:THOMAS OWEN『PITIÉ POUR LES OMBRES et autres contes fantastiques』(トマス・オーウェン『幽霊への哀れみ―幻想短編集』)


THOMAS OWEN『PITIÉ POUR LES OMBRES et autres contes fantastiques』(MARABOUT 1973年)
                                   
 引き続きMaraboutの「幻想小説叢書」を読んでいます。THOMAS OWENは『Cérémonial nocturne(夜の儀式)』(2010年9月2日記事参照http://d.hatena.ne.jp/ikoma-san-jin/20100902)と、翻訳で『黒い玉』(東京創元社、1993年)、『青い蛇』(東京創元社、1994年)(2010年9月10日記事参照http://d.hatena.ne.jp/ikoma-san-jin/20100910)の二冊を読んで以来です。

 この本の中の「Pitié pour les ombres(幽霊への哀れみ)」「Passage du Dr Babylon(バビロン博士の訪問)」「Villa à vendre(売り家)」の三篇は『黒い玉』、「Les Vilaines de nuit(夜の悪女たち)」「Donatienne et son destin(ドナティエンヌの運命)」の二篇は『青い蛇』に入っていました。

 文章はかなり分かりやすく、比較的早く読み終えることができました。しかしやはりところどころ分からない所があって、何度読んでも理解できないのは困ったものです。かかずらっていると時間がもったいないので読み飛ばしてしまうのが、上達しない原因でしょうか。

 「Le Coffret(小箱)」のなかに「現実ともう一つ別の世界が横糸として織り合されていて、それが時々現れるんだ(p45)」というセリフがありましたが、この本に収められている物語は、現実と遠くの幽冥界が符合する、あるいは往き来するという点で共通しています。

 『Cérémonial nocturne(夜の儀式)』に収められた諸篇のほうが佳作が多かったように思います。THOMAS OWENというアメリカ風のペンネームをつけているとおり、味わいはアメリカミステリー風で、最後に落ちが用意されていて、どこか軽い感じがしました。

 怪異譚は、途中までおどろおどろしい雰囲気があっても、最後に尻すぼみになりやすいのは、落ちをつけたり、合理的に解決しようとするからで、それを急ぐあまり、せっかく前半でゆっくりとした叙述をしていたのに、最後に細部を描くことをおろそかにしてしまうからだと思います。

 幽霊の仕業だったというのも合理的な解決のひとつであって、幽霊だと言ってしまうと物語の深みは消えてしまいます。幽霊かどうか分からない所に幻想の根拠があるわけで、未解決のままに宙ぶらりんのまま放り出されたほうが余韻が残って味わいが増すと思います。

 エピグラフがそれぞれの短編の冒頭に掲げられていましたが、どれも幻想小説の核心をついた素晴らしい言葉ばかりでした。

                                   
 一部翻訳があるものもありますが、各短編を簡単にご紹介します(ネタバレ注意)。
○Pitié pour les ombres(幽霊への哀れみ)
メリメの「イールのヴィーナス」を思い出させる幽霊譚。砂漠の中でさまよっているうちに修道院の廃墟に辿り着き、偶然地下にある墓地に入った。溶けかかったような屍体を見て気持ち悪くなり慌てて脱出するが気がつくと指輪を落としていた。その夜、部屋に女性が訪れ、朝起きるとその女性の姿はなく指輪がまた戻っていた。前半の不気味なハラハラ感は抜群だが、最後は少々尻すぼみ。


○Son époux regretté(いまは亡き夫)
前半は殺された夫の幽霊の目線で物語が進む。冒頭自分の姿を見て脅える妻の様子が描かれる。そして妻が止めるのを振り切って自分の部屋に入ると男が倒れていて、見ると自分だった。妻が殺したと白状し二人で死体を片付ける。そこでそれは作家である夫が見た夢だと分かる。後半、実際にその事件が起こっていた。警察の調べに妻はしらばくれていたが、雑誌に投稿されていた夫の小説がその事件を暴くのだった。


×Le Coffret(小箱)
怪異譚。ママが男と失踪して残された叔父さんとぼく。傷心の叔父さんの「私の死後に燃やせ」という言いつけで預かった小箱を燃やしたが、その子箱の中にはママの写真が入っていた。そして同じ時間にママは遠くの町で燃え死んでいたのだ。


○Passage du Dr Babylon(バビロン博士の訪問)
密室殺人トリックの趣向のある幽霊譚。物音に悩まされる主人公がある夜家から出ていく足音を聞き、外に出ると決闘服を着た老人が去って行く姿が見えた。声をかけると、通りがかりのものだと言う。独りで夜いるのが怖いと無理やり泊まってもらった。翌朝彼の姿はなく、枕元に血痕がついており古い型のピストルが残っていた。玄関を見ると内側から施錠されたままだった。幽霊をわざわざ家に招き入れてしまうところが面白い。


