ERNEST HELLO『Contes Extraordinaires』(エルネスト・エロ『異常な話』)


ERNEST HELLO『Contes Extraordinaires』(PERRIN 1921年


 生田耕作旧蔵書。扉に「神戸奢霸都館呈蔵」という印が捺してありました。また最後の目次の頁の「Caïn(カイン)」に下線が引かれ、ページの下にコメントが鉛筆で書かれていたので、画像を添付するとともに筆写しておきます。「精神分析的見地の先駆的現れとして興味深き短篇なり。他の諸篇はおおむねお説教臭い凡作なり」。
  

 全部で18篇収められていますが、なかでは、「Ludovic(ルドヴィック)」、「La laveuse de nuit―CONTE FANTASTIQUE(夜の洗濯女―幻想物語)」、「Le secret trahi(秘密の暴露)」、「Un homme courageux(勇気ある男)」、「Caïn, qu’as-tu fait de ton frère ? (カイン、お前は弟をどうした?)」、「Eve et Marie(エヴとマリー)」、「Le regard du juge(審判の眼差し)」、「Le gâteau des rois(公現祭の菓子)」、「La recherche(探索)」の9篇が面白かった。

 このうち、「Un homme courageux」は、「勇み肌の男」のタイトルで澁澤龍彦によって訳されています(創元推理文庫怪奇小説傑作集4』)。また、「La laveuse de nuit」は、シュネデールが『フランス幻想文学史』のなかで、エルネスト・エロの唯一の幻想物語として紹介しながら、ポーの二番煎じでポーを引き立てたにすぎないと辛らつな評を書いていますが、バロニアンは『フランス幻想文学展望』のなかで、幽霊譚と吸血鬼譚が巧みに結合されていると評価していました。

 本人も序文で、「いつも言っている真実に、物語の肉体をまとわせた」(p1)と書くだけあって、生田氏の言う説教臭が芬々とする話ばかりですが、さすがに説教が手馴れていると見えて、語り口に面白さがあります。ロマン主義キリスト教文学とでも言えばいいのでしょうか、民話の語り口が取り入れられ、ラーゲルレーフの幻想短篇に通じるところがあるように思いました。お伽噺的なので、文章はいたって平明。説教の語法から来ていると思われるのは、二つのものを対比してその顛末を勧善懲悪的に語るやり方、それに同じことを少しずつ表現を変えながら反復する説教特有の文体があります。

 お伽噺、民話風の語り口が際だつ作品は、「La laveuse de nuit」、「Eve et Marie」、「Le regard du juge」、「Le gâteau des rois」、「La recherche」。二つを対比する構図の物語は、「Les deux ménages(二つの家族)」に典型的ですが、他にも「Simple histoire―LE BONHEUR ET LE MALHEUR(単純な物語―幸せと不幸)」、「Eve et Marie」、「Le regard du juge」が、対比を叙述の柱としています。

 「異常な話」というタイトルが示しているのと、序文で、「この本ではとくに神秘的な部分を取り扱った」(p4)と書いているように、異常な状況の物語が多く、狂気そのものがテーマになっていたり(「Deux étrangers(二人の極端な男)」、「Le secret trahi」、「Un homme courageux」、「Caïn, qu’as-tu fait de ton frère ?」)、異常な振る舞いが物語の核になっている作品(「Ludovic」、「Il s’amuse(遊びの果て)」)が目立ちました。「Le secret trahi」は、まさしく精神病院が舞台で、患者の一人が院内の患者たちを紹介して回る場面があり、この男は自分を病院長だと思い込んでいると、病院長まで患者扱いにしたりするユーモアがありました。「Un homme courageux」、「Caïn, qu’as-tu fait de ton frère ?」に共通するのは、小さな物音や囁きに四六時中つきまとわれる恐怖を描いているところ。

 悪に対する天罰として、急性の病死が道具立てに使われています。動脈破裂(「Un homme courageux」)というのは分かりますが、急にその場で燃えてしまうという自発性燃焼(「Julien」)というのは、聞いたこともない奇病です。

 現代の実験小説にあるような面白い手法も見られました。一つは、「Un homme courageux」で、話者自身が物語を突き破っていきなり顔を出し、「確かに見たので本当だ。話者の特権として、見るが見られることはない・・・私は観察者の権利を使って、暖炉の上のマッチを探す彼の手に触れた。とても冷たく、血が凍る思いだった」(p150)という奇妙な文章。もう一つは、「Que s’était-il donc passé(いったい何が起こったのか)」で、幸せな家庭の冒頭部分と10年後の悲劇の結末だけを叙述し、妻が嫉妬深かったという悲劇の原因だけを提示して、皆で物語を考えてみようといった書き方。

