:CONTES BRUNS par une tête à l’envers(逆さ頭による黄昏物語集)

                                   
Honoré de BALZAC/Philarète CHASLES/Charles RABOU『CONTES BRUNS par une tête à l’envers』(éditions des autres 1979年)(オノレ・ド・バルザック、フィラレート・シャール、シャルル・ラブー『逆さ頭による黄昏物語集』)
                                   
 一昨年、パリの古書店で偶然見つけた本。5ユーロと安かった。ネットと違って古書店の愉しみは知らない作家、知らない本と出会えることです。

 Pierre Bodin(ピエール・ボダン)とDominique Wahiche(ドミニク・ウァイシュ?)が選んだ「Chimères(幻想叢書)」というシリーズの一冊ですが、この叢書のために新しく編集したものではなく、1832年にすでに『逆さ頭による黄昏物語集』として出版されていたもの。3人の作家による10篇の作品を収めた短編集ですが、出版時は3人の著者名は明らかにされていなかったらしい。好評につきすぐに第2刷が出ましたが、その直前に名前が明かされたことが最後につけられていた書評集で判明しました。

 「知らない作家」と書きましたが、実はバルザック以外の二人も翻訳ですでに読んでいる作家でした。ラブー「検察官」は『フランス幻想文学傑作選①』(白水社)と『ふらんす幻想短篇精華集』(透土社)で、ラブー「トビアス・グヮルネリウス」とシャール「目蓋のない眼」は『十九世紀フランス幻想短編集』(国書刊行会)で。

 「Contes bruns」はそれらの訳書では「褐色物語」と訳されていますが、この本の裏表紙の宣伝文句を読むと黄昏や月光の物語と書かれていたので「黄昏物語集」としました。奇譚集といった意味合いかと思います。おかしなのは、タイトルは「CONTES BRUNS par une tête à l’envers(逆さ頭による黄昏物語集)」となっているのに、巻末の解説では、「CONTES BRUNS pour une tête à l’envers(逆さ頭のための黄昏物語集)」となっています。これでは読者がおかしな頭というわけになってしまうのでこれは誤植でしょう。表紙ではご覧の写真のとおり、「逆さ頭」という言葉に換えて逆さ頭の絵が描かれています。

 中の一篇「Une Bonne Fortune(幸運)」の冒頭の部分を読んでいて、今から200年近く前の遠い異国の人が書いた文章を味わっている幸せがしみじみと感じられました。というのは著者もまた異国に思いを馳せながら語っていたので二重写しになったからですが、フランス語の本を読む幸せというのはそういう要素もあるような気がします。

 巻末に解説と出版当時の書評集が収められていたのはありがたい。解説では、バルザックの2作品について、その後何度もタイトルを変えたり、別の小説に挿入したりなどして、使い回しをしたことが報告されています。当時はよほどのベストセラーを出した作家以外はそうしていたようです。また書評では、バルザック作品に対して、あるものは酷評し、あるものは絶賛するという極端な評価の相違が目につきました。

 読んでいて、語末のtが脱落していたりsになったりしているところがたくさんあるのに気づきました。bruyans(p73)→bruyants、ardens(p85)→ardents、antécédens(p110)→antécédents、tourmens(p110)→tourmentsなど。語学を詳しく勉強したことがないので、これは誤植なのか、当時の表現としてあったものかよく分かりません。


 以下、収められている作品について感想、概要を記します(一部ネタバレ注意)。
○Une conversation entre onze heures et minuit(Honoré de Balzac)深夜語り
 怪談ばかりとは限らないがいわゆる百物語。全部で12の話が収められている。サロンに集まる人びとが順番にいろんな話をつないでいく語り口の妙技が尽くされている。ガラン版『千夜一夜物語』の影響がここにも見られるような気がする。革命やナポレオンの時代の戦乱にまつわる奇譚、医者の体験談など日常から離れた異常な物語。どことなくデュマと同じようなテイストが感じられる。


