:Alexandre Dumas『Histoire d’un Mort racontée par lui-même』(アレクサンドル・デュマ『死者自らが語る話』)

                                   
Alexandre Dumas『Histoire d’un Mort racontée par lui-même』(UNION GÉNÉRALE D’ÉDITIONS 1980年)
                                   
 一昨年パリでの購入本。序文は難しいが、デュマの本文はとても読みやすい文章。いつもは音読してから、辞書を引きながら黙読し、次に骨子を要約するという三段階で読んでいますが、いくつかの短編は、音読の後、いきなり骨子の要約に入ることができました。こういう易しい文章を学生のころ読むべきだったと思いましたが、もう遅い。

 デュマにSF的な作品があることを知り、デュマの幅広さを感じさせられました。フランシス・ラカッサンも、序文で、デュマが単なる歴史小説家ではなく、探偵小説の草分けでもあり、旅行記料理本など幅広い分野に筆を取っていることを指摘しています。超自然譚もかなりの分量があると、具体的に超自然譚の作品名を挙げていますが、劇作品は「Urbain Grandier」「Le Vampire」の二つ、小説は「le Château d’Eppstein」「Les Frère corses」「lea Mariages du père Olifus」「le Trou de l’enfer」「la Femme au collier de velours」「le Pasteur d’Ashbourn」「Isaac Laquedem」「la Jeunesse de Pierrot」「le Meneur de loups」「Un pays inconnu」「l’Ile de Feu」の11篇、短篇集は「les Mille et Un Fantômes」「l’Homme aux contes」「le Père Gigogne(2巻)」の3つ。その他本にまとめられていない短篇も12作品挙げています。

 その超自然譚について、具体的作品を例示しながら詳しく語っていますが、その特徴として、①民間伝承を取り入れていること、②時代を過去にとったり、異国のエキゾティスムを利用していること、③前口上や挿話、読者の反論や第三者の闖入など、友人たちとの団欒の雰囲気で語りが進行していく技法が見られ、これは当時パリで流行っていたホフマンの手法を取り入れていること、④文章に想像力が横溢していて、どこかユーモアも感じられること、などを指摘しています。

 この本もそういった超自然譚が収められていますが、前半は、『ベルナルド・ド・ズニガの驚くべき話』や『フォア伯爵の狩』の幽霊譚、『九柱戯の王者』の悪魔との契約譚がいずれも鬼気迫るドラマティックな場面があるのに対し、後半の短編は、お伽話、寓話の印象が強い。お伽話や寓話がなぜ物語として面白くないかは、先が読めてしまうからだと思います。同じパターンが繰り返すことが多く、意外性が消滅してしまいます。物語の面白さは謎が持続して、思わぬ展開が待ち受けているところにあるからです。

 
 以下に各篇のご紹介をします(ネタバレご注意)。
◎Histoire merveilleuse de don Bernardo de Zuniga(ベルナルド・ド・ズニガの驚くべき話)
 中世スペインの城や教会を舞台に繰り広げられる幽霊譚。15年ぶりに十字軍から帰還した騎士が聖なる泉に映った従姉妹の成長した美しい顔を垣間見る場面や、深夜教会の中でその修道女の従姉妹(の幽霊)と出会いキスするシーンが印象的。そのキスで騎士は死んでしまうが本人は気づかず、その後出会う人々 (相手は騎士だとは知らない)が、口をそろえて、昨夜死んだ騎士の葬儀の準備をしていると言うので、自らの死を徐々に意識していく物語の運びは劇的だ。


Le bracelet de cheveux(髪のブレスレット、既読)
Les tombeaux de Saint-Denis(サン・ドニの墓、既読)
以上、http://d.hatena.ne.jp/ikoma-san-jin/20080830/1274832186記事参照。
Histoire d’un mort racontée par lui-même(死者自らが語る話、既読)
http://d.hatena.ne.jp/ikoma-san-jin/20130323/1363993505記事参照


○Les deux étudiants(二人の学生)
 上田秋成の「菊花の約」を思わせる男同士の友情を描いた作品。イタリアが舞台。二人の友の一人が盗賊に殺され、幽霊となって友人の夢に現われ、幽霊の導きによって友人が盗賊に復讐する話。冒頭の学生同士の決闘の場面、友人の安否を訊ねながらボローニャからローマまで馬車を乗り継いで友人の後を追いかける場面は迫力あり。また雪の上に幽霊の足跡はつかなかったが血だけが点々と残ったという場面も出色。初めに描かれる二人の生い立ちの違い、一人が大金持ちの子だが私生児で家族に恵まれず暗く、他方が商人の子で温かな家族に囲まれ陽気という設定が、二人の友情の強さの印象を強めている。


○Histoire du démon familier du sire de Corasse(コラス陛下の親しい悪魔の話)
 悪いことができず世界中から集めてきた面白い話をするだけの悪魔に、主人公が姿を見せてくれと要求すると、1回目は藁くず、2回目は燕となって現われ、3回目に猪の姿で現れた。それを悪魔とは夢にも思わず犬をけしかけてしまったら、その後悪魔は現れなくなり、主人公は日に日に弱って1年後に死んでしまう話。お伽話的だが話術の面白さが溢れている。


◎Le roi des quilles(九柱戯の王者)
 童話風の物語。賭博小説、悪魔との契約譚でもある。自分がいちばんでないと気が済まない傲岸な若者が、ある男に公衆の面前で九柱戯で敗北する。その男から必ず9本を一度に倒せるようになる力をもらう代わりに、週に3回以上ゲームをしないと魂を渡すという契約をした。男は悪魔だったのだ。ところが思惑がはずれて、必ず9本倒す男とは誰も勝負をせず、若者は週3回を維持するために各地を放浪するという地獄の日々を送ることになる。そこに炭焼き老人が現われ、ある頓智で彼を救うのだった。その炭焼き老人は聖ペテロだったに違いない。キリスト教譚でもある。