 以下、恒例により、各篇の簡単な紹介を(ネタバレ注意)。
〇Ludovic(ルドヴィック)
大金持ちの一家の主人が、娘の縁談を潰したのをきっかけに、料理を減らし、馬車を売り、別荘を売り、使用人を解雇し、地所を売って借家に移り、必需品も減らした。その分、金貨が増え、泥棒を怖れた主人は金庫を買うが、鍵となる合言葉を忘れてしまう。絶望の中で、妻と娘が可愛がっていた犬を売ろうとして、犬に噛みつかれ死ぬ間際に、「神様」という合言葉を思い出す。金が神となり、最後に神が合言葉となって金の神に逆襲する。

Deux étrangers(二人の極端な男)
高名な医師が原因不明の奇病にかかる。食べ物の味がなくなり、なにごとにも興味が持てなくなったのだ。川辺で会った人物からパンを与えられ、それを口にした瞬間からそうなってしまったという。そう手記を書いていると、襤褸着の司祭が現われ、お前しか治せない病人がいると、連れていかれる。瀕死の病人はパンを与えた男で、医師に許しを請い、キリストに帰依することを誓って死んでいく。

Simple histoire―LE BONHEUR ET LE MALHEUR(単純な物語―幸せと不幸)
過酷な人生を耐え忍んでいた女性と、幸せなはずの人生なのに求めるものが多すぎて不幸に悲しむ女性を対比させ、本当の幸せとは何かを描いている。

Les deux ménages(二つの家族)
同じ年同じ日に生まれた従姉妹同士が同じ日に兄弟のそれぞれと結婚した。その二家族の幸福を対比して語る。片方は、母親が慈愛に満ち一家は労働にいそしんだが、片方は、母親が憎しみに満ち貪欲だった。結末に若干不思議さが残るのが救い。

Julien―CONTE BRETON(ジュリアン―ブルターニュの物語)
木彫職人を目指して旅立った息子が、悪事を覚えて故郷に帰ってくる。幼馴染の娘は何とか更生させようと思うが、息子は財産を相続したいがために両親を殺してしまう。が、両親はそれを見抜いて、全財産は教会に寄付するという遺言を残していた。息子には親を思い出させるため、首を絞めるときに使うはずの手袋だけを遺贈すると。

〇La laveuse de nuit―CONTE FANTASTIQUE(夜の洗濯女―幻想物語)
「金の母」と呼ばれる老婆が居て、金を託すと10倍になるというので、貧しい村人たちがへそくりを預けていたが、ある日、突然金がないと宣言した。何を聞いても返事せず家探ししても金は発見できず、怒った村人たちは彼女を殴り殺す。すると7年ごとの12月の満月の深夜に金の母が自分の血で銀貨を洗濯する姿が見られ、金の母を念じるとお金持ちになるという噂が広まった。それを聞いたお手伝いの娘が、夜、念じていると、戸がそっと開いて…。

〇Le secret trahi(秘密の暴露)
精神病院にはいろんな人が居る。自分を神だとか、太陽、皇帝、ジャンヌ・ダルクと信じてる者、なかには精神病院の院長という者まで居る。そんな中で秘密は喋るなと人々に説いて回る狂人が居た。彼は、友人に相手にされないのを恨み、友人を貶める作り話をしたのがきっかけとなって、息子を殺され気がふれてしまったのだった。その友人は、彼のために奪われた金を取り返そうと奮闘していて、しばらく相手ができなかっただけなのに。

〇Un homme courageux(勇気ある男)
大胆さを自慢し合う二人が賭けをして、一人が通りすがりの男に決闘を申し込んで、殺してしまう。豪胆な男だったが、夜11時になると、「殺した人は長生きできませんわ」という優しい囁き声が聞こえてくるようになり、医師に相談の上、パリから離れる。列車の中で偶然殺した男の未亡人一行とと同室となった。ちょうど11時に…。未来の声が幻聴となって聞こえてきていたのだ。

Les mémoires d’une chauve-souris(ある蝙蝠の回想録)
祖母の蝙蝠が孫の蝙蝠に、家族を棄てて人間世界へ旅した経験を話して聞かせている。ある家で、殺人劇が演じられている光景を見て、人間には芝居というものがあることを知った。そして人間たちは自分を見て病気のようだからと窓を開けて外へ出してくれた。これは一生の思い出だと。それは大いなる勘違いだったのだが。

