:俳句の本2冊

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外山滋比古『省略の詩学―俳句のかたち』(中公文庫 2010年)
平井照敏『俳句開眼―十七音詩型創造の楽しさ』(有斐閣 1979年)

 このところ短詩型についての本を読んでいます。このあとも少し軟らかめの俳句の本を読んだので次回ご紹介したいと思います。

 外山滋比古を読んでいつも思うのは、取り上げる問題について、しっかりと考え抜かれていることです。あまり外からの余計な雑音を入れずに、自分の中だけで考えています。そのために読んでいて論旨がはっきりしていて非常に分かりやすくなっています。

 ただあちこちの雑誌に少しずつ書いたものをまとめているためか、薄い本の割りに重複が多いのは気になるところ。ⅠⅡⅢと分かれているが、Ⅰのみで十分のような気もします。これもこの本に限らずこの著者の本に共通の特徴です。編集者が違っても同じことが起っていることをみると、著者の何らかの方針に違いありません。繰り返し述べた方が記憶に残るという親心でしょうか。

 俳句が十七文字の背後にある空間を利用した文学であること、十七文字のなかで異なった世界がぶつかり合うところに美しさが生じることを強く主張しているところは、先日読んだ川本皓嗣、今回一緒に読んだ平井照敏にも、共通しています。

 著者は、やわらかく流す表現に特徴がある日本語の膠着語としての性格を述べた後、その制約の中で言い切る強さをもたせるために切字が存在すること、季語が借景の機能を持つこと、句の鑑賞は作者から離れて行くことなどを、指摘しています。

 下手な要約はこれくらいにして、論旨がよく現れている部分を引用しておきます。

言語はいかなる表現においても、語と語の間に介在すると考えられる空間によってはじめて表現になるのであるが、散文性をすて、高度の感情を圧縮して表現するには、意図的につくり出された空間が必要になる。切字はその空間をつくる手法のひとつである/p41

論理を超えて「とり合わせ」のおもしろさを見いだすことのできるモンタージュ感覚が必要・・・それが俳句の難解さになるのだが、俳句の美しさは、そういう難解さと表裏をなすものとしてのみ存在を許されている/p45

月を秋、花を桜、したがって春に限定して行く過程は、個人の恣意によるものではなくて、社会的合意と歴史的年輪に裏付けられたときにおいてのみ有効になる/p74

本の中では何気なく読むような文句でも、引用して見ると、急に立派な名言のように感じられることがあるのも、引用ということは、表現にもとの文脈の中とは違った、新しい大きな空間を添えることになるからであろう。詩が毎行、改行しているのも、この空間の設定として考えてみるとおもしろい。/p85

近代芸術といわれるものには添削の思想が欠如している。近代芸術がロマンティシズムに根ざしているからであろう。西欧的ロマンティシズムは宗教の崩れた形であって、天上の神の存在を疑い地上の人間に神の片影を認めようとした。これが文芸においては作者の神格化になる。作者は絶対であり、テクストの自律性も当然のこととされる。/p91

和歌の本歌どりは先行の作品による借景であるが、俳句においては、多く季語を本歌として、その上に新しい句を創る。つまり、借景の内蔵化である。驚くべき発見であって、俳句に深みと交響を与える原理が季語というわけである。/p154

余白、空白は大切であるが、それは残像が浮上するからである。もっとも短い詩が、大きな表現力をもつには、空白がきわめて大切であって、一般の詩の比ではない。その余白は、残像を生かすためのものである/p173

 『俳句開眼』は実作者向けの入門書。著者が詩の世界から俳句の世界に歩み寄った経緯を振り返りながら近代俳句史を語り、次に過去に遡って江戸時代の俳諧として芭蕉、蕪村、一茶の三人を取り上げ鑑賞し、最後に実作の手引きを述べています。

