アンリ・ド・レニエ堀口大學譯『燃え上る青春』(新潮文庫 1968年)
この小説も学生時代に読んだものの再読。昔の新潮文庫なので、字は細かく読みづらかったですが、訳文がこなれているせいか、文章は読みやすいと思いました。理屈っぽさが少ないのと、話が面白いからかもしれません。若干ハーレクイン的な雰囲気もあり、タイトルだけがポルノ風の『ド・ブレオ氏の色懺悔』よりもこちらの方がその雰囲気がありました。
私が学生時代に読んだ時は、おそらく物欲しさに指をくわえながら読んでいたに違いありません。というのは主人公の青年アンドレ・モオヴァルはまだ19歳の癖に、何人かの女性体験があり、おまけに美貌の人妻と小部屋を借りて連日密会し、あげくの果てにはその人妻が夫と避暑に出かけた別荘に下宿までして密通するという大胆なことになりますから。レニエは、これでもまだおとなしいほうだと言わんばかりの書き方で、日本とフランスの恋愛事情の差を感じてしまいます。
『燃え上る青春』の大きな特徴は、レニエの基調にある過去への愛惜がこの作品には希薄で、かわりに、海外を夢みる人たちが登場することです。主人公の父親は海運会社の役員ですが、実際に海外に行ったことはなく、世界への飛躍の夢を息子に託しています。外国の領事になってほしいと願ってことあるごとに息子に海外の国々について語り、主人公もその影響を受けて、東方を夢み海のかなたを憧憬しています。
この作品のもう一つの特徴は、文章が華麗なことで、公園などの風景、室内の家具調度、人物服装などが眼前に彷彿とするぐらい濃密に描かれていることです。ソファで煙草をくゆらす場面や食卓でシャンデリアの下でお酒を飲む場面などを読んでいると、煙草や酒の誘惑を感じてしまいます。主人公が中東の風景を夢想するシーン(p13〜15、117)などは一篇の散文詩ともいえる濃厚さです。
これまで読んだレニエ本との比較で言うと、『ある青年の休暇』につながる青春小説で、『ある青年の休暇』のその後を描いたということもできるでしょう。おそらくレニエの実際の経験をもとに描かれたものと思いますが、『ある青年の休暇』では、高校生のころの夏休みに、母親と一緒に叔母の別荘へ行った時に親戚の独身女性と会うという話が主軸の物語になっていましたが、『燃え上る青春』では、初めの方にその話が挿話として出てきます(p39)。
他にもいくつかの場面で、これまで読んだ作品の面影を感じるところがありました。『燃え上る青春』で、由緒ある家柄のランクロオ氏が保険勧誘員となってあくせくする姿は(p179)、『生きている過去』で同じく零落した貴族ド・サフリー氏が火災保険の勧誘で飛びまわっている姿と重なります。
『燃え上る青春』のエピローグで、主人公はすでに大人になり、海運会社に就職し中東の町の支店長助役として赴任しています。その町は「アルテミイズ女王が亡き夫モオゾル王の為めに建てた墓のある」ブウドルウムという所で、船のまわりに子供たちが群がり小銭を投げると潜って拾って来るという描写が出てきますが、これらはいま読んでいる『ESCALES EN MÉDITERRANÉE(地中海の旅)』というレニエの旅行記の記述と重なります。『燃え上る青春』の最後は、主人公が島の骨董商からかつて愛した人妻の面影がある土焼の小さな女の首を買って、それを海の中に捨てるという場面で終わりますが(p317)、島民から土焼の女の首を買ったことも旅行記に出てきました。ちょうどこの作品が書かれたのが1909年、レニエが中東クルーズに行ったのが1904年、06年の2回なので、その思い出がこの作品のエピローグに結実したということができるでしょう。
瑣末な話になりますが、「接客日」という言葉が出てきました。かつてフランスの家庭では、曜日を決めて広く来客を募るという習慣があったようです。多くの文人芸術家が決まった日に集う文芸サロンが何か特殊なような気がしていましたが、一般的な家庭の慣習を拡張しただけのものだということが分かりました。この習慣は今はもうないかもしれません。
退役軍人で、戦争のことばかり考えている伯父さんが出てきて、もうすぐドイツが攻めて来ると予言したりしますが、第一次世界大戦の10年前はそうした雰囲気がすでにフランスにあったということなんでしょう。
永井荷風が序文を書いていて、そのなかに、「堀口大學君・・・の著述翻譯年と共に富む。就中仏蘭西語の詩集TANKASと題するものあり」(p1)というのを見つけたので、古本が出ていないかネットを調べたら、カナダの古本屋が出していたので、思わず注文してしまいました。いずれ古本報告で。