:ローデンバック村松定史訳『静寂』(森開社 1986年)

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 昨年末に読んだ本です。原詩と一緒に読みました。
原詩は『ŒUVRES DE GEORGES RODENBACH Ⅰ』(MERCURE DE FRANCE、1923)による。

 原文だけでは、私の語学力ではとうてい読みこなせませんが、翻訳と見比べながら読むと、原詩の味わいが分かるように思えます。翻訳にはない響きの美しさ、優しさを味わうことができたように思いました。

 まさしくタイトルどおり静寂そのものです。原詩とあわせて読んでみると、いろんなことが見えてきます。
 例えば、この詩集はIからXXVIまでの26編の詩からなりますが、はじめのIIからVIIまでは一行目二行目に必ずchambre(部屋)という言葉が出てきます。このあたりの詩篇は室内の暗がりをテーマにした連作ということが分かります。
 そして、VIIIで、室内からcarillon(鐘)の音に誘われるように外に出ます。Xでは町の賑やかな様子が描かれますが、それも一瞬でふたたび静けさの中に戻り、XVIIあたりからはl’eau morte(淀んだ水)やles canaux(運河)という言葉に象徴されるような『死都ブリュージュ』の世界が展開します。この詩集の方が書かれたのは先のようですが、『死都ブリュージュ』の世界が、さらに濃密になったような感じです。

 こんなに静かな詩があるでしょうか。他の詩人ではかろうじてトラークルを思い出すぐらいです。音楽で言えばアダージョ楽章、絵で言えば銅版画かグリザイユのような趣き。

 この詩集を読んで感じたのは、詩というものは嘆息に違いないということです。詩が嘆息であるなら、その一行はひとつの吐息のようなものでしょう。吐息であれば、12音ぐらいが限界です。そしてその吐息の最後の終わり方が印象に残るとすれば、そこに韻というものが発生するということではないでしょうか。

 静寂をかたちづくる単語の選ばれ方を抜き出してみました。訳語は村松さんの訳詩の該当の部分をあてています。
silence(静寂)、doux(優しく)、faible(弱い)、ennui(憂愁)、malade(病む人)、douceur(優しさ)、 crepuscule(黄昏)、ombre(薄闇)、s’endort(眠り込む)、une bonne mort(安らかな死)、le miroir terne(曇った鏡)、pâle(青ざめ)、meure(死に行く)、déteint(色褪せた)、une neige noire(黒い雪)、sourdine(弱音器)、viole assoupis(抑えたヴィオルの音)、tue(黙り込む)、langoureusement(しおしおと)、la clarté se retire(光薄れて行く)、obscur(薄闇)、assombrie(くぐもる)、orpheline(一人ぼっち)、tombeau(墓)、songeur(夢見る人)、muet(無言のうちに)、vague(ほの暗い)、fils d’ombre(影の糸)、vide(虚空)、un blanc mat(くすんだ白さ)、se fane(色褪せて行く)、eaux captives(囚われた水)、mélancolie(憂愁)、lointaine(遥か彼方の)、fontaine(泉)、défunte(死んだ)、éteinte(消え入りそうな)、informulée(ぼんやりした)、absent(失踪者)、fluette(かぼそい)、mortuaire(葬られ)、une ville morte(死んだ町)、à pas étouffés(足音をひそませ)、une odeur fade(くすんだ匂い)、 sombre(薄暗い)、triste(悲しげに)、disparaît(消えていく)、se lamente(嘆きを洩らす)、tristesse(悲しみ)、vêpre(晩禱)、doucement(静かに)、linceul(経帷子)、dans la brume(霧の中で)、indistinct(ぼんやりした)、rivières debiles(力ない川)、léthargique(昏睡)、l’eau pâle(青ざめた水)、langueur(憂愁)、un lac stagnant(澱んだ湖)、des anciennes années(古い歳月)、décroît(弱く衰えていく)、neige(雪)、endormeuse(眠らせる人)、pâleur(蒼白さ)、nuit(夜)、calme(静けさ)、funèbre(喪の)、cimetière(墓所)、le ciel nocturne(夜空)、vapeur(もや)、soleil mort(没する太陽)、sans bruit(音もなく)、diaphone(半透明の)、vieille(老い朽ちた)、deuil(喪)、somnolent(まどろむ)、somnolence(まどろみ)、canaux muets(無言の運河)、eaux inanimées(息絶えた水)、souvenirs tranquilles(安らかな追憶)、villes élégiaques(哀愁満ちる町々)、brouillard(霧)、s’effacer(消える)、vaine(空しい)

 詩は全編どのフレーズも素晴らしく、このところ読んだ詩のなかでは最上のものばかりで、どれを抜き出してよいか分かりませんが、一例としていくつか引用しておきます。

暮れ方の優しさ 灯をともさない部屋の優しさ
黄昏は 安らかな死のように穏やかで
薄闇はゆっくりと浸み入り這って 天井に
煙となってひろがって すべてのものは眠り込む(Ⅱ冒頭/p12)

聖体のパン それは聖歌隊席の奥に射す月光
静寂を 青く染めて行く香煙
内陣の高廊より 憂愁を紡ぎだすパイプ・オルガン(XII/p38)

ゆらゆらと眠たげな 故郷の町々よ
夕暮時 心の歩みのままに 私はそれらとまた出会う
私の夢よ おまえは古い河岸に沿ってさまよい
そしてああ おまえの見出すのは 喪中の家々(XXIII/p60)