:杉山二郎対談本『毒の文化史』


杉山二郎/山崎幹夫『毒の文化史―新しきユマニテを求めて』(講談社 1981年)


 前回読んだ鼎談本『真珠の文化史』の5、6年前に行われた対談。名前は出ていませんが、この時すでに鼎談メンバーの坂口昌明が編集者として加わっています。松本清張が序文を寄せていて、「矢には毒が塗ってある・・・ツングース族である」と書いていますが、対談本文の「毒矢・毒もり・・・ツングース系の諸族はそういう習俗をもたない」という記述と齟齬があるのがご愛敬。

 いろんな毒が出てきます。茸などの植物系、貝、河豚、蠍、蛇など動物系、水銀など鉱物系、火山の毒など地質系、その他、カビ毒、バクテリア、麻薬、さらには毒物兵器や原子爆弾にいたるまで、人間の歴史は毒の歴史といってもいいくらいです。

 読後のいちばんの感想は、古代の人たちが、毒、微生物など目に見えないものが引き起こす厄災に対して、怖れ、祟りを感じ神にすがってそれを払いのけようとしたこと、それが近代の医学や科学の発展で徐々に解き明かされるにつれ、神の存在が希薄になり現代の無信仰が生まれてきた、という流れが実感できたことでしょうか。


 私なりに大ざっぱにまとめまた考えたのが次の諸点。
①毒は体を傷つけるもの。刀や銃と同じ武器の一種である。
②人間は経験から、植物・動物・鉱物の毒を選別してきた。それをコントロールすることを覚えたのが毒の始まり。
③近代になって、毒が科学的につくられるようになった。その代表で最大のものが放射能
④毒や錬金術に対する東と西の違い。東は不老不死、煉丹術という観念的な展開、西は製薬や黄金獲得のためのテクノロジーという展開に。
⑤毒カビ、バクテリアなども、ふつうの毒とは若干異なるが、やはり毒の一種。
⑥毒は事件の原因とされフィクション化されやすいこと。
⑦カビ毒と放射能は発癌の原因となる。
⑧毒も微量であれば薬となること。
キニーネクラレ、コカインなど、毒の元になる植物が新大陸発見によってもたらされた。
⑩阿片、麻薬を毒として語っているが、これについては疑問。
⑪その毒がどういう作用をするかの視点による分類が必要か。a)皮膚をただれさせるもの。b)肝臓を傷めるもの。c)腎臓を壊死させるもの。d)癌を起こさせるもの。e)意識を攪乱させるものetc.


 その他、印象深かった部分を列記すると。
①「トリカブト・・・寒冷な気候帯に繁茂する・・・これと縄文時代の狩猟地域とがだいたいにおいて一致している。狩猟にトリカブトの毒矢を使用したことが推定できる」(p2)
②「朝鮮人参・・・形態がいかにも赤ん坊に似ている」(p29)、「当時の神仙薬というものは形態的類比(アナロジー)のうえになり立っている点が、多々あり」(p68)
③「方士とか術士とか神仙とかの世界も、じつはひじょうにグレイドに幅があるんです。程度の低いのでは自分の鼻糞をまるめて人にくれてやってうれしがるような・・・のもいる」(p82)
④「平城朝廷に発した薬物感覚の高揚期が・・・11世紀初頭をさかいに、以後は退潮にむかう。これは・・・不老不死の仙界観が『竹取物語』などの説話の世界にも色濃く投影してきたのに代わって、11世紀ごろから仏教世界でだんだん死後の救済への願望が強くなってくるのと、ほぼ一致した現象」(p95)
⑤「匕首で相手を刺すのが上等であって、毒物をもって殺すのは下等であるという価値観・・・薬が自分たちの世界の外、夷狄という低い世界からはいってくるという観念に影響されてのことではないか」(p142)

 ホーソンの「ラパチーニの娘」やソログープ「毒の園」と同じような話が、インドの医典『ススルタ・サミタ』にあることや(p193)、ポーの妖しさ、ボードレールの玄妙さに近い色彩感覚なり構築性を持った『妙法蓮華経』や『見宝塔湧出品』という夢幻的な記述の経典があること(p105)も知りました。