G.-O.CHÂTEAUREYNAUD『LE HÉROS BLESSÉ AU BRAS』(G・O・シャトレイノー『腕を負傷した英雄』)

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GEORGE-OLIVIER CHÂTEAUREYNAUD『LE HÉROS BLESSÉ AU BRAS』(BABEL 1999年)

 

 15篇からなる短篇集。うち一篇「Essuie mon front, Lily Miracle(額を拭いてくれ、リリー・ミラクル)」は、読んでいるうちに聞いたことがある話のような気がしてきて、調べてみたら、以前「Roman13―fantastique」誌で読んでいたことが判明。

 

 15篇のうち、幻想味が濃厚なのは、「Le voyage des âmes(魂の旅)」、「Le petit homme d’or(金の小人)」、「Essuie mon front, Lily Miracle」、「La demeure de l’amour est vaste(広大な愛の館)」、「Le verger(果樹園)」の5篇。SF的な味わいがあったのは、「Le gouffre des années(年月を越えて)」、「Underman(臨時派遣の男)」、「Le jeune homme au saxophone(サキソフォンを持つ若者)」の3篇。あとは、普通の小説ですが、少し変わった味わいのものが多く、いずれも語りのうまさが感じられました。

 

 とりわけすばらしかったのは、冒頭の「Le voyage des âmes」で、死後の一瞬の猶予の世界を夢のなかのできごとのように語り、グロテスク・ユーモアが溢れていました。長くなりますが各篇を紹介しておきます。

                                   

◎Le voyage des âmes(魂の旅)

ある老人のところに、夜お迎えが来て馬に乗ると橋を渡ったところで置き去りにされる。と閻魔帳を持った御者が現れ、名前を聞き帳簿に印を書き入れる。気がつくと若くなっている。翌日、男女入り混じって馬車に乗り途中ピクニック休憩。自然とカップルができ森の中で抱き合う。また馬車に乗せられ寂しい国境に着く。そこから先は真っ暗で歩いて行くと突風が吹き体は霧散する。国境はこの世の果てだった。

 

Mer belle à peu agitée(海は穏やかだがやや荒れ)

従兄弟の家で祖父と一緒に暮らしている男の子。母親は遠くパリにいて、ときたま父親が帰ってくるのが待ち遠しい。父親が戻って来て、夜、祖父や叔母、従兄弟らと海へ海老や貝を取りに行く。男の子が蟹を追いかけているうちに霧が出て、皆とはぐれて岩の上に一人取り残されたとき、満潮になって水嵩が増してくる。賑やかな日常と夜の海での孤独の対比が恐ろしい。

 

◎Le gouffre des années(年月を越えて)

小学校へ行く途中の過去の自分を待ち伏せし、戦死した父さんの従兄弟と偽って、懐かしい家に過去の自分と手を繋いで二人で戻る。あと1時間でドイツ軍の爆撃があり、母さんは死に家は破壊されるはずだ。懐かしいおやつを食べ、昔遊んだ玩具を手にしていると、警報が鳴った。母子と一緒に地下へ逃げ込むと、家の前のガス車に爆弾が落ちた。男は吹き上げる炎から護ろうと二人に覆いかぶさる。男の気持が読後強く残る佳篇。

 

La chamber sur l’abîme(崖っぷちの部屋)

父が失踪し母が精神を病んでいるので、6歳の主人公は寄宿舎に預けられている。そこでは皆からからかわれる毎日だが、一人字の読み方を教えてくれる子がいた。週末家に帰って、本棚の本を前にしたとき、新しい世界が広がったと実感する。

 

〇Le petit homme d’or(金の小人)

売れない作家が、ある編集者から飛躍のためには別の生活をすべきと提案され、書店経営をしながら見知らぬ女性と住むことになる。提案の際トンネルの陰に立つ裸の女性の写真と金の人形を渡される。写真の顔は塗りつぶされているがそれは紛れもなく作家の体験の一場面だった。車の事故に遭い、気付け薬を飲みに入った女性の家で、金の人形が立つトンネルのミニチュアを見つける。数日後、女性宅へ行き自身の持っている人形と写真を見せると、女性は黙って庭の奥にあるトンネルへと誘った。謎めいた魅力があるが、読解力が悪いせいで結末部がよく分からず。

 

La ville aux mille musées(博物館だらけの町)

美術館や博物館の地下にねぐらを借りている浮浪者たちは詩人でもあり、警察が取り締まりをかけるのを巧みにかわしながら生きている。ある美術館の老館長が一人の浮浪者の詩を読み、多大な才能に期待をかけるが、その浮浪者は市長命令の一斉検挙の際、逃げようとして屋根から落ちて死ぬ。それを知った館長は市長を公衆の面前で平手打ちした。浮浪者の眼から町の光景を綴る。

 

〇Le héros blessé au bras(腕を負傷した英雄)

