の話のなかにまた兄弟の物語が続くあたりは、枠物語の様相も帯びています。この話しぶりは怖い話をと言った時に、「ガランのように」という注文があったことからでした。ガランとは千夜一夜物語の仏訳者のガランのこと。

 暗黒兄弟が乗り込んでいるという言葉に皆が騒然と騒ぐ中、その夜会で慈善のために集められた宝石と金貨が忽然と消えました。と同時に男爵と司祭の姿も消えて、皆は彼らこそが暗黒兄弟だったことを知るのです。(実は語り手が暗黒兄弟であることは、かなり前から推測できました。という意味では、ミステリーとしては昨今の高度なトリック作品に比べるとどうかなと思います。)

 結局、司祭が落とした典礼書を拾った一人の青年(先の零落したハンガリーの貴族の娘と結婚することになる)が、その中に莫大な財産が蓄えられている貯金通帳を見つけ、暗黒兄弟はそれを取り返そうとしますが、逆に追っ手たちに追跡されることになります。兄弟は追っ手たちをまいて無事に墓に戻りますが、むかし暗黒兄弟に娘を殺された人物が、暗黒兄弟の墓を毎日見張っていて、彼らが戻ってきたところに石を積み上げ枯枝を積み上げて燃やしてしまいます。

 7日目に墓を暴くと真黒焦げの二人の焼死体があり、触ろうとすると灰になって崩れたというあたり、吸血鬼映画の最後の場面そのものです。

 一年後同じ場所同じメンバーでまた夜会が開かれます。皆が彼らの結末を聞いてホッとしているところへ、警察長官がまた現れて、「パリでダイヤモンドの盗難があり、宝石箱に暗黒兄弟の絵姿つきの名刺が残されていた」と告げ、ハンガリーの貴族が暗黒兄弟から届いた「まもなくお会いしましょう」というメッセージを披露するところで物語は終わります。

 物語のテイストは、明らかに大衆小説的で、ロカンボールやルパンに近く、新聞連載だったと見えて、各章がほぼ同じ長さで、章の終りが毎回次はどうなるかとはらはらするような劇的な終り方をするのが特徴です。

 フェヴァルは、怪奇的な作品をこの他に3作ほど書いているようですが(『La Soeur des fantômes(幽霊たちの妹?)』『Les Drames de la mort(死のドラマ)』『La ville-Vampire(吸血都市)』)、それ以外は、時代小説や、犯罪小説、通俗小説で、72もの長編小説と68の中編小説、18の戯曲を書いたと巻末の「著者紹介」にありました。多作家だったようです。