G.H.シューベルト『夢の象徴学』


G.H.シューベルト深田甫訳『夢の象徴学』(青銅社 1976年)


 夢についての本を続けて読んでいると、これまでと重複するような記述を多く目にするようになりました。今回は少し時代をさかのぼって、1814年の著作。動物や昆虫の生態、人間の神経組織など幅広い領域にわたって考察が繰り広げられ、学問がまだ分化していなかった古い時代の余韻が感じられました。

 翻訳の文体について触れると、語調はなめらかで、抵抗なく読み進めることができましたが、不思議なことに意味がなかなか読み取れませんでした。理由として考えられるのは、①書いている内容そのものが古びていて、用語になじみのないものが多いこと、②訳文が原文の構文に忠実で逐語訳的になっていて、日本語の文章としては分かりにくい文章になっていること。③私の頭の老化がかなり進んできたこと。なので以下に記述する内容には責任を持てませんので、悪しからず。


 基調をなす考えは次のようなものと思います。人間はかつて動物と同様、自然および情感の根源的言語、すなわち神の言語を語っており、神経節系統と脳神経系統とが結びついていたが、今は神の言語を語る習慣を失くし、神経節系統と脳神経系統も分離してしまっている。根源的言語は現在夢や詩の言語として生き残っており、その分野を開発すること、また神経節系統を重視し、脳神経系統と再びつなげることを模索することにより、人間の未来に新しい地平が開けるのではないか。

 もう少し詳しく叙述を追ってみますと、
①かつては黄金時代だったが、今は堕落したという退歩史観が見られること。人間は自然の創造主になりあがろうとして結局は死の創造者となり果て、世界は墓場と化し、永遠なる愛の調べが弔いの鐘の音として響いていると言う。神の愛を内容としていた自然および情感の根源的言語から派生して、人間は覚醒時の言語を語るようになった。この言語は、人間が愛を抜きにして愛めいた彩りを、生を抜きにして生の見せかけを与える術策に長けている。

②ドイツ・ロマン派だから観念的ではと先入観を抱いていたが、意外や、生理学的身体的なものへの言及が多い。
1)脳神経系統より神経節系統を上位に置く発想が見られる。情感の領域は神経節系統であり、神経節系統の心霊的認識力がまだ失効していない初期のころは、われわれの精神的認識力は、もっとも自由で完全であったと言う。健全な睡眠では、神経節系統が脳神経系統の活動に優越しており、魂の全活動は神経節系統の物質形成的活動に専念している。また、動物は脳神経系統がなくても、外部環境に対しては異常なほど鋭敏な感覚を発揮できている。

2)モラリストたちはこれまでいつも失敗してきた。人間というのは冷たく利口なむだ話によっては教育されもしなければ矯正されもしない。モラルを説教壇から拝聴するよりも舞台を見た方が有益である。また食事を植物性から動物性に変えたり、酒を飲んだり、外気に触れ運動することで、気分がガラッと変わるように、身体的な刺激が情動を左右している。だから、哲学者は医師の知識も兼ね備えていなければならない。

③神の言語である根源的言語は、動植物の自然の形象や、夢や詩の言語、遠隔透視、予知などの現象に現われているとしている。
1)動植物の自然現象
動物たちはいち早く地震や山崩れを予知し、逃げ出すことができる。また昆虫の変態は、いったん死んだあと再生し完全な存在に達することを表わす形象であり、植物においても、地中に隠されて芽を出す穀物の象徴的な形態は、高次な神の言葉を語っている。

2)夢の言語
夢の中では、魂は日常とはまったく別の言語を語っており、日常われわれが何時間もかけなければ説明できないこと以上のものを表現したりする。それは精神の自然のままの振舞いに近いものであり、夢の語法といったものがあって、それはあらゆる国の人間に共通している。夢遊病の女性は、神以外には知り得ないような遠い過去や未来の出来事を言い当てたりもする。

3)詩の言語
預言者の言葉は、茫漠として理解しがたいところがあり、これときわめて親近性のある詩の言語とともに、覚醒時の散文よりは夢の暗々たる形象表現に似ている。魂は、高次の詩の領域において予言的な特性を発揮する。詩の言語は民族の古来の言語であり、散文は後世に発明されたものなのである。詩の言語は、そこにわれとわが身を委ねさえすれば、魔術めいた効能から産み出される情感や力をわれわれの内面に惹き起すことができる。

4)遠隔透視、予知
陶酔、夢遊病、最高の歓喜状態、さらには死の直前などでは、神経節系統の活動の高揚とともに、魂の高次の能力が高められ、神経節系統と脳神経系統の二つが統合され、まだ見たことのない美しい領域に誘われ、神と同等の霊的認識能力を身につけることができる。遠隔透視も予知もそうした状態なのである。


 トンデモ学説のようなものがあったので引用しておきます。
「大勢の霊が私たちのもとにやってきておたがいに話しだした・・・なかには火星から来た霊たちもいて、彼らのあいだでは話が通じるのではあったが、居合わせた霊たちにはわかっていなかった・・・そのような言語が存在しうるという事実が不思議であった、というのもすべての霊にはひとつの共通の言語・・・しかないはずであるから」(スウェーデンボルィ)(p105)。

居住地移転の際にもっとも負担を蒙るのが肝臓である・・・大陸に移住するヨーロッパ人たちは、その移動の際に肝臓病を患い・・・揺れや急激な動きはすべて、特に、この自然の重心―肝臓に作用を及ぼす(p122)。

規則ただしく繰り返される揺れの動きが・・・種々の疾病の治療に、たいへん効果がある(p122)・・・スミスは、肺結核など衰弱がブランコの応用を継続することによって治療された症例を14例あげている(p195)。