:菅谷規矩雄の詩的リズムに関する本二冊

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菅谷規矩雄『詩的リズム―音数律に関するノート』(大和書房 1992年−一刷は1975年)
菅谷規矩雄『詩的リズム続篇』(大和書房 1986年−初版は1978年)

                                   
 荒木亨が『木魂を失った世界のなかで』で、一章を設けて論じていた菅谷規矩雄のリズム論を読んでみました。荒木亨はその本のなかで、『詩的リズム』をいくらか評価しつつも、基本的には菅谷の三拍子に関する説を退けあくまでも自説の二拍子にこだわっていましたが、菅谷は『詩的リズム続篇』で、そうした荒木の姿勢をけちょんけちょんに批判しています。批判の内容は、私も以前のブログで二拍子にこだわる姿勢に疑問を持っていたので、うなずけるものでした。

 菅谷の文章は、昔の新左翼の文章のようで、叙述のしかたに癖があり(吉本隆明のように「もんだい」「じたい」とひらがなで書いたりする)、また文章の勢いも、男性的というか闘争的というか断定的というか野卑に過ぎるのは、私の肌にはあいません。なぜそう断定できるのか分かりにくいところもあったので、もう少し初心者向きに、文章をかみくだいていただければよかったと思います。また具体的な詩のリズムの取り方や、蕪村は下層町民の地獄絵を描いたとする吉本説への評価など、ところどころ頷けない部分もありました。

 しかし、記紀歌謡や手拍子など日本古来のリズムから現代のCMソングまで幅広く考察しているところ、詩のリズムに関する過去の諸説をくまなく研究しているところ、社会思想と照らし合わせながら詩のリズムを論じているところなど、力量が感じられました。また、和歌の声調や俳句の字余り、枕詞と形容詞の関係など、ドイツ文学者にしてこの古典理解の深さは尋常ではありません。

 なかでも圧巻は、明治期の状況を、①維新の志士たちに代表される漢詩的表現と江戸期の俗謡七五調が結びついた明治ナショナリズムの韻律、②文明開化と洋学の影響で生れたモダニズムの韻律、③旧来の和歌の伝統的韻律、この三つが系をなしてたがいに浸透しあっているとし、新体詩モダニズムの衣をまといつつ行軍的な七五調を採用し、讃美歌の訳詩がモダニズムでありながら明治ナショナリズムを回避するため和歌の伝統的な美意識を採用したこと、それが新体詩にも影響を与えさらに島崎藤村につながっていると指摘しているところ(『詩的リズム』p113〜131)。『詩的リズム続篇』では、その新体詩を「韻律史的には、近世七五調のさいごの局面に位置するもの(p147)」と新体の名にもかかわらず旧体の終焉として位置づけています。

 また、啄木、光太郎、白秋、朔太郎などがいちように短歌の作者であったということに目を向け、そのことが「口語=自由=詩の成立にとっておそらく欠かせないひとつの条件 (p194)」と見ています。私には読書量も全容を見渡せる能力もなく正確な判断はできませんが、的を得ているように思われます。その口語自由詩にたいして、「大正末から昭和初期には、文語脈抒情詩の復活ともみられる傾向が色濃くあらわれ・・・この現象はやがて四季派に集約される」として、その理由を「プロレタリア詩とモダニズム詩の両面から挟撃をうけたために、文語体の背後にひそむ伝統的美意識によりどころをもとめた(p196)」と指摘しています。

 仏教(漢語)と神道(和語)のせめぎ合いについて考察したところも面白く、『詩的リズム続篇』では、仏教の経典の読誦の影響で、二音単位の四拍が日本中を席巻したと書いていますが、それまでの和語の基盤であった神道が仏教に駆逐されるのと並行的に行われたのではないでしょうか。また明治になって今度は仏教が排撃されますが、「仏教系の諸思想が維新イデオロギイの形成にほとんど関与しえず、近代大衆ナショナリズム運動の展開に大きくたちおくれをしめしたこと」から仏教団体にいろんな活動が起り、そうした大乗=仏教イデオロギイで補強することによって「天皇制イデオロギイじたいが、超国家(帝国主義)イデオロギイに拡大され」ていったことが述べられています(『詩的リズム』p221)。

 この他にもテンポの変化、休止の重要性、促音と撥音、音韻とイメージは関係があるのかなど、まだまだいろんな問題が論じられていますが、私の能力ではとてもついていけませんので、これくらいで。

 『詩的リズム』の冒頭で、「文章を朗読するのをオッシログラフその他を用いて記録し、一音節に要した時間を比較したが等時でなかった事実(p12)」が引用されていましたが、コンピュータが発達した現在、言葉の微妙な抑揚や間隙を分析するのは以前より簡単に行えると思います。ロボットが言葉を喋る実験も進んでいて、まだロボット口調はぬぐえませんが、そのうち詩の朗読も可能になると思います。その時ロボットに詩を朗読させるためにどんなロジックを組み立てればよいか。別にロボットが詩を朗読することなんかはどうでもいいですが、その過程で、音韻やリズムの研究がさらに深まり詩の秘密が少しは解き明かされることになればと思います。