:鹿島茂『妖人白山伯』(講談社 2002年)


 鹿島茂初の小説、といっても10年近く前のものですが読みました。
 怪作としか言いようがありません。歴史小説でもあり、ミステリーでもあり、ポルノ小説でもあります。

 歴史小説としては、幕末から明治中期にかけての日仏交渉史を歴史上の人物を鏤めながら辿っています。明治期の日本の政治家の名前がどんどん出て来て、こんな人がフランスに行っていたのかとびっくりします。どこまでが史実か私のか細い歴史の知識では見当がつきませんが、少なくとも劇画的な誇張がありグロテスクに歪められているのは確かです。
有名人がとんでもないアブノーマルな行動をしたりします。

 そもそもこの白山伯という人は鹿島さんの創作上の人物かと思っていたら、ホームページで調べると実在の人物のようです。この本にもチラッと出てくるメルメ・デ・カションについては本を読んだことがありますが、白山伯は知りませんでした。

 またヴェルレーヌアナトール・フランスなど、フランス文学史上の有名どころが次々現れては、目の前で有名なエピソードを繰り広げますが、その現場に立ち会う仕掛けになっていて面白い。

 ミステリーの要素は、ロートレアモンの「マルドロールの歌」の第六の歌をヒントにした殺人が描かれていて、その犯人探しのストーリーがひとつの軸になっています。
小説としての味わいは、少々荒っぽく、説明が主体の文章で、松本清張を思わせるところがあります。ポルノ小説としてもストレート過ぎて目を覆いたくなるところがあります。

 政治力学や、経済学の知識は、私にはよく分かりませんが、よく勉強されていて、よどみなく筆を運ぶところはさすがと思わせられました。

 2年ぐらい前に同じ著者の『パリでひとりぼっち』(講談社、06年)を読みました。こちらも著者の独壇場であるパリの生活文化史の知識が余すところなく生かされています。論文をそのまま小説仕立てにしたと言えなくもありません。

 小説としての味わいは、「家なき子」「レ・ミゼラブル」「母を訪ねて三千里(クオレ)」の悲惨小説、遍歴小説のトーンが全体を貫いていて、読み物としても面白いものになっています。どちらかというと、『パリでひとりぼっち』の方が私には合っているように思います。