中西進『ひらがなでよめばわかる日本語』


中西進『ひらがなでよめばわかる日本語』(新潮文庫 2008年)


 入院することがあり、ベッドで寝転がっても読める文庫本を持って行ったので、しばらく文庫本が続きます。日本の古語に疎いので、この本を読んでみたところ、新しく知り得たことが沢山ありました。言葉の基本的な成り立ちに関すること、それと個別の言葉の由来や仲間語に関することです。少し長くなるかもしれませんが、驚きの発見を書いてみます。

 まず、基本的な成り立ちについては、下記のとおりです。
①一音のことばは、日本語のなかでも最も古く、かつ基本的なことばであること。例えば、「み(身)」「て(手)」「ち(血)」。

②ことばは、母音を変化させながら、新しいことばを生むこと。「ぼんやりと漂うもの」という意味の「け」も、「か」「き」と変化していきます。たとえば「かおり」の「か」や「きもち」の「き」に。

③音自体が意味を含んでいること。
「い」の音で始まることばはどれも厳かで、「いのち」「いむ(忌む)」「いつく(斎く)」「いのり」。
摩擦音のサ行ことに「す」で始まる古いことばには激しい動作を表わすものが多く、「すさまじ」「すごむ」。
「ち」は不思議な力のあるものを指し、「いかづち」「おろち」「ちち(父)」「ち(血、乳)」。
「と」で始まることばには鋭いといった語感があって、「とぐ(研ぐ)」「とがる」。

④文字数の多いことばはいくつかの要素に分解できること。例として、
まほろば」は、美称の「ま」+秀でるの「ほ」+愛称の「ろ」+接尾語の「ば」で、すばらしい場所をいう。
「けはひ」は、ぼんやりと漂うものという意味の「け」+長く続くという意味の「はふ(延ふ)」で、何となく漂っている「け」がだんだんと延びて、こちらに近づいてくる状態をさす。
「かおり」は、「け」が変化した「か」+酒を醸造することをいう「をり」で、何となくたちこめている匂いのこと。
「さいわい」は「さきはひ」で、花が咲くの「さく」が変化した「さき」+ある状態が長く続くという意味の「はひ」。
「たましひ」は、霊魂を表わす「たま」+「しひ」で、この「(し)ひ」は永遠を表わし、「いにしへ」「とこしへ」の「しへ」との関係が考えられる。
「ねがふ」は、和らげることを意味する「ねぐ」+反復継続の意味を表わす「ふ」で、何を和らげるかというと、神様の心を和らげるということ。神職の「ねぎ(禰宜)」や、いたわる意味の「ねぎらう」も「ねぐ」の仲間。
「あはれ」は、「あ」+「はれ」で、ともに感動すると自然に発生する声から生まれたことば。

⑤おなじことばでも使い方が違えば別語とするモノ分類に対し、働きが似ていれば同じことばだと考えるのが働き分類。例えば、「うつす」は、「映す」「移す」「写す」と漢字を当てれば違う言葉になるが、共通する概念は「移動」。

⑥渡来した漢字が和語のようになっている例があること。
「むぎ」は、外来語の「麦」が日本語化したことばにすぎない。「麦(ばく)」の「ば(ba)」の呉音のb音が次に入って来た漢音でm音に変化して「む(mu)」となり、また「く(ku)」のk音と「ぎ(gi)」のg音は喉の形が同じで転換したもの。
紙を意味する「かみ」も外来語で、渡来した漢字は「簡」で音は「かむ」、それにに「i」が付いて「かみ」ということばになった。
一方、書くという意味の「かく」は、文字を書くことのなかった古代日本にすでにあった和語である。掻いて表面の土や石を欠くということばだった「かく」を「書く」という意味に転用したのだ。


 個別の言葉の由来について、いろいろと面白い例が紹介されていました。これには著者の推測も含まれています。
①顔の部分を表わす言葉「め(目)」「はな(鼻)」「みみ(耳)」「は(歯)」は植物のことばと似ている。「め(芽)」「はな(花)」「み(実)が二つ」「は(葉)」。これは偶然の一致でなく、植物の成長過程や部分との共通認識があったということである。

