:CLAUDE FARRÈRE『L’autre côté...―CONTES INSOLITES』(ERNEST FLAMMARION 1928)(クロード・ファレール『彼岸―奇譚集』)


これも生田耕作旧蔵書。ファレールにも幻想的な作品があることは聞き及んでおりましたが、この本はそのうちの一つに違いありません。


「autre côté(彼岸)」というタイトルに見られるように、現実離れした話を集めた短編集。「RÊVES(夢)」「FANTÔMES(幽霊たち)」「HASARDS(偶然)」「TROIS CONTES DE NOËL(三つのクリスマス物語)」の四部に分かれています。


最初の「RÊVES」に収められた短編群は、冒頭の「Une hypothèse(仮説)」が転生のテーマを扱っているように、神秘主義小説の味わいがあります。かなり独創的で、3/∞=0というような数式が出てくるのは、森敦の観念小説を思わせるところもあります。東洋的な無の世界の影響も感じられました。

中でも最長の「Où?(どこへ?)」は、見知らぬ町をさまよい断崖を降りて行くまさに夢を記述したような幻想物語。「là-bas(彼方)」という言葉がよく出てきて、冒頭の短編ではあの世を意味していましたが、この短編ではアジアの異郷をさしていると思われます。例えば、「Trois(3)」で香港という地名が出てくるように、やはり東洋の風景が念頭にあるようです。


第二部の「FANTÔMES(幽霊たち)」は怪異譚を集めたもので、なかでも「L’autre(別人)」は美女がマッチの明かりの中で一瞬魔女になる恐怖を描いた秀作。

第三部「HASARDS(偶然)」は賭け事など偶然の奇跡を題材にした物語群。ルーレットとカード賭博が出てきます。

第四部はクリスマスをテーマにした物語を集めていますが、はじめの「Noël à la mer(海のクリスマス)」が静寂の小島の中の夢幻のような桃源郷を描いて圧巻。


文章の特徴としては、同じ文章を頻繁に繰り返す手法が目に付きます。昔W・アイリッシュを英文で読んだとき、単語を少しずつ変化させながら同じ文章を繰り返していくのが、語学教室の反復練習のようだと感じましたが、ファレールの文章が分かり易いと感じるのはこの反復のせいでしょう。


ファレールがロティの部下で船乗りをしていたことから、この短編集のなかにも船や海にまつわる話が出てきます。「L’autre(別人)」「Récit d’un temoin(証言)」「Noël à la mer(海のクリスマス)」などがそうですが、とくに「海のクリスマス」の海の情景描写はすばらしい。



簡単にご紹介します。(ネタバレ注意)
Ⅰ RÊVES(夢)
○Une hypothèse(仮説)
死んだら赤ちゃんになって生まれ変わるという仮説を、本人の意識から描いた物語。


◎Où?(どこへ?)
この本の中で最長の物語。散文詩のような味わいがある。1: L’infini(無限)、2: Sept(7)、3: Trois(3)、4: Un(1)、5: Zero(0)、6: Racine carrée de [moins l’imaginaire](負の平方根虚数)の章に分れ、悪夢の世界を再現している。誰かを待ち続けている主人公は、一方で小指に指輪をした騎士にも追いかけられている。未来のリヨンらしき都市をさまよい、広大な公園から山水画を思わせる断崖の小道を伝いおりて旧町にいたる。租界地の劇場で自分が待っていたと思われる女性をついに見つけるが、同時に騎士も現れる。最後は父親に手を引かれた子どもになっていて、リヨン郊外の川べりを歩いているうちに、知らぬ間に一人になって霧の中にいる。ここはどこか。かつてはどこにいたのだろうか。彼方か。


Ⅱ FANTÔMES(幽霊たち)
◎L’autre(別人)
むかし翻訳で読んだような気がする。天使のような女性が悪魔に一瞬変貌する恐怖小説。深夜航行中の甲板で一瞬の明るさの中に浮かびあがる悪魔の顔が強烈。


Récit d’un temoin(証言)
読み違い出なければここには幽霊は現れないが、幽霊とも見まがうべき雲の上の存在である人物が登場する奇跡譚と読める。


○Les deux masques de cire(二つの蝋仮面)
蝋の仮面が生者から死者の相貌に変わり、仮面をつけていた人が後日変死するという怪異譚。


○L’arbre qui trembla(震える樹)
昔震える樹に触って友人が死んだ場所に偶然行き合わせ、試しに樹に触ると樹が震えだす恐怖。結局触った主人公も死んでしまう。


○Thor(雷神)
降霊術を信じず降霊術会場から抜け出た主人公が、一緒に出てきた男から不思議な現象を見せつけられてしまう話。怪異を起こす前、男がギクシャクした動きを見せる変貌の描写が凄い。


○Le train perdu(消えた列車)
鉄道を舞台にした怪異譚。夢を見たかのような列車本体の消失のあとに残された錆びた手押し車のリアルさが怪異をいや増す。


Le 《double》(生霊)
鏡に生霊が映る怪異譚。


La peur du chat(怖がる猫)
語学力のせいか、よく分からなかった。殺人譚。猫が怯え、私も怯えた。そのものに、隣の少女も怯えて死んだのか。それとも私が殺したのか。猫が殺したのか。いずれにせよわざと曖昧にしているのは間違いない。


Ⅲ HASARDS(偶然)
Rouge et noire(赤と黒)
賭け事を禁止した王が、ある日賭けの面白さに開眼し死ぬまで賭け事に取り付かれる話。当時としては未来の話として書かれているが、それが1948年の設定である。


La passe quinze du colonel Fox(フォックス連隊長の15回目の勝負)
賭博小説。負けるつもりで賭け続けた男が153万フランまで勝ったところでついに負ける。手元に元手の30倍の3万フラン残ったが後悔で発狂する話。賭けの専門用語が頻出し、勝負の詳細はよく分からないままだった。


Télépathie(テレパシー)
犬が飼い主の意向を察知する話。最後の三行が分からなかった。


Pardonnez-nous nos offenses(我々の無礼をお許しくだされ)
宿敵の女同士が、阿片窟で阿片の和らぎによって心を許しあう話。


L’homme que j’ai tué(私が殺した男)
第一次世界大戦時の物語。見張り兵が死ぬことが予測できながら、敵に姿を見せつつ検分を行った隊長の私。つまり私が兵を殺したことになるだろう。


Ⅳ TROIS CONTES DE NOËL(三つのクリスマス物語)
◎Noël à la mer(海のクリスマス)
若き日、クリスマスイヴに、小島の中で竜宮城か桃源郷のような幸せな体験をした思い出を綴った隠れ里小説。


Noël turc(トルコのクリスマス)
人間の赤ちゃんを助けた二匹の犬の物語。


Noël des temps à venir(未来のクリスマス)
未来のクリスマスイヴを描いているが、なぜか後半は東方の三博士の宗教譚に重なる。


 少し長くなり過ぎましたでしょうか。