 近代俳句史の部分では、秋櫻子が師匠の虚子から離脱したときのエピソード、そして秋櫻子自らも新興俳句と一線を画したことで若手同人高屋窓秋らの離脱を招いたこと、また著者の師匠である加藤楸邨石田波郷が秋櫻子の「馬酔木」の事務所で五年間机を並べていたことなどが、熱く語られています。

 江戸時代の俳諧では、従来求道者的性格を指摘されていた芭蕉像が、諧謔や機智に富んだ俳諧師へと変貌しつつあることを紹介した後、蕪村と芭蕉を対照的な存在として描いています。そして芭蕉的なものと蕪村的なものが近代俳句史において、交互に現れることを指摘しています。

 実作の手引きでは、実作の心得(注意十箇条)が分りやすく述べられています。少し言葉を変えただけで、がらりと表情を変える凄さには驚きました。この部分は実作者にはかなり参考になるものと思います。

 この本の終わりに差し掛かったところで、河原枇杷男の句を一読たちどころに惹かれてしまいました。私の好きな中村苑子や摂津幸彦の句と同様、どの部分がどうとは分からないのに不思議な魅力があります。振り返って考えると、この本で見ていた江戸時代ないし近代の句は、それなりに味わいは分かりますが、少なくとも私には、現代のこれらの句のように、どんどん引き込まれて不思議な境地に入り込むというところまではいかないことを発見しました。

 私の場合、昔の句は解説を読んで初めてなるほどと感心することが多いですが、これは伝統的な俳句にはそれなりの読み込みや修練が必要ということだと思います。それはまた逆に言えば、修練によって何か失われるものがあるに違いありません。

 この本でも印象に残った文章を引用しておきます。

自然を描写するといっても内に作者の感興が動かなければ心の鏡は何物も映さない・・・虚子はこうした、暗黙の主観の働きを考えて、客観写生という名のもとに、実は主客合一の写生を説いたのであった/p30

子規、虚子、秋櫻子、楸邨・波郷と、蕪村、芭蕉の循環をくりかえしてきた系譜が、龍太・澄雄にいたって、またその体質が蕪村的であることもおもしろい/p76

自分の眼、自分の誠実以外にはないのだ。含羞をもってそれをはたしうるものだけが作家なのである/p112

作者は、次々にことばを出しながら、意味のほかに音色まで選んでいるのにちがいない。/p178

詩の本質は、二つの無関係なものを結びつけることにあるとは、東西古今の詩に精通した西脇順三郎の第一に説くところである/p180

詩人に問題である唯一のことは、どのように書くかということになる/p185

読むと書くとは、一つのものの裏と表のようなもので、互いに支え合って作品の形成に進んでゆくものなのだ。/p228


この本の中で、感銘を受けた句を下記に(俳句の場合全文引用になってしまいますが著作権は大丈夫でしょうか)。
いくたびも雪の深さを尋ねけり(正岡子規)/p9
赤い椿白い椿と落ちにけり(河東碧梧桐)/p14
風が吹く仏来給ふけはひあり(高浜虚子)/p27
その中にちひさき神や壷すみれ(高浜虚子)/p27
箒木に影といふものありにけり(高浜虚子)/p32
をりとりてはらりとおもきすすきかな(飯田蛇笏)/p38
冬蜂の死にどころなく歩きけり(村上鬼城
白日は我が霊(たま)なりし落葉かな(渡辺水巴)/p42
たばしるや鵙叫喚す胸形変(石田波郷
麻薬うてば十三夜月遁走す(石田波郷)/p50
塚も動け我泣声は秋の風(芭蕉)/p132
わが美林あり檜葉杉葉言葉千葉(折笠美秋)/p202
天体やゆふべ毛深きももすもも(折笠美秋)/p203
紅蟹やぜんまい満ちて駆けだしぬ(平井照敏)/p208
冬蝿のころんと落ちて足をあぐ(平井照敏)/p209
滝鳴らずなりたり鳴らずなりにけり(秋元不死男)/p248
野菊まで行くに四五人斃れけり(河原枇杷男)
或る闇は虫の形をして哭けり(河原枇杷男)/p269