②「つめ(爪)」とは「つめ(詰)」で、手の先にある末端だから「おしまい」という意味。

③「かみのけ(髪の毛)」は、上のほうにある「かみのけ(上の毛)」というところから来た。

④「ひ(日)」がさまざまな派生語を生んでいる。「日知り」から「ひじり(聖)」が生れ、「ひる(昼)」ということばを生み、
「ひ(日)」はまた「か」とよばれ「ふつか(二日)」「みっか(三日)」となり、「かよみ(日読み)」から「か」が「こ」に転じて「こよみ(暦)」となった。

⑤季節のことばでは、「はる(春)」は、張る、晴る、墾るの時期だから、「あき(秋)」は、収穫の時期で十分に食べることができたので「あき(飽き)」と名付けられ、「ふゆ(冬)」は「ひゆ(冷ゆ)」から来た。「なつ」の語源は、「あつ(熱)」が変化したという説があるがよく分からない。古代ギリシャでは夏という季節がなく三季だったともいう。

⑥「あめ」は、「あめ(天)」「あめ(雨)」「あめ・あま(海)」を全部含むことばで、古代の人々はもともと「天」を指し示す言葉として使い始めたのではないか。似たことばに「そら(空)」があるが、これは実のないことを意味する「そら(虚)」で、「そらごと(空言)」「そらみみ(空耳)」「そらんずる」などと同類。

⑦水が一杯の「うみ(海)」は昔は「み」とも言い、「みず(水)」の古語は「みづ」で、これも「み」と言った。さらにあふれることを「みつ(満つ)」と言った。

⑧「こころ」ということばは、「ころころ」の詰まったもので、「たま」と同じく丸いものと考えられていた。一方、欧米では心臓はハート形、中国では小さな四角形の「方寸」と考えられていた。

⑨「あそぶ」の「あそ」は「ぼんやりとした状態」。「あそ」と「うそ」は仲間のことばで、「うそ(嘘)」とは、ぼんやりとした中身のない話のこと。似たものとして使われる「いつわり(偽り)」は、間違った内容をいい、まったく異なる。

⑩回転することをいう「まわる」は、旋回する「まう」に「る」が付いたことば。「まう」と「おどる」では動きが違う。「おどる」の古語は「をどる」で、「をど」とは上下運動をいう。この「をど」は、「おどろく」とも関係があるかもしれない。

⑪男女が新たな縁をつくることを意味する「むすぶ」と、発生する、生えるを意味する「むす(生す、産す)」、生命が生まれるような湿度が高くて熱い状態を意味する「むす(蒸す)」には、生命の誕生という共通点がある。「むす」に「こ」や「め」が付いたことばが、「むすこ」と「むすめ」。

⑫「はし」には本来「間」の意味があった。「はし(箸)」も「くちばし(嘴)」も二本の間でつかむから「はし」、「はし(橋)」も両岸をつなぐから「はし」と言った。


 仲間語として、挙げられていたものは次のようなものです。著者は、発音の細かい差は気にせず、意味の上から仲間語として考えた方がいいと主張しています。
「さき(咲き)」、「さけ(酒)」、「さかり(盛り)」、「みさき(岬)」
「ひ(日)」、「ひ(火)」
「はる(晴る)」、「はる(春)」、「はる(張る)」、「はる(墾る)」、「はら(原)」、「はらう(祓う)」
「あき(飽き)」、「あき(秋)」、「あきらかにする(明らかにする)」、「あきらめる(諦める)」
「とこ(常)」、「とき(時)」
「うつつ(現)」、「うつる(映る)」「うつす(移す)」


 結論としては、漢字が日本語のもつ働きの意味を奪ってしまっているので、漢字から日本語の意味を考えることをやめて、ひらがなで考えることが重要と主張しています。漢字の使い方をもう少し慎重にして、ひらがなでじっくり考えるようにしたいものです。