:J.M.A.PAROUTAUD『LA VILLE INCERTAINE』(ROBERT MARIN 1950年)(J・M・A・パルトー『さだかでない町』)


 生田耕作旧蔵書の1冊。1965年7月25日の日付が鉛筆で書いてあるのは読了日でしょうか。またところどころ丁寧な字で単語訳の書き込みがあり、けっこう几帳面な性格だったことがわかります。

 読み始めは少してこずりそうな予感がしましたが、字も大きくて、ページ数も少なく、私にしてはかなり速いペースで読むことができました。


 ひとことで言えば、奇妙な小説です。(この後ネタバレ注意)
 冒頭しばらくは主人公の彷徨譚のような感じ。カフェでポーカーに見入ったあと、店主から「二匹の蜥蜴」というホテルを紹介されます。外へ出ると、雨が降り始め、デパートの入り口で雨宿りをしている人々に混じりますが、次第に猛烈な雷雨となり、興奮して見ていた人々のなかに雷が墜ち、焼け焦げて死んだ人が肩にもたれかかってきます。逃げるようにそこから離れた主人公は、次に公園の入り口で、バケツの底を叩いて遊んでいる幼児を見ながら寝入り気がつくと、蜥蜴が眼の前に居て睨みつけると消え失せた。そして公園に入るとベンチでアベックがいちゃついており、閉園時、閉門に間に合わなかったアベックの男が女を殴り倒すのを目撃します。

 夢の中の出来事のような感じもしてきます。次に、「二匹の蜥蜴」ホテルの前まで来ると、カフェでは薄絹をまとった女が歌っており、ホテルに入るとそこは売春宿のようで、間もなく女が入ってくるぞと思いながら寝てしまいます。次第にポルノ小説のような雰囲気もしてきました。何か奇妙な小説であることは間違いありません。『マダム・エドワルダ』や、『鉛の夜』との近親性も感じました。

 カフェに戻ると、店主が、高いところから飛び降り脛や太腿を骨折する危険のある「飛び降り競技」というスポーツ(見世物)の話を熱狂的に語ってくれます。細部が何とも詳細に語られ、夢の中の出来事のようですが現実味のある世界を出現させています。シュルレアリスム小説の範疇に入るのでしょうか。

 その後店主から仕事を紹介され赴いた近代工場の描写はSFのようでもあります。工場で隣で働いていた女性の家に間借りすることになり、その夜のうちに彼女と出来てしまいます。女性には15歳の娘がおり、娘ともその後怪しい関係になります。再びポルノ小説の様相です。3人で円形競技場で行なわれている飛び降り競技を見に行ったりします。

 この国では、掟というものが中心で、帽子をかぶった役人たちがたえず見張っていて、どういう理由か分からないまま人々を拉致して行くのです。拉致された後蜥蜴と格闘しなければならないと言う話もあります。知り合った女性の夫も拉致されたばかり。カフカの『審判』の雰囲気にも似ています。『1984年』など、官僚が支配する国を描いたディストピア小説というのが結論でしょうか。

 主人公も役人に捕らえられ、危うく抹殺されるかと思いきや、公園のアベック殴打事件の証人として尋問を受けるにとどまります。その後、すでに死者となっている女性の夫と家族で面会したり、また彷徨ううちに別の売笑宿へ行ったり、カフェで店主からエロティックな女子飛び降り競技の写真を見せられたりします。

 男はどうやら山の向こうの町で人を殺して脱走してきたらしいことが途中で判明しますが、この町でも役所へ乗り込んで上席官吏の首をへし折った後、山の向こうの町へまた戻り死刑となる道を選びます。


 ネットで見ると、パルトーは法律を学んだ人のようで、この本でも掟という言葉が頻繁に出て来て、キーワードとなっています。他の小説もぜひ読んで見たいという気になりました。