:山上龍彦『兄弟!尻が重い』


 大学時代『がきデカ』のギャグ「練馬変態倶楽部!」や「アフリカ象が好き!」が我々仲間の間で流行していました。その山上たつひこが小説も書いていると知って、興味津々ずっと昔に買っていた本ですが、ようやく読んでみました。


 友だちに面白い話を聞かせるときのようなストレートで短い文章で書かれていますが、内容は漫画と同様、想像力を全開させるような過激なエネルギーに満ちています。


「主人公が増殖する不安のペーストにまみれ、出口のないトンネルの中を右往左往するような話」と山上さん自身もあとがきに書いていますが、何気ない状況が少しずれ、そのズレがどんどん大きくなり悪化し、後戻りもできなくなって、最後はにっちもさっちも行かなくなるという一種のグロテスク小説と言えます。


 読んでいて、以前このブログでも紹介した茂木大輔の「第九のステージを兎が舞うとき」が山上龍彦のテイストとよく似ていることに思い当たりました。


 とくに秀逸なのは、「ロケットマン」「モ300」の2作です。
ロケットマン」は主人公のぎっくり腰、「モ300」は息子の鉄道模型趣味が事の起こりで、どんどん状況は変な方向へ行ってしまいます。偶然が重なって現実に起こり得ないようなことが次々に起こり、最後は現実か想像の世界か分からない境地、狂気の世界に達します。


 「兄弟!尻が重い」「秋刀魚日和」の2作も、日常生活の中でよくある話、前者は酒席で長っ尻の男、後者は婚期の娘を他人に取られまいとする父親の気持ちを極限にまで持っていった場合にどうなるかという作品です。


 「突きの法善寺横丁」は悪事をなしたときに取り繕うことの難しさと、こんな苦労をするならしなければよかった元に戻したいと思うぐらいの大変な状況と、それが解決したときの開放感をうまく表現しています。いったん解決していたのがまた反復される状況に陥るのがたいそう面白い。


 あまり評価できなかったのは、「夢の宴」と「隣人の華」の2作。「夢の宴」は資料に頼りすぎているきらいがあり工作物の印象が強かったのがマイナス。「隣人の華」は、中島義道のある種の本にも共通しますが、普通の善意の人間に対する悪意、著者の少しひねくれたとも思われる部分が露出していてあまりよい印象がありませんでした。