戦争で腕を負傷し、勲章と年金はもらったが、画家への道を閉ざされた男。友人の画家からも愛想をつかされ、孤独で文房具のセールスを続けている。慰めは夜の舞踏会の酒と女だけだ。ある女性との数回にわたる逢引きを語る。男出入りの激しい彼女は男の顔を覚えておらず腕の傷を見て初めて彼と知る。画家の夢破れ落ちぶれた男の悲哀が漂う一篇。

 

◎Essuie mon front, Lily Miracle(汗を拭いてくれ、リリー・ミラクル)

:雑誌「Roman 13―Le Fantastique」(「小説 13号 幻想小説特集」) - 古本ときどき音楽

 をご覧ください。

 

〇Le marché aux esclaves(奴隷市場)

富豪の会長の運転手として奴隷市場に通う主人公。会長に気に入られてすべてを任され今や名士の仲間入りをするまでに。美人の奴隷を市場へ解約に行く命令を受けるが、二人で貧しく暮らす道を選ぶ。ネルヴァルがたしかカイロで女奴隷を買って一緒に暮らしたことがあったことを思い出した。あるいはロチの『アジアデ』の雰囲気もある。短いが珍しい風俗を描いた一篇。

 

〇Trois autres jeunes tambours(3人の若者鼓手)

文壇へのデビュを夢見る三人の若者を、零落した酔っぱらいの文士が文壇に引入れる。別れ際、その文士は、名声を得てからの苦難を予言する。それから10年後、その文士の葬儀の後、今や文壇の寵児となっている若者は文士の言葉を思い出す。文壇パーティの華やかさが印象的。

 

◎Underman(臨時派遣の男)

臨時派遣で各地を出張で渡り歩いている男。ある変哲もない町の玩具会社に派遣されるが、奇妙なことに至る所で焼け焦げた建物を修復している。夜爆発が起こり、駆けつけると、怪物たちが二手に分かれて見たこともない火器で戦っている。翌日、建物は破壊されているのに、人々は何事もなかったように振舞い、新聞にも何も出ていない。聞き出せば毎月13日に起こるという。翌月爆発現場を撮影すると、現像した写真には玩具会社社員の仮装した姿が写っていた。地方紙の記者に協力を求め、この町の秘密を暴こうとするが、やがて命を狙われるように。末尾の別れの手紙が悲しい。

 

Sortez de vos cachettes(出てきてよ!)

夏に孫たちが集まるのを楽しみにしていた老人。自分も子どもの頃隠れん坊をして、誰も出てこなくて泣いた思い出がある。しかし夏も終り、来年はもう孫たちも大きくなって、もうはしゃぎまわるのを見ることもないだろう。回想に耽りながら「出てきてよ」と叫ぶと、森から怪物がぞろぞろ出てくる。最後の場面が唐突。

 

◎La demeure de l’amour est vaste(広大な愛の館)

本国では貧乏だが異国では王様だ。3年の休暇中に異国で広大な館を買い、ゴルフやブリッジ、女性たちとの社交を楽しんでいる。女性を引き入れる部屋を探そうと迷路のような館をさ迷って高熱を発する。広大な館には何か気になる彫像がある。革命が起こり、這う這うの体で船で逃げ出すが嵐に遭い、なお悪いことに持ち帰ろうとした彫像が船底を突き破ってしまった。悦楽郷、迷路の館、彫像の呪いの三拍子そろった私好みの一篇。

 

〇Le jeune homme au saxophone(サキソフォンを持つ若者)

下手なサキソフォンだけが趣味の自堕落な若者。南仏の別荘に行くと、隣の美人女性から、深夜テレビの放送終了後に、若者がサックスを演奏している姿が流されていると言う。たしかに自分とそっくりな男が凄い演奏をしていた。次第に深夜のテレビジャックが話題となりいろんな人から声をかけられるようになって外に出るのも大変に。すると今度は隣の女性のそっくりさんの姿も一緒に画面に映るようになり…。最後は警察に追いかけられ、二人で海へ脱出する。無為を愛する男の造型は魅力的だが、若干設定に無理がある。

 

Le verger(果樹園)

ナチのユダヤ人収容所を想定した場所。運ばれてきた人々は裸になり、シャワー室に入って行く。兵士に追いかけられた男の子が兵士の目の前で突然消える。暖かく、りんごと魚が毎日手に入る異空間に落ち込んだのだった。数日後、不用意に男の子が外へ出て銃撃を受けるが、犬を連れた捜索隊が探しても見つけられない。男の子は囚われた人たちが庭に出た時にりんごを投げてやったりする。が数か月後、何も知らない子はみんなと一緒になろうとしてまた収容所の列に戻る。ガス室の煙突を見て次から次へと人が送り込まれる巨大な工場だと思い込む男の子がいじらしい。