◎Métamorphose(変身)
幽霊譚。舞踏会の帰りに東洋的な面影のある美しい女性をタクシーで送って行ったが、街から遠い森のはずれにある大邸宅だった。その夜中国の人形が出てくる夢を見た。次の日、その家に行って見ると、「売り家」の張り紙があり廃屋だった。開いていた玄関からその家に入り、いくつもの部屋をさまよった最後に見つけたのは天井まである巨大な彫像で、あの女性と人形が合体したような姿だった。若い男が美女とのアヴァンチュールにそぞろとなった様子がよく描けている。最後の雲をつくような彫像が意表をつく。


La montre(時計)
時計の魔力がモチーフの怪異譚。入水自殺した男が主人公の渡し守の所に懐中時計を残していった。その時を刻む音に苛まれ、渡し守も同じように入水自殺をする。奇跡的に引き上げられた渡し守は、ポケットを探り時計がないことを確め、「持ち主が濡れた手で持ち去った」と告げる。


×Les Vilaines de nuit(夜の悪女たち)
散文詩風の魔女譚。風の家、水の家から二人の年老いた悪女、新婚早々の旅籠から若い美女が夜集まったが、老練な悪女よりも、新婚早々の美女の方が邪悪で、老女たちが驚いたという皮肉っぽい話。新婚の夫は夜妻が抜け出したことも知らず、朝、風と水を感じるよとキスするのだった。


×Les petites filles modèles(典型的な少女)
夢と現実が照応する話。主人公の女性が幼い頃遊んだ庭で幼馴染の少女と出会い、二人で遊んだことを思い出す。枯枝を集めて火をつけようとした時、昔一人の男の子をいじめて火をつけて殺したことがほのめかされる。そして火が燃え上がった。それは夢だったが実際に家が火事になっていてすでに火の海だった。


×Lumineuse dans la nuit(夜に光り輝くもの)
抽象的な文章で分かりにくい。白い服を着た光り輝く女性と出会い二人が駆け寄ってぶつかったその瞬間霊感のような幸せを感じたという奇妙な夢が、夜ライトをつけた車にはねとばされるという現実となって実現する。


×Et la vie s’arrêta(そしていのちは尽きた)
村に近づく足音とともに、村が不幸に陥る。時計師、古銭マニア、老侯爵夫人の三人が死の際に引きいれられる話が三つのオムニバスとして語られるが、足音が去るとともにその不幸も消える。近づく足音の不気味さだけは成功しているが、やや安直すぎる話。


○L’assasinat de Lady Rhodes(ロード婦人の暗殺)
邯鄲の夢に少し似た話。ある港のバーで飲んでいた主人公、見知らぬ若者からさる高名な婦人の首を絞めに行こうと誘われ、冗談かとついて行くと、勝手知った家のようにずんずん入って行く。この男は家主の親戚で私をかつごうとしてるに違いないと思っていると、目の前で本当に婦人の首が絞められてしまった。帰りの馬車で恐怖のまま眠りに落ち、目覚めるとまだバーにいた。まわりの客から「いびきをかいてよく寝てましたぜ」と言われる。が町に出ると婦人の死を報じる号外が配られていた。


Nocturne(夜想曲)
幽霊譚。10年前死体を発見したが翌日消えていたことを思い出しながら、夜歩いていると、犬や人が次々に現われては消えていく。一人のルンペンが親切にも幽霊の集まりがあると説明し、あなたが見た10年前の死体だと身を明かす。前半夜の彷徨でどんな物語が展開するかと期待したが、尻すぼみ。


○Donatienne et son destin(ドナティエンヌの運命)
不可解な雰囲気の内に始まり終わる謎が凝縮されたような一篇。ひとりの若い女性がある婦人の館を訪ねてくるが、どうやら不吉ないかがわしい家のようだ。向かいの店主は行かない方がいいと忠告するが、彼女はその暗く汚い建物に入っていく。彼女は最上階の部屋で婦人が死んでいるのを発見して、慌てて向かいの店に駆け込んだ。何事もなかったかのように町はまた元通りの静けさを取り戻した。彼女の運命はどうなったのだろうか。主人公はこの不気味な町そのものだろう。


Fantôme es-tu là?(そこにいるのは幽霊?)
ユーモア小説のジャンルに入るか。幽霊が出るという噂の人里離れた館を借りた幽霊マニアのオールドミス。幽霊が出ないと嘆いているのを知った鉛管工が自ら幽霊を演じ、金貨をくすねようとする。ところが決行の夜、本物の幽霊に退治されてしまう。一方彼女は幽霊が現われないのに怒って不動産屋を問い詰めるのだった。


◎Villa à vendre(売り家)
恐怖小説が一転ユーモア小説となる。売り家と書いてある家を案内されているうちに、最上階の秘密の部屋へ招じ入れられ、そこで主が嫌がる棚を開けようとすると、その部屋に閉じこめられてしまった。そして棚の奥を見ると骸骨がぶら下がっていたのだ。主が妻を殺したに違いない。しかし最後にそれは主の仕組んだいたずらだったことが分かる。部屋に閉じこめられた時、窓の外に停車している列車に助けを呼ぶ合図をしても、皆から愛想よく手を振り返されるだけという絶望感が面白い。