:『ワールドミステリーツァー13【空想篇】』

ikoma-san-jin2008-10-13


こんな本が出ているとはつゆ知りませんでした。
各国別の魔界、ミステリーゾーン解説シリーズ「ワールドミステリーツァー」の別冊だそうです。表題のとおり、どこにもない場所、現実にはない空想の場所をテーマに、まとめた一冊。

壺中天や桃源郷、絵の中の世界との行き来など、昔から好きだったテーマが、その道のオーソリティにより存分に語られていて嬉しい。

とりわけ素晴らしかったのは、
「近くて遠い妖精の国を求めて」(井村君江
「ミニアチュール幻想界に入る」(東雅夫
「13の地図にない道を辿る」(倉阪鬼一郎)の三編。

次に「『山海経』の世界を俯瞰する」(中野美代子
「ヨーロッパの死後世界を彷徨する」(小池寿子)の二編。

「近くて遠い妖精の国を求めて」(井村君江)は、戦に破れた先住民族が目に見えぬ種族となり、「海の彼方」や「地下」に逃れて目にみえぬ国を造るが、次第に縮んで行き小さな人々になったと妖精の起源に触れた後、日本の神話民話との比較を行ないながら、妖精の国の様子、妖精の国の在りか、妖精の国への行き方をパターン別に紹介しています。

「ミニアチュール幻想界に入る」(東雅夫)は、著者が幼い日、水木しげるが描いた二枚貝の中の小天地に眩惑されたエピソードを導入として、夏目漱石の随筆にある山水画の中に住んでみたいという話、佐藤さとるの小天地的ファンタジー、そして盆栽の小宇宙の話から埼玉に実際にあるという盆栽村へと転じ、最後にユートピア的世界を描いた佐藤春夫の「美しい村」「田園の憂鬱」へと進んでゆきます。

「13の地図にない道を辿る」(倉阪鬼一郎)は、ホラー短編を紹介するという切り口ですが、冒頭「左にファンタジー、右にSF。ホラー短編はそのあいだの細い道をたどり、なおかつ読者を袋小路に置き去りにしなければならないのだ。」と、ホラー短編が簡潔に定義されています。

東雅夫と共鳴するかのように、ホラー短編のなかでもとくに道をテーマとしたものを取り上げていて、三田村信行「どこへもゆけない道」、伊藤潤二「道のない街」、粕谷栄市「迷路から」など、私も良く知らなかった作品が紹介されています。


「『山海経』の世界を俯瞰する」(中野美代子)では、ご存知の怪獣たちがその難しい漢字とともにオンパレード。印象に残ったフレーズは、「中国の文化はこの列挙の文化なのです。そして、列挙の文化を生み出したのは、ほかならぬ漢字のあの自己増殖の力でした。」

「ヨーロッパの死後世界を彷徨する」(小池寿子)は、「死後の本来かたちなき霊魂が、文学や美術において、往々にして人間のかたちをもって語られ描かれてきた。」という当たり前ですが不思議といえば不思議な事実を指摘した後、『聖ペテロの黙示録』『聖パウロの黙示録』など聖書偽典や外典から出発して、死後世界に関する幻視、ヴィジョンが語られる黙示文学の系譜を辿っています。

アイルランドの『トゥヌグダルスの幻視』、『聖パトリキウスの煉獄』、またイギリスの『サーキルの幻視』などが紹介されていますが、ダンテの『神曲』が幻視による死後世界旅行記の最後という指摘は、『神曲』がその後の文学のはじめとばかり思っていたので、新鮮な印象を受けました。

高山宏も同じテーマで書いていますが、精彩を欠いていると言わざるを得ませんでした。