:横尾忠則『ぶるうらんど』『ポルト・リガトの館』

 毎日新聞に掲載された『ポルト・リガトの館』の書評を見て、最近横尾忠則夢日記の続編のような小説を書いていると知り、珍しく新刊で読んでみました。


 『ぶるうらんど』は泉鏡花文学賞受賞作。四つの短編が微妙に呼応しあっていて、ひとつの長編のようになっています。稚拙な感じを受けるところもありますが、横尾忠則の個性が充分感じられ作品としてまとまったものとなっています。


 全編を通じて死後の世界がモチーフです。冒頭の短編「ぶるうらんど」では作家夫婦の死後の世界を描いています。一種の観念小説です。地の文がまったくなく、小説が終わる直前までずっと対話で構成されていて、その対話がなかなか味があってとても面白い。夫婦なのになぜか他人行儀のような文章体の喋り方です。しかし喋り方とは逆に永年連れ添った夫婦だけに許される大人のおおらかな態度が表現されていて好感が持てます。夫の言葉にはとてもとぼけた味があり、ところどころで「ハッハッハッ」という笑い声が入るのがとても良い。

 主人公を画家に設定するとあまりにも生々しいので、作家に託して画家の心境を語っているのでしょうか。最後に作家宣言とも取れるような文章が印象に残りました。
「と同時に不思議な気力が私の身体の底から沸々と湧き上がってくるのを感じていた。創作意欲だった。」


 2作目「アリスの穴」も同様に死後の世界を描いていますが、朝美という中年の女性が主人公です。タイトルから分かるように別世界に迷い込んだような体験をしますが、やがてそこが死後の世界と気づきます。まるで生きていた時と同じような世界で、お母さんや愛犬など先に死んだものたちが一堂に会して主人公を出迎えてくれます。理想的な天国の姿とも言えるでしょう。 
「おかしいわ。死んでも生き生きなんて」という台詞が笑わせます。最後にこの理想の地がブルーランドと呼ばれることが分かり、1作目とつながります。


3作目「CHANELの女」は1作目の続編のかたちになっています。冒頭1回と途中1回作者の姿がつかの間現れるのはどういう意図かよく分かりません。昔連載漫画でときどき作者が出てきたようなものでしょうか。
 1作目の老夫婦の死後の世界から妻が突然消えてしまいます。一人取り残された作家は道を歩いていて老画家と知り合い、さらにその美しい女性友だちと知り合います。大阪弁で喋る老画家の言葉にも味がありますが、作家が画家に向かって「絵にも描けない素晴らしさというのはこういう風景のことを言うんですかねえ」と言い放つ台詞にも笑わせられました。
 最後にその女性が「アリスの穴」という童話を書くということが語られ、2作目とつながります。


 4作目「聖フランチェスコ」は3作目の続きです。旅に出て列車の中で母胎回帰のような感覚に襲われた後、見知らぬ町に降り立ちます。オカッパの少女に「おじちゃん、お酒臭い」と言われ、「まいった、まいった」と言って自分のおでこを叩いて見せたりしますが、どうやら幼い頃のふるさとの町のようです。
 旅から帰り老画家の女性友達の家へ行って彼女と話をします。彼女の名前が朝見ということが分かり「アリスの穴」はノンフィクションだと言います。ここで再び2作目とつながります。結局彼女と性的な関係に陥りますが、最後にオカッパの少女も朝見も妻の変身した姿で、すべて別世界へ行った妻のコントロール下にあったことが分かります。



 『ポルト・リガトの館』は、毎日新聞評に『ぶるうらんど』より格段腕を上げたというような感想が述べられていました。たしかに引き締まった感じで小説らしくはなっていますが、私にはむしろ『ぶるうらんど』の方に、よい意味での稚拙な味わいとぼけた味わいがあるように思えます。


 海外の地を舞台にした三つの短編が収められています。表題作の「ポルト・リガトの館」が群を抜いています。残りの2作は同じような趣向で、最後の1ページがなければ単なる冒険小説かポルノ小説(神霊とヨガをテーマにした)になるところ、最後のどんでん返しで、それぞれ空想譚、怪奇譚となっています。


 「ポルト・リガトの館」は、夢と死後の世界の連続性をトリック的に使ったSF的な物語。最後の場面は『ぶうるらんど』の2作目「アリスの穴」と同様の趣向で、死後の世界にみんな集まって出迎えるという至福の境地、ドンチャカ騒ぎで幕が閉じられます。三島由紀夫澁澤龍彦など横尾忠則の実際の交友者が登場して面白い。


 「パンタナールへの道」は、バスに乗ってアマゾン奥地の危険な道を行く冒険と、そこで再会した男女の心理の綾をからませた物語。言葉の通じにくい異境で、次々に起こる洪水やテロ、巨大蛇との遭遇を背景に、主人公たちと現地人の危険に対する感覚のズレを浮び上がらせながら、はらはらさせる話の運び方は超一流。


 「スリナガルの蛇」はポルノ小説としては最上の出来。主人公の友人が心霊マニアという設定から、全体に心霊の話題が溢れています。主人公が謎の女と船の中で、二人だけで邪教立川流のような性技を通じた修行を行ないますが、徐々に性技のレベルを上げて行くところが物語の牽引力になっているようです。