:Maurice Magre『Les Colombes poignardées』(モーリス・マーグル『傷ついた鳩』)


Maurice Magre『Les Colombes poignardées』(L’ÉDITION 1917年)
                                   
 昨年パリでの購入本。モーリス・マーグルは『Lucifer(ルシファー)』以来二冊目。:MAURICE MAGRE『LUCIFER』(モーリス・マーグル『ルシファー』) - 古本ときどき音楽 記事参照。

 Romanと銘打たれているのに、出だしは散文詩のようで物語がなかなか始まりません。かつ散文詩のようになっているぶん抽象的なところが多く文章は分かりにくい。困ったなと思っていたら途中から登場人物が重複して出てくるようになり、しだいに小説らしい体裁が整ってきました。後半は文章もいたって平明で初心者でも快調に読むことができました。

 物語の舞台は、第一次世界大戦下のパリ。兵士たちが招集された後、パリの女性たちがどんな思いでどんな生活をしていたかが描かれています。語り手が友人Marcoの恋人Jacquelineに恋い焦がれるという三角関係の物語を中心に、Jacquelineの仲間の踊り子の疎開先の暮らしや、語り手の女友達の転変を余儀なくされた生活のエピソードを交えながら話は進みます。一種の風俗小説と言えるでしょうか。

 この小説でもマーグルらしく阿片の物憂い魅力が通奏低音のように物語の奥底で響いていて、ところどころに、阿片室に集う様々なタイプの人間が戦争や愛について語りあう場面が出てきます。主軸の物語に絡んで、散文詩的な断章、エピソード、阿片室での語りが、序も含むと全部で二十三の章に細かく分けられちりばめられています。

 小説としては、そうした断片的な叙述に加え、複数のエピソードを時間を前後させながら織り交ぜていく手法に特徴があり、そこから感じられる軽快なタッチがこの小説の魅力だと思います。おそらく当時は斬新な印象を与えたに違いありません。

 男たちが戦争に赴きはじめは深く悲しみ謹厳な生活を送ろうとしていた女性たちが、しだいに劇場やカフェ、レストランなどのパリの華やかな生活にもどっていく様子が描かれます。タイトルの傷ついた鳩というのは、そうした女性たちを表現した言葉で、苦しみを抱きながらも元気よく空を翔ける姿が物語の最後に描かれています。

 神秘主義的な雰囲気は『Lucifer』にくらべて少なく、かろうじて千里眼の少女のところへ、戦地へ赴いた恋人Marcoの気持ちを確めに、Jacquelineと語り手が占いに行く場面が出てくるぐらい。驚いたことに、そこでJacquelineと語り手との恋の成就が預言されるのです。

 マティーニがひとつの章で章のタイトルになるほど中心的に扱われています。マティーニが発明されたのは1910年頃とされていますから、まだ登場して間もない時期。小説に登場するぐらいですから、いきなり大流行したもののようです。一杯目二杯目三杯目と飲みすすんでいくにつれて、マティーニの色合いが微妙に変化するところが鮮やかに描写されていました。その影響があってか、先日飲みに行った時、ついマティーニをたのんでしまいました。

 サムライ(samouraï)p61、着物(kimono)p78など日本に関する言葉や、カンボジアインドシナなど異国情緒を漂わせる言葉が出てきたのもこの時代ならでは。