:怪談本2冊 平山蘆江『蘆江怪談集』、東雅夫編『文豪怪談傑作選 室生犀星集 童子』

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平山蘆江『蘆江怪談集』(ウェッジ文庫、2009年)
東雅夫編『文豪怪談傑作選 室生犀星童子』(ちくま文庫、2008年)


 夏も過ぎて季節はずれとなってしまいましたが、怪談本2冊を読みましたので、合わせて。


 『蘆江怪談集』は以前から名のみ高く、探求書リストに入れたまま古本屋でも見かけたことがついぞありませんでした。復刊されたと知って購入。

 「狸―このつらを張りかへましたと本当らしくうそを月夜の腹鼓/p2」など、冒頭の「妖怪七首」でわくわくしましたが、期待が強すぎたのでしょうか、本編は怪談話を少し文章化したという程のあっさりしたものでした。室生犀星を前後して読んだためか、犀星の文章の心に沁みる優しさ柔らかさに比べ、語りの文章がぶっきらぼう、かつ時代物にありがちな俗っぽい感じで、そんなに好きになれませんでした。


 室生犀星は、学生時代に「香炉を盗む」など数編を読んで、幻想小説家としての側面に注目していましたが、その後しばらく遠ざかっておりました。今回久しぶりに読んでみて、あらためてその想像力の奔放さを感じるとともに、なよやかな文章の香気を味わうことができました。


 なかで印象に残った作品をご紹介しましょう。(ネタバレなので嫌な方はここでストップ)

平山蘆江『蘆江怪談集』

○「二十六夜侍」
 心中事件にまつわる話。心中した二人の死骸を埋めた男が、気持ち悪さのあまり、夜茶屋で自棄酒を飲んでいるところに、幽霊がお礼に現れるその出現の仕方がポイント。他に心中者を探す舟が心中者が打ち上げられた浜の沖合いでぴたっと動かなくなる怪異や、心中者が乞食に頼んで二人の身体を紐で結わえ海に突き落としてもらうことを懇願する場面が出色。


○「鈴鹿峠の雨」
 旅人に付き纏う男女の幽霊とその因縁の話。前を歩く男女をいくら追い越してもまた前を歩いている。追い越してようやく峠の茶屋に着いた時も先客として居る怪異。雨の降る山道を独り歩く淋しさが怪異を盛り上げる。旅館に着いても風呂場で後ろ向きに二人が並んでいるとは。


○「投げ丁半」
 友人の女性と一緒に泊まることになった男が積極的な女性に翻弄される話。蚊帳の中で女が男に迫り、蚊帳が蜘蛛の巣となって男を捕らえ、女性が蜘蛛の精となって男にのしかかる幻影が迫力満点。


東雅夫編『文豪怪談傑作選 室生犀星童子

◎「童子
 戦前の生活風景が見える小編。愛児が亡くなるまでの家中の騒動を主人公の男親の心理を追いながら描いていて胸に迫る。ここには最後の一こまにしか怪異は出現しないが、おそらく「後の日の童子」を収録するために前編として掲載したものと思われる。


○「後の日の童子
 「童子」の子が幽霊となって現れる一篇。全編を通じて優しさのようなものに包まれている。


◎「蛾」
 狂気と幻影が共存する時代物風ファンタジーとでも言うべきか。魚族の群が描かれた金蒔絵を施した櫛が謎のポイントとしてあるが、謎が謎のまま不思議な余韻を残して物語を終える。結局は淵の魔力が川師とその妻を飲み込んでしまう話と言える。月に向かって吼える男の姿は萩原朔太郎の詩からの連想か。


○「天狗」
 不気味で並外れた力を持つ剣客の狂気がテーマ。剣客が怖れられて山奥に封じられ、白い鼠が集まるという霊力を示す一方、お供えやお神酒にいつも酔い痴れていて、ついに「蛾」と同じく月に向かって吼える狂気に陥り死んでいく。


◎「不思議な国の話」
 山で失踪した娘がいったん家に戻るが蛙を食べるので金棒で邪魔をしたところ蛇となってしまう話。童子が姉から聴く話として語られる。語り前半の桃源郷のような山中の静かな池が美しく印象的。また娘が蛙を食べるシーンも魔的なものを感じさせられて良。娘が山の中で失踪してから家へ戻る部分の文が欠落しているようで違和感あり。


◎「あじゃり」
 山寺の清廉で端然とした阿闍梨が次第に魔に憑かれて様子が変わり最後は動物の眼つきの狂人と化す話。魔に憑かれたきっかけは童子への愛であった。童子自体も清らかな心を持つ存在だが、清廉な阿闍梨とセットになると魔の力が動き始めたのである。禅杖で動かぬ阿闍梨の体を打つと、頭が砕け骨だらけの体から一疋のこおろぎが這い出してくるという最後の場面は、怪奇映画によくある一瞬にして体が崩れ灰になるシーンを思わせる。


◎「三階の家」
 家の不気味さが主体となった古典的な趣きのある怪異談。夜中に物音がしたり、物影が動いたり、何かが佇んでいる気配がしたりとの前触れの後、帰って行ったはずの女が家から出ていないことが分かって愕然とし、自殺はしていないかと大家と一緒に家中あちこちを探す。何もなかったと安心した後に、大家が手首を引くので振り返ったら女が首を吊っていたというところがぞっとさせる。


○「香炉を盗む」
 戦前の耐える女の話。女性の弱弱しさと強さが嫋嫋とした文章で綴られる。旦那の行動を注視するあまり、透視能力のようなものを身につけるがそれに引き換え痩せ衰え最後は死んでしまう。妻の勘に驚く男のびくびくした感情がリアルに描かれている。


○「幻影の都市」
 夜の都市を彷徨う若者の心の目で見た世界。蠱惑的な女性を描く広告画や、都市伝説的存在である電気娘、「パリの屋根の下」を思わせる街角の音楽師たち、自動車の中の男女の姿、浅草十二階など、モダンな都市風景を背景に展開する。怪異が起こるのは十二階から飛び降り自殺したはずの電気娘が子どもの父親であるらしい音楽師の前を通り過ぎる最後のシーンのみであるが、全体的に幻想的な雰囲気が漂う。