:JEAN LORRAIN『LE CRIME DES RICHES』(ジャン・ロラン『富豪たちの犯罪』)


JEAN LORRAIN『LE CRIME DES RICHES』(BAUDINIÈRE 発刊年不詳)

                                   
 4年ほど前にパリで買った本。その時小包で送ろうとして、箱の重量オーバーとかで、替わりに麻袋のようなものに放り込まれたため、家に届けられたときには表紙も剥がれボロボロになっていたもの。修復してもひどい状態。この版は1906年の初版ではなさそうですが、珍しいもののようです。魅力的な挿絵が10点ついていました。サインはch.nailpodらしく読めますがネットで調べてもよく分かりませんでした。
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 リヴィエラ(広くはフランス南東沿岸部も含めるようだ)を舞台に、富豪や貴族の豪奢で異様な生活の様相を写し取った短篇集。ロランも晩年5年ほどニースで暮らしているので、その時の見聞がヒントになっているに違いありません。導入部にあたる「LA RIVIERA(リヴィエラ)」と終結部にあたる「CONSUL(領事)」を挟んで、14篇が収められています。仮面が一つのモチーフとなった『仮面物語』(1900年)の続編とも言える物語が4篇ありました。


 これらは普通の出来事を描いたまともな小説ではありません。いずも死や殺人がどこかに絡んだ歪んだ物語で、日本の変格ミステリーのタッチが感じられる奇譚というべきもの。冒頭「Riviera」から、胡散臭い人物、虚飾に満ちた人物、奇矯な人物が続出して、魑魅魍魎、百鬼夜行の感、グロテスク極まれり。このグロテスクというのがこの短篇集の基調のように思えます。小人の歌姫が君臨し蛇男やヒンズー奇術師が登場する富豪の夜会(「Cour d’Espagne(スペイン宮廷)」)や瀕死の富豪をとりまき服を剥して尻に注射をする金亡者の親戚たち(「Une agonie(苦しみ)」)、若くして逝った妻を模した蠟人形を柩に入れ毎夜夜伽をする老富豪(「Madame de Nevermeuse(ネヴェルモーズ夫人)」)、名士の集まる夜会で正装の間から毛むくじゃらの尻を見せるチンパンジー(「CONSUL(領事)」)など、歪んだ情熱が溢れています。

 こうした狂躁的悪魔的な部分はロランが師と仰いだドールヴィイから受け継いでいるように思えます。それがさらに最近読んだレニエにも幾分受けつがれているように思います。『ド・ブレオ氏の色懺悔』の第五章「ド・グリニイ公爵夫人の恋と死と数奇なる葬礼の物語」をはじめ、仮面夜会や貴族の零落を描くところなど。そういえばレニエをゴンクールのサロンに手引きしたのはジャン・ロランでした。

 この物語にはロランの外国趣味がうかがえ、スペイン宮廷風を讃美したり、モナコ、ウィーン、ロンドンが舞台になったり、北欧貴族やロシア貴族、ロシア富豪の娘などが主役になったりしますが、本人も実際に、地中海周辺を中心にあちこち旅をしていたようです。この外国趣味もレニエと共通します。レニエの方が洗練されたかたちだと思いますが。

 
 巻頭に、Georges Normandy によるロランの生涯を辿った文章「LA LEGENDE ET LA VIE DE JEAN LORRAIN」が34頁ばかりついていました。面白いエピソードを紹介しておきます。
①軍隊ではサーベルで決闘したり、文学上ではプルーストなどとも決闘したりしたこと。
②生地フェキャンは港町で文学をやるのは馬鹿にされていたので、父親がペンネームを考えたが、母親がたまたま持っていた本を開いてそのページにあった名前のLorrainとしたこと。
③パリの下宿は、以前情事用の隠し部屋だったところで、ロランの後に入った独身の老人は気が狂って自殺した。ロランもこの部屋で亡霊に悩まされたという。足音が聞え、扉がひとりでに開いたり、垂れ幕の下に足が見えたり、女の手がカーテンから出たりしたらしい。
④晩年のニースの館にはフランスやヴェニスの古家具を集め、モンテスキューから送られた蛙もあった。船の出入りが見え、港町フェキャンの幼い頃を懐かしんでいたらしい。
⑤フェキャンにあるロランの墓の墓碑銘。「ここに休む。熱烈で哀しき生もいまや平和な眠りを妨げず。日々曙が光の涙で包む。その生涯は曲がりくねった小路の末のひとつの墓」。


 各篇を簡単に紹介します(ネタバレ注意)。
○LA RIVIERA(リヴィエラ)
リヴィエラのとある別荘のサロンに集まった人々を紹介。それぞれ胡散臭く犯罪の匂いのする虚飾に満ちた人物たちだ。


AME DE FEMME(女心)
仮面夜会で挙動不審な婦人が皆から仮面を脱がされそうになっているところを助けた。その女の家に招かれて行くと、女は、北欧の貴族に嫁いだが、夫が女嫌いで、夫の許可のもと浮気をしたら相手が続けて変死した、という生涯を語る。


