G.-O.CHÂTEAUREYNAUD『Le goût de l’ombre』(G・O・シャトレイノー『闇への愛着』)

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G.-O.CHÂTEAUREYNAUD『Le goût de l’ombre』(Grasset 2016年)

 

 7作品を収めた短篇集。シャトレイノーを読むのは5冊目です。「La Belle Charbonnière(美しき炭焼き女)」や『Les Messagers(使者)』のような神話的な雰囲気は後退して、どちらかというとトリックの効いた小説技巧が目立つ現代的なスタイルの作品が多い気がします。死んだ男が語る話、人魚を釣った話、女性ミイラを買った話、20年以上前の福引が当る話、自らミイラになる話、自分の生涯を展示した博物館に紛れ込む話、天国のようなレストランに通い詰めていたら他の客の分まで支払わされていた話など、いずれも奇想天外な話ばかり。

 

 なかでも、各作品に登場する奇妙なトポスに惹かれました。「Le Styx(三途の川)」の三途の川、「L’autre histoire(本当とは違った話)」の大富豪がガラス工芸家の設計で全体を改造した島、「Le chef-d’œuvre de Guardicci(グァルディッチの傑作)」の剥製店、「Tombola(福引)」の60年前に戻ったかのような路地にある手芸店、「L’écolier de bronze(小学生の銅像)」で迷い込んだ見知らぬ街区、「Mangeurs et décharnés(食べる人と痩せた人)」の桃源郷のようなレストラン。

 

 各作品を簡単に紹介します。

◎Le Styx(三途の川)

前回読んだ「Le voyage des âmes(魂の旅)」同様、生から死への境目の話。医者から「あなたはもう死んでます」と告げられ、自ら柩と葬儀を発注し、皆が泣き崩れるなか霊柩車に乗せられ、三途の川をわたって向う岸に降ろされる。皆が帰ろうとする車に我先に乗りこむが曲がり角で振り落とされる。死後の世界をグロテスク・ユーモアたっぷりに描いた好篇。最後の「この川がどこから流れ、どこへ流れていくのか」という疑問は新鮮。

 

〇L’autre histoire(本当とは違った話)

大富豪が自分の所有する島に世界のトップレベルの有名人を招いた。作家の私もなぜか招かれ、みんなと交遊したが、富豪の女友だちの動物的な美しさに感動する。富豪が私を招いてくれたのはある話を聞かせ、それをもとに物語を作ってもらうおうとしたからだ。その話とは、金に飽かして人魚を釣り、傷ついた人魚を癒すためにこの島を買って改造したというもので、女友だちがその人魚と言うのだった。そしてできあがったのがこの本当とは違った話だ。メタフィクションの片鱗あり。

 

◎Le chef-d’œuvre de Guardicci(グァルディッチの傑作)

散歩の途中剥製商の店で若い女性のミイラを見て衝動買いした独身の男。その眼はあるガラス工芸家の手になるもので生きているようだった。夜寝ていると歌声が聞こえてきてミイラだと分かる。そのうち喋るようになり、生まれ故郷はブルターニュと言う。男に恋人ができると、恋人とミイラとは火花を散らす。三人でブルターニュへバカンスに行ったとき、男はミイラに故郷の空を見せるが、その後ミイラは自ら暖炉に身を投げて灰と化す。最後のミイラの自殺が悲しい。グァルディッチは「L’autre histoire」にも出てきたガラス工芸家の名前。

 

◎Tombola(福引)

冒険家の両親がニューギニアの人喰い土人に殺され孤児となった主人公は、強欲な財産家の叔母によって無気力に育てられている。ある日、犬に追いかけられて逃げ込んだ路地の古びた手芸店で20年以上前の福引のポスターを見つけ、明日が景品交換の締切日で一枚引き取り手がないことが分る。翌日、偶然叔母の手芸箱に当たりくじが入っているのを見つける。その景品は今は亡き両親が提供したニューギニア棍棒だった。そしてエピソードの一コマと思っていた怖い犬と福引の景品の棍棒が結びつく意外な結末にいたる。犬は神の使いだったのか。昔の風情をそのまま残した町の路地の古色蒼然とした手芸店の描写が圧巻。

 

〇Le scarabée de cœur(ハート形のスカラベ

幼い頃に二人の女の子と一緒に遊んだ快感が忘れられずに、二人セットの女性でないと満足できなくなった男。エジプト学者である義姉妹と知り合い、片方の亡き夫と男とがよく似ているということから三人で同棲生活を送る。二人の導きでエジプト考古学にのめりこんだ男。やがて二人と別れた後、狂人のエジプト学者の幇助により、自らがミイラになって永遠へと旅立とうとする。

 

◎L’écolier de bronze(小学生の銅像

少数のファンを持つ老詩人。隔年で限定出版をしてきたが、ある日自分の作品を読み返してげっそりして全部廃棄する。自由の身になった夜、雨のなか彷徨っていると、どこか分からない広場に紛れ込み小学生の銅像を見つける。風邪を引きそうだったので近くのホテルに宿を取る。翌朝、受付嬢の純朴さに惹かれる。小学生の銅像が自分の姿のように思え、向かいの博物館に誰の像か聞きに入ると、そこには自分の昔の品々や写真が展示されていた。そして未来のものも。さっきのホテルの受付嬢と彼が裸で抱き合っている写真が…。奇作としか言いようがないが不思議な味がある。

 

◎Mangeurs et décharnés(食べる人と痩せた人)

新しい仕事で知らない町に越してきた主人公。夜偶然入ったレストランには魅力的なウエイトレスがいて、料理もこれまで食べたことがないほどの美味しさ。客同士も家族のような親密な雰囲気だ。会社の給与から天引できると聞いて契約書を読まずにサインし、それから昼も夜もそのレストランで食べた。がひと月が経つと給与はほとんどレストランの付けで消えていた。レストランに抗議に行くと逆に叩き出される。警察に訴えても不注意ですなと説教される始末。それから昼はまずい社員食堂、夜は昼の残飯でしのぐ日々が続く。また給与の支払いが近づいて来た時、ウエイトレスに道で会うと、「店にまた来て、あなたが来ないとだめなの」と言われ、出かけると客は誰もいない。しかししばらくすると顔なじみがニコニコしながら徐々に集まって…。みんな主人公の付けで食べていたのだった。