André Dhôtel『La nouvelle chronique fabuleuse』(アンドレ・ドーテル『新・架空噺』)


André Dhôtel『La nouvelle chronique fabuleuse』(Pierre Horay 1984年)


 2年前読んだ『Les voyages fantastiques de JULIEN GRAINEBIS』(2022年1月15日記事参照)が面白かったので、手に取ってみました。期待どおり、不思議な冒険譚の数々が収められていました。文章は、このまえ読んだJ.-H.ROSNY AINÉ『LA FEMME DISPARUE』より少し難しくなったように思います。

 冒険譚といっても、大掛かりな冒険が語られているわけではありません。日常的なささやかな冒険、少年時代に近所の野原に行くような冒険です。序を含め、全部で11篇の短篇が収められていて、一人称で語られていますが、うち5篇がマルティニャン君への呼びかけのかたちで、綴られています(ほか1篇にもマルティニャン君が名前だけ登場)。

 内容にも共通したところがあります。それは、偶然の出会いのテーマです。出会うのは、人けのない駅のベンチで隣り合わせた男であったり、森のなかでじっと動かない男であったり、廃線になったプラットフォームのベンチで寝ている男であったり、ベンチに腰かけている老人であったり、歩いているとき横に並んだ美少女であったり、踏切番の娘であったり、あげくは鷲であったり、犬と狼の出会いであったりします。

 出会った人物には不思議な秘密があり、話者は好奇心を刺激されますが、なぜかまた偶然の再会が何度も起こります。小説ならではの出来事です。偶然に出会うという状況にふさわしい場所として、駅のプラットフォームとか、駅の構内、待合室、反対側の列車の窓に見える顔、森のなかの小道、橋、カフェ、市場さまざまな場所が登場します。

 郊外の土手があり線路があり小川が流れている景色が、いくつかの物語に共通して出てきましたが、なかで、この本の三分の一を占める中篇「L’enfant inconnu(見知らぬ子)」では、田園、荒地、森、小川など自然を舞台にした少年期の黄金時代のような体験が語られ、『モーヌの大将』を思い出させるところがありました。

 蛇足ですが、いつも私が気にしている日本の話題については、「日本の建物も、想像上の寺に通じるように入口をつくると聞いた」(p15)という言及がありました。

 面白さをうまく伝えられるか自信はありませんが、各篇の内容を簡単にご紹介します(ネタバレ注意)。
Mon cher Martinien,(マルティニャン君)
序にあたる部分。「世の中に神秘などない・・・とにかくすべては遠くにあるんだ。だから遠くを見つめるしかない・・・幼時のみ遠くを知っていた」(p7)と語り、いくつかのそうした謎を書いてみようと宣言する。

〇Autrefois et toujours(かつてそして今もずっと)
ある男と偶然に出会い、あと2回会えば秘密を話そうという妙な提案を受ける。不思議なことに、偶然2回会うことになり、その男から学生時代に知り合った一人の女性への思いを聞く。絶えずその女性のことを考えているうちに、現実の中に女性の幻影が忍び込んで来たと話す。男の狂気を感じさせる話。

〇Martinien, tu ne m’écoutes pas(マルティニエン君、君は私の言うことを聞いてないね)
あるときポンヌフの橋で不動の姿勢をとっている男を発見した。すると女性が近づいてきて、その男に指輪を見せると仲良く一緒に歩いて行った。不思議な現象に好奇心を刺激され、次に男を見かけたときその訳を問うと、14歳のとき市場で偶然出会い安指輪をプレゼントした美しい少女と、また偶然邂逅したという。「わしと彼女は恋をする年頃になる前と、もうそんな年ではなくなってから出会ったわけだが、恋よりも素敵だと思う」(p29)というセリフがいい。

◎Le train de l’aurore(明け方の列車)
駅のホームで廃線の前のベンチで横になってじっと待っている男。駅員は、空想の列車を待っている男だと言い、男が3回のデートをすっぽかして女性に振られた話を物語る。がその夜、たまたま事故の影響でそのホームに留まった列車のなかに彼女の姿を見て、恋が復活した。何かしようとして、いろんな理由で3回続けて失敗するという民話風語りのある物語。