◎Les chasses du comte de Foix(フォア伯爵の狩)
 動物憑きと幽霊の両方が出てくる話。6年前に愛する息子を殺めてしまった伯爵が翌日の狩を控え、ある雌猪を狩ろうとすると必ず死ぬという呪われた狩や、熊を狩ったらそれが人間だったという狩談義に熱中している。翌日、因縁の雌猪を見つけ大軍団で追跡するが、徐々に脱落して夜になると追いかけているのは伯爵一人となり、猪を森の空き地に追い込んで捕えたと思ったら煙のように消えてしまった。近くに城の明りが見え、そこへ行くと、一人分の食卓が用意されており、死んだはずの息子が水差しを持って給仕に現われる。翌日伯爵は森の空き地で死んでいた。小話を連鎖していく枠物語の構造になっていて、語りの巧みさが光っている。


Pierre et son oie(ピエールと鵞鳥)
 童話風仕立て。若くして両親を亡くし農場の主となった主人公が、魔法の卵を産む鵞鳥の唆しで、15の願いを次々に実行し、鶴になったり兵士になったり、金貨持ちになったり、王、海軍大将、トビウオ、豚、蝶々といろんな体験をしたあげく、現状をまっとうに生きることが幸せと気づく教訓譚。


Le roi des taupes et sa fille(モグラの王とその娘)
 子ども向きのお伽話。母親と仲良く暮らしていた田舎の若者がモグラの王の娘に恋をした。一族は本当は人間だが魔法をかけられていたのだ。そして若者は母親の手を振り切って、モグラの国に降りて行った。一年後息子を嘆き悲しんでいる母親も地下に連れて行かれ、モグラのように目が見えなくなるか、それとも地上へ戻って息子と会えなくなるかと選択を迫られ、目が見えなくなる方を選ぶ。実はそれが呪いを解く鍵だった。モグラの一族は人間に戻り、若者は王の娘と結婚する。


Le sifflet enchanté(魔法の笛)
 これもお伽話。3つの問題を解けたら娘を嫁にやるという王の難問を、魔法の笛の力で次々に解いていく若者の話。貧乏な若者に嫁がせるのを阻止しようと、最後に「嘘で袋を一杯にせよ」という難問を出して意地悪をする王に対し、王の羞恥心を利用した機転で、めでたく結婚にこぎつける。


l’homme sans larmes(泣けない男)
 お伽話。設定が荒唐無稽。非情な祖父のせいで、涙を流せなくなる呪いをかけられた金持ち。そのままでは悲しみに心臓が押し潰されて死んでしまう。純情な娘が冒険に旅立ち、夢のなかで見た涙の天使からさずかった真珠によって、父親の涙を取りもどす。


○Un voyage à la lune(月旅行)
 奇想天外な話。SFのはしり。信じやすい男で、夢をよく見る男が、月へ行った夢を見た。酔っ払って川に落ち、泳ぎ続けて英仏海峡まで流され、そこで島に辿り着くが沼に吞み込まれそうになったところを鷲に助けられ、そのまま月まで飛んで行く。月では男の重さで月が傾くという理由で入国を拒否され、また地球に向って落ちて行く途中、鵞鳥の一群に拾われて、最後は地中海に落下するという話。荒唐無稽でも話しぶりが面白く読み飽きない。


Les étoiles commis voyageurs(星のセールスマン)
 寓話。7つの星が人間たちの幸せを願うゼウスに命じられて、それぞれ知恵、徳、健康、長寿、名誉、喜び、金を人間世界に売りに行くが、浅はかな人間たちは、彼らにつっけんどんにしたり、商売道具を強奪したりして、自らの幸せをフイにしてしまう話。健康を売ろうとする星に、医者が「我々は病気を売っているんだ」と答える科白には笑ってしまう。


○Une âme à naître(生まれる魂)
 長大な歴史を一瞬のうちに垣間見るスケールの大きな不思議な味わいの一篇。天上にいる魂が地上の生活に興味を持ち、地上に降りることを夢見て6000年待ちながら、アダムとイヴや、アベルとカイン、ノアの箱舟、キリストの誕生、使徒たちの迫害、中世のキリスト世界を眺めている。自分の母親が生まれ、結婚し、妊娠し、ようやく生れる数日前になった時、その母親が死んでしまい、魂は地獄に落ちる。なぜなら、天上で地上の生活を望むのは罪にあたるからだ。


◎Désir et possession(欲望と所有)
 散文詩。人の一生を人が蝶を追いかける姿に例えて、幼児から青年、大人、老人と辿り、何かを追求するのが人生だという熱いメッセージを送る。デュマには珍しい真剣なトーンが感じられる一篇。


Invraisemblance(ありそうもない話、「死者自らが語る話」の前口上、既読)


Gérard de Nerval ou l’Homme aux Contes(ジェラール・ネルヴァル、お話しおじさん)
 デュマのネルヴァルに対する愛情が感じられる文章。ブリュッセルのある家にデュマが滞在している時、ネルヴァルが来て、その家の子らに、お話をしたというエピソードを紹介しているが、それはデュマの作り事のようだ。ネルヴァルが話したという内容は、ここではカットされていて、枠物語の枠だけの文章となっている。


Aux portes d’un autre monde(別世界への扉)
 デュマのオカルトへの興味をしめす作品。二つの事例が紹介されているが、いずれも催眠術を扱っている。いかにも本当のことのように書いているが、デュマの創作だろう。罪作りなことだ。