La Villa des Cyprès(糸杉の別荘)
友人の謀略の疑いが濃厚な若い富豪貴族の死。愛する息子を失った悲しみに15年間喪に服し続ける母親。母親の命令によって息子の愛人も喪に服し続ける。こうして過去が、二人の女性の現在と未来を腐らせ続けるのだ。


○Cour d’Espagne(スペインの宮廷)
安キャバレーで満座の喝采を浴びる小人の歌姫の物語。歌姫は大富豪の老銀行家の寵愛を得て、世界から芸人を集めた豪華な夜宴を取り仕切っていたが、伝染病に神経質な富豪から罷免される。ゴヤかヴェラスケスを思わせるスペイン宮廷風の戯画。


Lys d’Allemagne(ドイツの百合)
ドイツの宮廷は不義に対する処罰が厳しい。二人のならず者音楽家の一人と妻が密通し、子どもができたことを宮廷に知らせるぞと脅迫されたドイツの貴族夫婦が煩悶する話。拍子抜けする幕切れが瑕。


○Une agonie(苦しみ)
『Le Vice errant(彷徨える悪徳)』の登場人物Noronsoffの後日談。彼が死ぬ間際に親戚と称する連中が集まって何とか遺書にサインをさせようとてんやわんやの立ち回りをする。グロテスク喜劇。


○Madame de Nevermeuse(ネヴェルモーズ夫人)
オペラ劇場に毎夜通う金持の老婆の結婚のいきさつ。彼女は貧しい育ちだった。ある老富豪が若い夫人を亡くし、悲しみのあまり面影をうつした蠟人形を作ったが、娘がその亡き夫人にそっくりだということを知った一家が策謀を凝らして、娘を後釜に据えるという話。愛する妻の仮埋葬の柩を永遠にとどめようとする老人の狂気が精彩を放っている。


Deuil d’Escurial(スペイン宮廷風の服喪)
モスクワからパリへ娘が歌姫になる栄華を夢みてやってきた成金一族だったが、その娘が死に喪に服し続けるなかで、壮麗な墓に納められた歌姫の衣裳を掘り出して着続ける無気味な従姉妹の話。


Disparues(死者)
見栄とハッタリが横行する現今の芸術界を批判し、優雅で気取りのあった過去を回想する。そのなかでルーマニアからパリに来て3年足らずで逝った歌姫の思い出を語る。


○Le Vengeance du Masque(仮面の復讐)
ニースのカーニヴァルで付け回してきた男の仮面を引き剥がし、その際相手の左目を血だらけにさせたカーニヴァル好きの婦人が、次の年仮面の男にしがみつかれた。男は自分の仮面を取り、穴のあいた左目と天然痘の膿泡だらけの顔を見せ、彼女の手に義眼を握らせ、彼女はショックで脳溢血を起こして死んでしまう。


Mademoiselle de Néthisy(ネティズィ嬢)
娘を玉の輿に乗せようと、僅かの年金を頼りに豪奢を装い、オペラや舞踏会に娘を連れ回す母親。なかなか相手にされず次第に困窮していくなかで悲劇が起こり娘は自殺する。


◎A VALSE DE GISELLE(ジゼルのワルツ)
ダンサーが若かった頃の思い出を語る。姉妹で参加したカーニヴァルの夜、劇場の常連だった老貴族に後をつけられ、古い館での夕食に招かれる。ジゼルのワルツを踊るのが条件だった。食事の後ダンサーが踊っていると、妹が鏡を見て恐怖の叫び声をあげた。そこには別の女性が踊っている姿が映っていたのだ。怪奇を語るまでの雰囲気を盛り上げる語りがいい。


LE DERNIER MASQUE(最後の仮面の話)
結局迷宮入りする首なし女殺人事件。何が仮面かよく分からなかった。首がないということがもう一つの仮面ということか。


PAR LES ROUTES(途上で):次の2篇の総題となっている。
◎FORAINS(縁日)
吸血譚。旅の途中寄り道をした海岸の町の人里離れたサーカス小屋で体験した奇妙なできごと。吸血蝙蝠を操る女性との一晩の行きずりの情事。恐怖の中に甘美さもまじり、ずきずきするような魅惑がある。真相が不明なまま終わるのもいい。


LA FEMME A WILHELM(ヴィルヘルムの妻)
お祭りの会場で、美形のボクサーをめぐって女同士の争いが起こる。その事件を様々な視点から語っているのが特徴。渋滞の馬車での会話、それを漏れ聞いたある人物の見聞、警察の立ち合いでの女同士のやり取り、ボクサーと女との会話など。さらに後半部では馬車に乗ったグループがボクシング小屋へ辿りつき、美形ボクサーへの思いを心に秘めていた若妻がボクサーに薔薇の花束を捧げる。事件と後半の話がどうつながるのか、最後がよく分からなかった。


CONSUL(領事)
有名人、タレントが集まる宴席で満座の笑いを取るチンパンジー。破天荒でグロテスクなおかしさがあり、どの喜劇役者よりも上手だ。だが結核で死んでしまった。才能あるものは早く死んでしまうのだ。