○L’oeil sans paupière目蓋のない眼(Philarète Chasles)→翻訳あり
 スコットランドが舞台。嫉妬深くて若妻を死に追いやった男が、嫉妬深い妖精に復讐される話。深夜廃墟となった教会のなかで、悪魔に先導されての結婚式の場面はおどろおどろしい。森の中を怯えながら疾駆するというあたり、シューベルト「魔王」の物語を髣髴とさせる。


×Sara la Danseuse踊り子サラ(Charles Rabou)
 父に逆らって踊り子になった娘が、心労のあまり死んだ父の呪いのために、地獄で踊り子ならではの責苦に会う。書評では絶賛されていたが、それほどとは思わない。


○Une Bonne Fortune幸運(Philarète Chasles)
 パレルモで出会ったカプチン僧が自分の体験を語るという設定で、その内容は、イギリスから軍隊の外征中、シチリアで耳にしたある会話と本国の新聞記事から、妻が不倫をしていると思い込んで悩み、イギリスへ戻っていろいろ探る。結局そうではないことが分かってホッとするが、妻は疑われたことの心労がたたって死んでしまい自分は僧になったのだと言う。ハーレクインロマンスと言えばそんな感じもするが、話の作り方はうまい。


◎Tobias Garneriusトビアス・グヮルネリウス(Charles Rabou)→翻訳あり
 魂を楽器に宿らせるという古典的な怪談話。全財産をつぎ込んでとうとう母親の魂をヴァイオリンに閉じこめることができた楽器商が主人公。音楽の魔がテーマになった話はやはり魅力的だ。ドイツが舞台になっているのはドイツが神秘的な国だと思われているからか。


×La Fosse de l’avareけちん坊の墓穴(Philarète Chasles)
 戯曲。ドタバタ喜劇。けちん坊が棺桶を二重底にしてお金とともに墓穴に入ろうとするが、死後棺桶を運ぶ際に底がはずれてしまい、大金は従姉妹に相続されてしまう。が、けちん坊はまだ生きていて棺桶から出てきて慌てふためくという落ちがついている。


Les Trois Soeurs三姉妹(Philarète Chasles)
 「この話には特別な出来事はない。娘たちが生きて死んだそのことだけを記したい」と著者自ら語っているように、美しくそれぞれ個性的な三姉妹が次々と死んでいくという話。これも書評では評判が高かった。


×Les Regrets悔恨(Charles Rabou)
 戯曲。一人の女性の死を中心に、その夫、看護婦、子ども、料理番、葬儀屋、親戚、夫の愛人らがどういう行動をするかを描いたもの。死者にはお構いなくみんなてんでばらばらに自分中心に動いている。人間というものは無情で、忘れっぽいものだと言いたいのだろうか。何が言いたいのかよく分からなかった。


○Le Ministère public検察官(Charles Rabou)→翻訳あり
 最高の場面は、新婚初夜のベッドの上で、花嫁の横に現われた憎々しい亡霊の生首を鉄棒で散々に殴りつけたら、それは花嫁だったという錯乱の場面。書き出しでは、殺人者になる男と検察官の二人の夢が徐々に複雑化しリアルになっていくさまが描かれたので、二つの夢がお互いに乗り入れて物語が展開するのかと期待したが、結局夢の話は途中で立ち消えになり、普通の話になったところが物足らなく残念。


◎Le Grand d’Espagneスペインの大公(Honoré de Balzac)
 マドリードに滞在していたフランス人軍医が拉致され目隠しをされて、大きなお屋敷で不倫の結果の分娩に立ち会う(結局死産になる)。隊に帰って腕に痣があったことだけ覚えていると仲間に話をしたのを立ち聞きしたスペインの男がその場から突然消えると、夜窓辺に現われて痣のついた腕を投げ込んだと、その話をしている最中のサロンに、腕のない夫人を連れたスペイン大公夫妻が現われ、語っていた医者はどこかに消えていた。語りの中で物語を展開していくという「深夜語り」と同じ趣向の小説。これは異常な現象を語る場合には有効な手段だと思う。医者が堕胎を頼まれるという「深夜語り」の3番目の話と少し似ているところがあるようにも思う。