André HARDELLET『Le Parc des Archers』(Jean-Jacques Pauvert 1977年)
アルデレを読むのは『LE SEUIL DU JARDIN(庭園の入口)』に続いて2回目(2016年5月10日記事参照http://d.hatena.ne.jp/ikoma-san-jin/20160510/1462843107)。前作『LE SEUIL DU JARDIN』との連続性を若干感じました。前作の主人公である画家Stève Massonが零落した姿で束の間狂言回しのように登場したり、前作ではフィギュアで戦場を再現する趣味の男、本作では紙細工で眠りの森の美女の城を作る男が出てきたり、また国家的権力によって主人公の身に危険が及ぶというテーマもよく似ています。どちらも桃源郷への憧憬が奥底にあるテーマで、それに偽科学的要素、ハードボイルドかつポルノ風テイストが付加されているといったところも共通しています。違っているのは、本作が後半完全に戦争小説の風貌を呈しているところでしょう。
文章は、前作を読んだ時は、読みやすかったとブログに書いておりますが、私の読解力が落ちたのか、今回理解に苦しむ部分も多くありました。話が展開する部分は分かりやすく速く読めましたが、未来社会を語ったり時間などについて哲学的議論をし出すと途端に停滞し、また桃源郷のような魂の故郷の風景は理解できても、それが現れたり消えたりするあたりが結局はよく分からない。作家としての技量が未熟なために書き方が混乱しているとさえ見えてしまいます。話が込み入って分からなくなって飛ばしたりしたその細かい部分が実は重要な部分なのかもしれません。
あらすじは次のようなものです。
主人公はフランスによく似た架空の国の作家。作家には、幼い日を過ごした故郷ヴァンスレンヌが桃源郷のような印象となって残っていて、この世には隠された別の町があって、そちらの方が本物だという夢想にしばしば耽る。なかでもきらきら光る医者の看板や、黄金の蕾が鏤められた芝生の情景がたびたび浮かんでくる。パーティで、ブレイクとフロレンスのカップルを紹介され、フロレンスが一目で好きになり、小説にも手がつけられずに彼女の住まいの近くをウロウロしたりする。ブレイクの部屋で紙細工で作った眠りの森の美女の城を見せてもらった時、ブレイクが拳銃の名手でもあることを知り、フロレンスの立会いの下で、腕比べをすることになるが、完敗する。がなぜかブレイクは疲れたと言って去り、フロレンスと夕食をともにしダンスをする。
作家は雑誌に、政府の進める近代化に反対する過激な論文を書いた。当時政府は締めつけを強め、労働者と政府側で険悪な対立が続いていた。暴動騒ぎで二人の労働者が殺され、さらに二人が見せしめに死刑となる。作家は雑誌論文を読んだ哲学者の誘いに応じて、反政府の集会でアジ演説をぶち大喝采を浴びる。演説を終えたところに、フロレンスがやって来て、彼女の思い出の地へ行こうと誘われその夜結ばれる。次の日「アルシェの園」というやはり彼女にとっての桃源郷の話を聞かされ、その跡地を訪ねる。その夜は彼女に女装を強要されて奇妙な快楽に溺れる。が翌朝彼女は消えた。
家に戻った途端に治安局に連行され、人格を変貌させる外科手術をちらつかされ脅される。釈放されて入ったカフェで、ゼネストに突入したことを知る。それをきっかけに労働者側と政府とは戦争状態に突入し、作家も反乱軍から招聘を受け、遊軍隊長として参加することになった。指揮するのはブレイクだった。作家は拳銃の腕を活かし活躍する。ブレイクからフロレンスが女兵士になっていることを聞き、彼女とデートすることになるが、待ち合わせ場所に早めに行くと、女性とキスし抱き合っている現場に遭遇する。彼女はレスビアンだったのだ。絶望の末、敵の要塞を爆破する危険な任務に志願し、相棒が斃れるなか、奇跡的に爆破に成功した。が彼も頭を負傷し入院する。目覚めると英雄となっていたが、フロレンスもブレイクも戦死していた。作家は朦朧とするなか桃源郷を夢想しながら、この物語を紡ぐ。最後の文章が、最初の文章に繋がるという円環的な構造になっています。
この作品で描かれる桃源郷とは、幼少期の思い出の風景が反復されて形作られたイメージで、実際にその場所に入って行くという場面はありません。その桃源郷は、またブレイクが作る眠れる森の美女の城とも呼応していて、ブレイクが城について語った「見えない部分が重要で唯一の真実です。城のなかの女性の姿も気持ちも見えませんが、私には分かる。何かを名指ししてしまえば、それに達することはできません」(p39)や「円環の迷路に凝っていて、いろいろ設計図を描いていました。円環は完璧、永遠の象徴で、時間は円環しているということから、迷路を解くカギは空間じゃなくて時間にあると考えました」(p40)が桃源郷の謎を解くヒントになりそうです。
頭のなかのイメージは、写真が「時間の流れを止め、思い出を冬眠させる」(p98)のと同じだと言い、アルデレは作家に「フロレンスもいずれ年を取って眼に隈ができ歯が抜けるだろう。それでも愛せるか。アルシェの園にいる彼女は決して老いない。思い出の王国のなかにそれを留めておくのだ」(p195)と言わせています。一方、治安局のボスは「あなたは天国をこの世ではなく、過去や未来、とくに過去に置こうとしています。でも後にも先にもそんなところはないのです」(p121)と説き、批評家は「過去への郷愁とか幻影の自己満足、進歩の否定は無能のあかしだ」(p59)と作家の生き方を批判、さらに治安局の一員は「私というのは単なる記憶の現象だから、外科手術の進歩のおかげで、いつでも簡単にあなたを別人にすることができる」(p114)と脅かしさえします。(「」部分は意訳超訳省訳誤訳に注意)。
初版の出版は1962年、当時の核戦争への恐怖や反政府運動の雰囲気が濃厚に反映しているように思われます。作中、主人公の作家は時流に逆らう原稿を書いて当局に睨まれますが、アルデレも、ネット情報によれば、Stève Masson名義で書いたポルノ風小説によって1973年に風俗紊乱で有罪となり、それがショックだったのか、翌年に亡くなったということです。