:CLAUDE SEIGNOLLE『HISTOIRES ETRANGES』(MARABOUT 1980年)(クロード・セニョール『不思議な話』)

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 この本は、10年ぐらい前にベルギーへ旅行したときブリュッセルで見つけたパサージュ風ビル(ギャラリーヴォルテール)の古本屋で買ったものです(たぶん)(古本屋の写真を掲載しておきます)。ここでMARABOUTの怪奇幻想シリーズを3冊ばかり買いました。MARABOUTはベルギーの出版社なので。

 セニョールは昔創土社から出ている『黒い櫃』を読んで、典型的な幻想小説を書く人だと思った記憶があります。
 今回読んでみて、作風の多彩さや肌理細やかな描写、それに語りの巧みさに、あらためて感心しました。

 死後幽霊となって真実を暴く話、絵の中の美女と愛し合う話、夢見のなかで死へと誘導される話、狼に変身した男が息子に撃ち殺される話、患者の身代わりに眠ることで病気を治癒する眠り師が邪悪な力を得て患者を操るようになる話、遠い所で起る出来事との偶然の一致(霊感現象)、自らの作った彫像に殺される芸術家の話等、興味津々の話が続きます。

 もともと民話の研究者からスタートしたと『黒い櫃』のあとがきにあり、たしかに土着的な迷信をふまえたテーマが多いですが、それがモダンな怪奇小説に仕上げられています。それは小説技巧が完成されているからで、欧米の大学では小説の技法を教えていると聞きますが、まさしくその見本のような作品群でしょう。

 セニョールの技巧の一つは、伏線を張るその巧みさにあります。結末に向けて、少しずつポイントとなる事件や、兆候をそれとなくちりばめ、大団円に結実させていくというやり方で、構成をしっかりしたものにしています。また「もしその時そのことに気づいていたなら、この事件は起こらなかっただろうに」とか「この箱の中身がどうなっているかそれが気がかりだ」とか、読者の興味を次につなげていくような、江戸川乱歩が子ども向きの作品でよく使うような手法も見られます。

 それから民話というのはだいたいざっくりとした粗筋を素描するものですが、ここではフランスリアリズムの伝統に裏打ちされた克明な描写が作品を彩り鮮やかなものとしています。若干グロテスクな描写が行き過ぎている感もありますが、それがまた現代的な印象を強めているのでしょう。

 恒例により、印象深かった作品のみ簡単にご紹介します(ネタバレ注意)。
○Les Gorel(ゴレル家の人々)
 亡霊が地面を掘るしぐさをしたことから昔の悪事が露見する話。やけどをして死ぬ女の苦しみが低音部でずっと響いている。

◎Les chevaux de la nuit(夜の馬車)
 ラーゲルレーフの『幻の馬車』を思い出させる短編。ここでは婚約者をさらおうとする死神と戦う(結局は負ける)。青年の努力が結局は婚約者を殺してしまうが、すべて青年の狂気の一人舞台がなさしめたと考えればこれほど恐ろしい物語はない。

○L’Isabelle(妖女イザベル)
 絵の中から抜け出した美女と、昼は憎しみ夜は愛し合うという逃れようのない愛に苦しめられる話。オークションから話を導入するあたりさすが。

○Le Hupeur(怪鳥ウパー)
 夢見のなかで死へと誘導される話、夢遊病者のようになって沼の物の怪に引きずり込まれそうになる。言い伝えでは悪魔の手先と思われていた「ウパー」という鳥が実は正義の味方で助けてくれる。

○L’auberge du Larzac(ラルザックの宿)
 殺されると次に誰かを殺さないと永遠に救われないという魑魅魍魎が跋扈する世界に陥った男の話。

○Le retour à Tiburiac(ティビュリアックへの帰還)
 虐殺されたユグノー教徒の呪いが数世代を経て完遂される話。最後に、美女がまたたく間に白骨になる怪奇映画のような場面がある。

○Le dernier visiteur(最後に訪れる人)
 死ぬ間際に会いたいと思っている人が訪れる物語。そして語り手にも最後の人が訪ねて来る。

○Celui qui avait toujours froid(いつも凍えている男)
 墓地の方角から毎晩痩せて死神のような男が町の旅籠屋にやってくる。不気味に思い墓場から甦った死者に違いないと、ついにある日皆で示し合わせて打ち殺したところ、その姿や行動は男の単なる生き方で、普通の人だったことが分かったという話。

○Le miroir(鏡)
 事故で整形した女優が海辺の別荘へ来て包帯を取ったらおぞましい顔になっていたので海へ身投げをするが、実は鏡の奥に置いてあったカーニヴァルの醜悪な人形を見ていたに過ぎず、打ち上げられた死体の顔は以前よりさらに美しくなっていたという話。

◎La mémoire du bois(木の思い出)
 狂気の芸術家が墓場の棺の木を素材にして、木にかすかに写った死者を彫像として復活させるが、その彫像の命ずるままに殺人を犯してしまう話。洞穴のアトリエや、早すぎた埋葬、墓場の棺の板はがしなど、おどろおどろしい場面が多数出てくる。

○Le Matagot(化け猫マタゴ)
 村の仇敵に殺された男が生前に書いていた筋書きに、話し手も巻き込まれつつ、風が吹けば桶屋が儲かる式に、事件が起って行き、最終的にその仇敵が殺されることになる。超常的な現象と論理的な展開が混在している怪奇譚。