:定年後の海外生活を綴った本4冊

藤沢たかし『63歳からのパリ大学留学』(新潮文庫 1994年)
水江正吾『南仏モンペリエ 午睡(シェスタ)の夢』(河出書房新社 1994年)
角幡春雄『ぽるとがる游記』(新潮選書 1995年)
上林三郎『定年欧州自転車旅行』(連合出版 2007年)

『定年欧州自転車旅行』だけ新刊、残りは古本で購入。『南仏モンペリエ』は昨年、残りは今年に入ってから読んだものです。(『南仏モンペリエ』は古本屋へ売っぱらったのか本が見つかりません)


 別に私が海外へ留学する計画があって、前例を学ぶために準備として読んだのではありません。ちょうど糠味噌を漬けながら主婦がハーレクインロマンスを読むのと同じく、私にはできそうもないということが前提で、安心して疑似体験を楽しもうというものです。読んでみて、これは大変な生活だと分かって、やはり行こうと思わなくてよかったという気持ちになりました。

 この4冊は、定年後のおじさんが無謀にも海外へ飛び込んでいく体験談シリーズとして、まとめられますが、面白いことに、この4冊の著者には共通する特徴があるように思います。ひとつは、定年前には会社でかなり頑張っていた人たちであること、そしてすでに仕事で海外とのやり取りをした人が多いこと、また高学歴の人が多いこと、何故か分かりませんが理科系が意外と多い。自分のエネルギーをもてあましている感じを受けます。

 私より10年〜30年上の世代の人たちで、いちばん感じるのは、その世代に共通する「男らしさ」幻想があるということです。弱音を吐かずに真正面から困難に立ち向かおうとするところです。だから海外でも何とかやってこられたんだと思います。

 海外での生活のポイントになってくるのは、やはり語学のようです。小学校からフランス語を学んだり(『63歳からの・・』)、海外を仕事で飛びまわっていたり(『ぽるとがる游記』)など、皆さん私から見ればかなりの語学力なのに、現地では苦労され、語学での苦労話や失敗談をとくとくと語ってらっしゃいます。しかしそれだけ苦労しているということは果敢に喋ろうとしているからでしょう。

 『63歳からのパリ大学留学』は、大学の事務局の仕事を退職後、奥さんと一緒にパリへ行き、語学学校を経てパリ大学の外国人向きフランス語学科で1年間勉強する話です。
 50代に、転職、次男の不慮の死、本人の癌手術と次々と波乱が襲いかかりますが、幼い頃から海外での生活を夢見たことが忘れられず、奥さんを説得し周到な準備の後、人工肛門をつけた状態で果敢に挑戦します。
 「男たるものそんな女々しいことは出来ない」(p25)という言葉など、無骨で生真面目な気質がとても現れていて、奥さんや山で亡くなられた次男に寄せる愛情がひしひしと伝わってきて、好感が持てます。
 結局、この本で中心に描かれているのは、日本人も含め現地でのいろいろな人々との交遊で、それが海外生活の醍醐味であるということがよく分かりました。この本で描かれていたパリ郊外の黄葉の森の美しさはぜひとも自分の目で確かめたいと思いました。

 『ぽるとがる游記』は、薬品会社研究部門の仕事を定年退職し、単身でポルトガルリスボンコインブラ)へ語学留学する話です。
 自分を語りたいというエネルギーに満ち溢れた人で、ポルトガルについて客観的に公平に語るという姿勢はまったく見られず、まず自分のことから書き始め、ポルトガルの文物を紹介するときも、あくまでも自分との関係を語ります。もしこの本をポルトガル案内のつもりで買った人はびっくりすることでしょう。
 天正の少年使節より前に、ポルトガルにやって来ていたベルナルド(日本人)が独りコインブラで死ぬ時の気持ちに思いを馳せるところ(p180)は胸を打たれました。


 『南仏モンペリエ午睡(シェスタ)の夢』は(本が手元にないのでおぼろげな記憶では)、朝日新聞を早期退職して、モンペリエ大学へ留学する話です。
 アジア人がフランス語を喋ることの難しさが延々と説かれていますが、その割に大胆にもいろいろな人と喋っている! 
 著者は元新聞記者だけあって、先輩の森本哲郎を思い出させるような分かり易い文章で、「ですます調」と「である調」が混淆した不思議な文体です。

 『定年欧州自転車旅行』は、定年退職後、単身自転車で、ストックホルムからスペイン、モロッコ北部まで、5ヶ月間、ユースホステルを利用しながら旅行する話です。
 この4冊のなかでいちばん冒険心に溢れています。私の場合は、近所でさえ知らない道を自転車で走るのは不安だし、急坂にあたると引き返したりしますが、著者はそんなことはものともせず、ほとんど行き当たりばったりに、人に道を尋ねながらひたすら走ります。なんせ自転車も現地へ着いてから買って、ブレーキのかけ方が特殊なことを初めて知り、何度も転倒したというぐらいですから、先のことはまったく考えない人なのです。
 この無謀な精神を支えているのは、あっけらかんとした大酒飲みのいい加減さのようです。そういえば『63歳からのパリ大学留学』の著者も酒好きのようで、ワンカップ大関を70本パリへ持って行ったと書かれていました(p71)。私も酒好きなんですが。

 『定年欧州自転車旅行』の「まえがき」で紹介されている冒険本を下記に書きますが、タイトルを見ているだけでもわくわくするではありませんか。
井上洋平『自転車五大陸走破』(中公新書
川端裕介・るり子夫妻『チャリンコ西方見聞録』(朝日新聞社
川西文(女性)『チャリンコ日本一周記』(連合出版
池田拓『南北アメリカ徒歩横断日記』(無明舎出版
永瀬忠志『リアカーマン、アフリカを行く』(学習研究社