〇Caïn, qu’as-tu fait de ton frère ?(カイン、お前は弟をどうした?)
若い画家がパトロン役を期待していた男爵に冷たくされて、絶望してセーヌ川に身投げする。検死で死んだとされたが、妹が駆けつけ口に鏡を当てると息の痕が付いた。それから7年後、男爵は誰も居ないのに足音が聞こえるという精神の病に侵され、セーヌ川に飛び込んで死ぬ。若い画家を支援できず自殺に追い込んだと思い込んでいたのだった。画家が身投げする前の絵「殺しの後のカイン」には後悔に苛まれた男爵の顔が描かれていた。

〇Eve et Marie(エヴとマリー)
ライン川のそばの山小屋に住む二人の姉妹はまったく違う生き方を選んだ。姉は金持ちになることを夢見て、悪魔の化身の蛇に懇願し、ライン伯と結婚した。妹は自然と友だちになることを夢見て野原を駆け巡る。姉は欲が昂じて、ライン伯の弟を毒殺するが、最後は悪魔の化身の餌食となる。妹は、ハチドリに誘われ、天上界へと上るが雲雀となって墜落する。童話のような世界。妹が自然と戯れる場面は美しい。

Que s’était-il donc passé(いったい何が起こったのか)
裕福で美しく若い夫婦がみんなに祝福されつつ結婚して、10年後二人とも二人の子を残して亡くなった。二人とも、愛想よく、美徳、善行の人だった。みんなは幸せだということしか知らなかったが、二人をよく知ってる人は、以前から家には不幸が住み着いていたという。著者は、妻が嫉妬深かったと原因だけ提示し、みんなで物語を考えてみようと提案する。

〇Le regard du juge(審判の眼差し)
女王が亡くなるとき、皇女に伝説を告げる。それは開かずの部屋に、大昔の祖先が残した王冠と肖像画があって、その肖像画に似た者だけが王冠を被ることができるが、その部屋の戸は落雷によって開くというものだった。年に1回の祭りの日、雷が落ちてその戸が開いた。皇女が自信たっぷりに入って行くと…。王家の血をひく驕慢な女性と貧しいが善良な女性を対比させている。

Les deux ennemis(二人の敵)
温泉地でいつも一緒に居る老人二人。寡黙なのに分かり合える同士だった。ある日、若いころ親しかった友人と誤解から別れ今は後悔していることを話しあっていると、別れたときの状況が言葉遣いを含めまったく同じだったと知り、二人は別の友とお互いの過去の友情をとり戻す。

Il s’amuse(遊びの果て)
猫を虐め、飼い主からお前は死刑台で死ぬことになると言われると、それをギロチン遊びにしてしまうような悪ガキが、青年になると老馬を虐待し、ついに弟殺しで捕まった。死刑を宣告されても無表情なままだったが、死刑の日、死刑執行人がかつてギロチン遊びをしたときの執行人なのを見て、急に恐怖に歪む。

〇Le gâteau des rois(公現祭の菓子)
1月6日の公現祭の日、爺さんが昔の公現祭のしきたりを話す。お菓子を食べる前に、神様の分け前を取って、戸を叩く物乞いに差し出すものだと。それでそれをしなかった家が呪いの地となったと。話終ったとき、戸を叩く音がした。話の世界と現実がつながる不思議な感覚が秀逸。

〇La recherche(探索)
富と権力を誇る王の中の王だったが、神の名を知りたいと言い出して、各国から賢者を集めた。犬と蔑まれている乞食が王に面会を求めてきたが、臣下が追い払った。次に占星術師を集めたが、その時もその乞食がやってきて追い払った。3回目の招集の後、王は姿を消す。巡礼の旅に出たのだ。だが帰ってきてすぐ息を引き取った。葬儀が行われ、例の乞食が差し出した椀の底には「神の名はここにあり」とあった。「青い鳥」に似た話。

Les terreurs d’Hélène(エレヌの恐怖)
ある男に死刑を宣告した検事長が妻にその話をしたとき、女中が蒼白になって倒れた。女中は拾い児で行方不明の兄が居るばかりだが、裕福な男から結婚を申し込まれていた。医者も病気の原因は分からず、女中は死ぬ前に司祭を呼ぶよう頼む。司祭は告解を受けると蒼白な顔で出てきたが秘密は言うわけには行かないと言うばかり。枢機卿が告解ではなく人間として告白してほしいと頼み、ようやく彼女が口を開いた…。