〇Paroles perdues(言葉のない世界)
家の前のベンチに腰かけている老人の隣に座って話をする。お互いに、美しい少女を一瞬見かけたり、束の間同じ空間に居たりして、言葉も交わさないまま別れ、その後心の中にずっとその少女のイメージが残りつづけるという共通の体験を話し合い、敬服し合う。ほのぼのとした雰囲気が漂う一篇。

〇L’aigle de la ville(街の鷲)
森の奥まで建物が建ち、平野は耕され、工場が立ち並び、狭い街路に大勢の人々が暮らす大都会。そこに鷲が舞い降り、子どもたちに、眼の中の不思議な景色を見せてくれる。鷲は見たものを眼の中に留めるという。人はそこに失ってしまったものを見つけるのだった。

〇L’oiseau d’or(金の鳥)
郵便配達員が配達の途中、森でキノコを探そうとしたら、薊の葉の下に強く輝くものを見つけた。金の鳥で後を追いかけているうちに遠くまで行ってしまい、配達が深夜までとなる。一晩草叢で寝て、明け方列車に乗ろうとしたら、そこでまた不思議な少女と出会う。金の鳥の化身だろうか。それともこの世以外の空間に紛れてしまっていたのか。郵便局に戻って何と言い訳したらいいのか。

〇La folle oseraie(狂った柳園)
恋人同士だが喧嘩ばかりしている。河岸で待ち合わせしたが、それぞれ河を挟んで反対側で待っていた。お互い譲らず男の方がストライキをし二日間意地を張り合った。三日目男が遂に背を向けて柳園の道を去っていこうとしたとき二人の感情のもつれが消えた。また喧嘩になって男が背を向けて柳園に去ろうとしたら女が寄り縋った。それ以来、柳園で二人が仲良く歩く姿が毎日目撃された。柳園には不思議な作用があるらしい。

〇Histoire printanière(春の物語)
春の訪れで浮き浮きした気分で、雪見草を摘み歩いていると、美少女が歩いて来て一瞬横に並んだ。少女の去り際に雪見草をプレゼントした。次の年、駅の待合室で偶然会ったら、彼女が雪見草を置いて立ち去った。次の夏、今度はカフェでガラス越しに彼女がこちらを見ているのに気づいた。その後もホームで反対側の電車に乗ってる姿を見かけたり、階段で手すりを隔てて擦れ違ったりした。片思いの初恋のときめきを思い出させる話。

La longue histoire(長い話)
狼が出没する村。狼よけに飼われている獰猛な犬と狼が戦った後、強い友情で結ばれることになった。村人は狼と仲の良い犬を怖れて撃ち殺し、狼は犬の代わりに、遠くからその家を見守るようになった。が、その家の幼な子が若者になったとき、狼に護られていることを不名誉と感じ狼を撃つ。傷ついた狼は若者に愛の眼差しを向け、若者は後悔するという話。

〇L’enfant inconnu(見知らぬ子)
農場主の息子と女友だちは、土管の奥から悪態をつく踏切番の娘と出会い、その野性的な振る舞いに魅力を感じ、仲良くなる。その後貧しい娘は農場に雇われよく働いたが、農閑期に倉庫で煙草を吸っているのを咎められ解雇される。しばらくして金の鎖がなくなっているのが判った。事件は結局お蔵入りとなったが、息子が森の井戸のところで金の鎖が隠されているのを見つける。そのとき娘が現われて返せと迫り、娘は鎖を手に取ると小川の中へ捨てた。その後、娘は失踪し、別の町でふしだらな生活を送っていた。あるとき、娘が泥棒呼ばわりされて取り囲まれているところを息子と女友だちとで救い出す。やがて年月が経ち、息子は女友だちと結婚し、踏切番の娘も馬具商と結婚して、それぞれ二人ずつの子も生まれた。家族同士で交流するようになったある日、ピクニックへ行ったとき、小川の水かさが減り、金の鎖が現われた。見知らぬ少年がそれを素早く持ち去って逃げる。