:JEAN MISTLER『Gare de l’Est』(ジャン・ミストレール『パリ東駅』)

                                   
JEAN MISTLER『Gare de l’Est』(Grasset 1975年)

                                   
 マルセル・シュネデールの『フランス幻想文学史』のミストレールの項では「ドイツ・ロマン派の後継者で、数多くの幻想的な作品を世に出し」と紹介されていましたが、この小説は幻想小説というよりは正統的な小説です。とても思いが溢れ感動的で、久しぶりに読んでいて涙が出そうになりました。

 作品の中心にあるのは第一次世界大戦。年老いた著者がパリ東駅から列車に乗るところから書きおこされ、かつての戦場だった町々に降り立ち、若き日の戦争と恋、友人たちとの日々を懐旧し、最後にまたパリ東駅に戻って行くという話で、ホテルに滞在し町を歩く老いた著者の姿と、若い日の場面が交互に織り合わされながら物語は進行していきます。追憶小説の白眉といえましょう。

 戦争の追憶という語りで緊迫した叙述が続きますが、ドイツ軍の猛攻撃にさらされたフランスの東部戦線の状況が手に取るように分かりました。戦争を舞台にしたヘミングウェイの小説を読んでいる感じもします。文章は滑らかで読み易く、思ったより早く読み終えることができました。

 コンサートでのヴァイオリニストで看護婦でもあるイレーヌとの最初の出会いのシーン(p37あたり)や、戦場で二人が擦れ違うシーン(p144あたり)は戦前の映画を見ているような雰囲気に溢れていて、これはまたハーレクインロマンスにも似た悲恋物語ではないかという気もしてきました。

 文章は豊かで、どこかブリヨンの筆致を思わせるところもあります。教会や古い建物の描写や、記憶や死についての思弁的な語りがところどころにあり、また文学や絵画、彫刻、音楽への言及がちりばめられ、文章を格調高いものにしています。言及される人名を上げれば、ボードレールプルースト、ド・クィンシー、アンドレ・トゥリエ、P・J・トゥーレ、ユゴースタンダール、シャルル・ゲラン、カゾット、ネルヴァル、アンドレ・シェニエ、ジャック・カロ、ピラネージ、ショーソンドヴォルザーク、リャードフなど。

 わずかながら幻想趣味が現われるのは、第Ⅲ部に登場する悪夢のシーンや、手相占いで読み取られた死が実現するというあたりでしょうか。

 Ⅲ部に入って、戦争が終り学校の追憶になりますが、Ⅱ部のせっかくの緊迫感が中断され拡散した印象となってしまったのが少しフラストレーションを感じたところです。

 ピラネージの幻想を語るところで、塔が逆様になって井戸になり、穹窿が大きく口を開いた深淵に置き換わるというイメージ(p234、誤読かもしれない)は凄い。