:MARCEL BRION (マルセル・ブリヨン)『LES ESCALES DE LA HAUTE NUIT(深夜の彷徨)』

ikoma-san-jin2008-11-29

マルセル・ブリヨン『深夜の彷徨』

 大学時代、友人と競い合いながら大阪の洋書輸入代理店で注文したマラブ叢書のなかの1冊。『フランス現代幻想小説』に収められた「シビラ・ファン・ローン」が難解だった印象がありマルセル・ブリヨンは難しいという固定観念があって、一語も読まずにそのまま置いていました。
 
 読んでみると、全般的には思ったよりそんなに難しくなく、何とか読み進めることができました。が私の語学力では三分の一ぐらいはいい加減な読み方です。しかも読み終えるのに一ヶ月以上かかりました。一篇(LA CAPITANE「船長」)についてはぼんやりとしか分かりませんでした。

 内容は、まさに先日読んだ『ワールドミステリーツアー空想篇』に収録されるべき異界めぐり譚のオンパレード。

旅の途中に見知らぬ駅に降ろされてしまい崩壊したかのような町並みをさ迷う男の夜の彷徨譚。途中で出会った体の不自由なギクシャクした少女と人形、海から引き上げられた彫像とが共鳴する世界。(LES ESCALES DE LA HAUTE NUIT「深夜の彷徨」)

森のなかで出会った兵士が崇拝する元帥の後に従って迷宮のような建物に入り込んでしまった男の経験談。卑俗な人間が北欧神話ワーグナーの描くような神話的世界を垣間見たという印象。(LE MARÉCHAL DE LA PEUR「恐怖元帥」)

旅の途中に出会ったエキセントリックな男から聞かされる、ヴァイオリン演奏をすると実際に火の海を現出してしまうというソナタの話(この話だけ異界譚からはずれる)(LA SONATE DU FEU「炎のソナタ」)

山の中の宿に向かっている男が馬車の中で悪夢のような物語を聞かされるが、現実ではなく物語だったと夢から醒めたように思った瞬間に、その物語と同じ宿屋についてしまったことを悟る話。(UNE AVENTURE DE VOYAGE「旅の冒険」)

置き去りにした部下が待つ港町に降り立ってしまった上司の彷徨譚。闘猫の試合の描写が不思議。また「われわれの世界は神が見ている夢にすぎない」という中国思想が紹介されています。(LES EAUX MORTES「たまり水」)

庭を散歩していると中世の時空が突如出現する物語。天上の響きのようなガラスのオルガンと歌声で競った男の子は敗れ去った悔しさに断崖から身を投げます。グラスハーモニカにヒントを得たのでしょうか。(L’ORGUE DE VERRE「ガラスのオルガン」)

夜、天窓から覗く時だけ見える小路を探す物語。ポーの黒猫を壁に塗りこめるという話を拡大したかのような物語。(LA RUE PERDU「消えた通り」)
 
 フランス語の美しさを堪能でき、フランス語を読む努力を続けていてよかったと思いました。

 これまで翻訳で読んだブリヨンの長編二編と同じく、真骨頂はストーリーの展開でもなんでもなくその雰囲気づくりにあると思います。夜の町や庭園、迷路などの描写がえんえんと執拗に続けられ、音楽で言えばアダージョの雰囲気にどっぷりと浸らせてくれます。日本の作家の文章では、何の根拠もありませんが、古井由吉松浦寿輝に近い感じがします。