ミチオ・カク『パラレルワールド』

                                        
ミチオ・カク斉藤隆央訳『パラレルワールド―11次元の宇宙から超空間へ』(NHK出版 2006年)


 引き続いて、タイムトラベルに関連した物理学の本。相対性理論誕生後の宇宙や物質に関する現代物理学の趨勢が概観できた気がします。と偉そうに言っても、門外漢の私にはよく理解できないことだらけで、こんな本を手に取るんじゃなかったと後悔しきりですが、おぼろげに何となく分かったような気になったことや、読んでいて素人なりに抱いた感想は、
相対性理論量子論がまったく正反対の世界観を持っていること

②物理や宇宙を記述する場合の速度や圧力、重力などのスケールが想像できないような大きさや小ささであること

③観察装置がどんどんと進化して、理論を裏付ける発見が次々なされているが、観察装置に厖大な費用をかける競争が起こっているのと、とてもそんな観察は無理という理論が続々と現われていること

④宇宙を組成する要素として考えられているのは、光や磁力、電力、重力など波的なものと、陽子、中性子など物質的なもの、それに幾何的形状(トポロジー)や時間があること

⑤多くの物理学者が次から次へと現われては、「ひもだ」とか「いや膜だ」とか珍説を披露しているのを見ていると、私など素人からは、詐欺集団同士の騙し合いのようにも見える。

⑥11次元とか26次元とか言われても皆目見当がつかない。これらは数学的な算式から導かれて出てきた話だと思う。3次元の立体は容易に思い描けるが、われわれの住むといわれる4次元はなかなか想像できない。ましてや5次元より上はとても。

⑦科学者たちが謎を解いて、新しい世界像を提案しても、また新たな謎が生まれ、次々に世界像が改変されて行く様子で、終わりがないようだ。次々に謎が生まれていく仕組みは何だろうか。

⑧この本が書かれたのは、2005年なので、その後の17年ほどのあいだにどれだけ新理論ができ、また新しい実験・観察装置が開発されたのか気になるところだ。


 第Ⅰ部第Ⅱ部では、これまでの学説を丁寧に説明していたのに比べ、第Ⅲ部は、著者の観点が強く主張されており、宇宙の誕生から死までの流れと、文明を高度化させて別の宇宙に脱出するまでどういうプロセスを踏めばよいかを述べています。誇大妄想的記述に加え、人間中心主義、しかも白人英語圏のエリート主義が芬々と漂ってきて、いささか辟易しました。著者は、地球に生命が生まれたのは奇跡であり、「宇宙には『それを存在させるべく観測する、われわれのような知覚力のある生き物を生み出す』という目的がある」(p416)と人間を特別視しています。私は、R・ドーキンスの「物理的な力が支配する世界では・・・理由などないし、正義もない・・・設計もなければ目的もなく、善悪もなく、ただ非情なほど意図を持たぬ無関心しかない」(p430)やS・フェイバーの「私は地球が人間のために作られたとは思いません」(p431)という見方につきます。


 奇想天外な理論であっても、それが想像できるように描かれている場合はなんとなく分かったような気になります。物理学者たちも結局は比喩を使っているのが面白い。例を示すと、

インフレーション期の膨張のすごさを視覚的に理解するために、急激にふくらむ風船の表面に銀河があると考えよう・・・われわれの宇宙は、すべてこの風船の表面に貼りついていて、内部にはない(p22)

池に石を投げ込み、衝撃で波が立つ場合・・・石が大きいほど、水面に生じる歪みは大きい。これと同じで、星が重いほど、その星を囲む時空のたわみは大きくなる/p50

ニュートリノはほとんど質量のない幽霊のような粒子で、厚さ何兆キロメートルもの固体の鉛を何ら相互作用することなく通過できる/p101

考えられるすべての世界がわれわれと共存している・・・さまざまな量子論的現実は、まさにわれわれがいる場所に存在している・・・もしそのとおりなら、われわれの部屋にあふれ返っている別世界は、なぜ見えないだろう?・・・ワインバーグは、この多宇宙理論をラジオにたとえている/p206


 長くなりますが、他にも、深い意味は分からなくても印象に残った魅力的なフレーズがたくさんありましたので、引用しておきます。

たくさんの素粒子も、ひもが奏でるさまざまな音にすぎない(p27) 

われわれの体は文字どおり星くずで、何10億年も前に死んだ星々でできている(p87)

宇宙もかつては電子より小さかった(p117)

独楽から台風、惑星、銀河、さらにはクエーサーに至るまで、われわれの世界は回転しているものだらけだ。それはまるで、宇宙に存在する物質の普遍的な特性にも見える。ところが、宇宙そのものは回転していない(p119)

多世界解釈・・・が正しければ、今この瞬間にあなたの体は、死闘を演じている恐竜たちの波動関数と共存している・・・あなたの部屋に存在する無数の宇宙の中にあるのだ(p205)

われわれには第五の次元は見えないが、その次元に生じる波紋が光として見える(p241)

物理学者は、この世界を毎秒1㎡あたり10億個のダークマター粒子が吹き抜けており、もちろんわれわれの体も通過していると考えている(p319)