NOËL DEVAULX『Instruction civique』(ノエル・ドゥヴォー『市民教育』)


NOËL DEVAULX『Instruction civique』(Gallimard 1986年)


 ノエル・ドゥヴォーをフランス書で読むのは、『LA DAME DE MURCIE(ムルシアの貴婦人)』(2022年4月5日記事参照)、『L’auberge Parpillon(パルピヨン館)』(2023年3月20日)、『LE PRESSOIR MYSTIQUE(神秘の圧搾機)』(同年4月25日)に次いで、4冊目。『LA DAME DE MURCIE』と『L’auberge Parpillon』の二冊に収められていた諸篇には、難解さとともにふくよかな幻想の風味がありましが、本作では、ふくよかさはあまり感じられませんでした。

 何とも興趣の湧かないタイトルの中篇小説。相変わらず文章が難解で、辞書を引く回数も多く、読むのにかなり忍耐を強いられ、結局、意味がよく分からないままに読了しました。全体はⅤ部に分かれ、冒頭、旅人らしき主人公が訪れた地方の風景の描写からはじまり、面白くもなんともないと思いながら読み進むうち、Ⅱ部に入るあたりで、検問所で銃を貸し与えられ、少女の運転する橇に乗って街へ送られるという奇妙な展開になってきて、俄然、いつもの幻想小説風な予感がしてきました。

 話の内容は次のようなもので、覚束ない読解ながら大筋は間違っていないと思います(ネタバレ注意)。
旅人は、ある国で、夜、大きな建物のなかで殺戮が行なわれる光景を偶然垣間見る。反乱が起こったのか。明け方、軍は出発し国境を出て行った。旅人がその雪の国に入るとき、国境の検問所で、危ないから護身用にと、拳銃を貸し与えられ、少女が橇で街の中心部まで送ってくれた。一軒しかないという旅館には、何を尋ねても肩しかすくめない主人と女中が居た。部屋に通された旅人が服をかけようとして、拳銃がなくなっていることに気づく。

街を歩き回っていると、悪漢に襲われ赤いコートなど身ぐるみを剥がされ、這う這うの体で旅館に戻り、古着を安く譲り受ける。警察に届けに行こうと外へ出たら、ちょうど警官に出会い、そのまま貧民収容所のようなところへ連れていかれ、スープをご馳走になる。女、子ども、老人ばかりだった。男は全員兵士になっているのか。不思議なことだが街に食料品店がなかったのを思い出す。警官に銃がなくなっていることを告げると、途端に監獄に放り込まれる。

牢番とブーツで取引をして、談話室に入れてもらう。そこで元首相と名乗る人物から、黄金時代だったこの国の過去の栄光を聴かされ、商業も廃れ破壊に明け暮れるこの街から早く逃げろと説教される。牢番と首相が酔いつぶれている隙に、脱出して大統領に面会に行き、まず秘書婦人に会えと言われ行ってみると、旅人の盗まれた赤いコートを着ていた。旅人は怒って外に出て、橇の少女に銃を盗んだなと詰問するが、犯人は宿の主人だと言い、秘書婦人は自分の母親でこの国の実質のトップだと言う。そして国境の検問を突破する暗号を教えてくれた。

国境事務所をめざすが、ぴたりと小男がついて来る。国境近くの高台から、街が見渡せたが、儀礼服を着た子どもの隊列がある建物へ吸い込まれて行くのが見えた。小男の説明では、将来危険分子になる恐れがあるので、祭に見せかけて、建物ごと燃やしてしまうと言う。知らぬ間に小男は消えていた。山中を歩いていると、今度は、男と女と犬に出会い、地下の通路に導かれる。地下の洞窟には事務所があり、6人の尋問官が座っていた。

5人の尋問を次々クリアしハンコをもらうことができたが、6人目で、お前の信条は最近の社説ですでに知れていると言われ、新聞記者ではないと間違いを指摘して、難を逃れた。外に出ると、女から、奴らは泳がせようとしてるだけで危険だと忠言され、二人で茂みの中を逃げるが、また洞窟の中に落ちた。そこで国際法の学者と出会う。教授の狂信的な学説を聴きながら、3人で逃げる。高台から、戦争開始前夜の様子が見てとれ、疲れ切った人々が群がっていた。3人は国境を越えるのを諦める。

何故か旅人は独りで舟に乗り、嵐で浜辺に打ち上げられた。その村はブルトン語を話す50軒ほどの集落で、舟の修理が終わるまで、司教の家に泊めてもらいながら教会の地下納骨堂にある古い紙束の整理をすることになった。その村は国からも隔てられ法律も税もなくユートピアのように存続してきた場所で、教会にはケルトの聖人伝が描かれたステンドグラスがあった。が、そのケルトの古記録を解読するうちに、それが死刑執行人の日記の様相を呈していることに愕然とし、聖人伝と暴虐記録の二つは精神の両極端で、それでバランスが図られていたのかと納得する。


 迷宮彷徨譚とでも言えばいいのでしょうか。ひと気のない雪の街や、森のなか、地下の洞窟を彷徨う場面が多い。他国と戦争をしているのか、国内の反乱なのか、軍が街を制圧していて、残酷な殺戮、暴虐の光景が展開し、その後勝利の凱歌や埋葬が続き、爆発音があちこちに響き、森のなかに大量破壊兵器を見つけたり、強制的に連行されたりするのは、『LE PRESSOIR MYSTIQUE』と同様、やはり第二次世界大戦ナチスの収容所での出来事が反映しているのでしょう。旅人にとっては、意味不明の出来事に巻き込まれ、連行され尋問され、そのなかで逃げ回って藻掻くありさまは、カフカ的な不条理の世界。

 小説の技法としては、旅人がノートをつけるというかたちで始まります。Ⅱ部の途中で、これまで三人称で書いてきたが、一人称で語ればもっと身が入ると思うので、これから正直に「私は」と書くと宣言して、一人称に転換しますが、それもすぐⅢ部になると、また三人称に戻ってしまうのは何故かよく分かりませんでした。