:高橋輝次の古本話2冊

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高橋輝次
『古本が古本を呼ぶ』(青弓社 2002年)
『関西古本探検―知られざる著者・出版社との出会い』(右文書院 2006年)

 はじめに『関西古本探検』を読み、面白いので『古本が古本を呼ぶ』をオークションで購入して読みました。古本に関する本はさすがに心から楽しんで読めます。せっかく抑えていたのに、また古い詩集などを買いたくなってきました。


 『古本が古本を呼ぶ』は4章に分かれていて、第1章は、著者の編集者時代の体験や読書で得られた知識から、本にまつわるさまざまな事柄(遅筆、没原稿、原稿紛失、校正、検印、初めての本、献本に対する返事、万引きなど)について書いたもの、第2章は昔の出版社(協和書院、竹村書房、ぐろりあ・そさえて、金尾文淵堂、プラトン社、波屋書房など)についての話題、第3章では古本に関する短文を集め、第4章は比較的新しい本(ほとんど本にまつわる本)についての感想です。

 やはり1章2章が圧倒的に面白い。本に関する話も面白いですが、人間味のある人たちが次から次へと登場して、昔の世の中の温かみのようなものが感じられます。

 この本で話題になっている昔の書店、波屋書店、ぐろりあ・そさえてについて、次の『関西古本探検』でも引続き取り上げられさらに詳しく書かれていて、著者の探求が深まっていることが分かります。


 『関西古本探検』では、著者の興味は関西の戦前、戦後間もなくの作家(とくに神戸を中心とした昔の若い詩人たち)や本・雑誌、出版社、古本屋に絞られていて、本全体のまとまりが出ています。マイナーですが他には得がたいような貴重な情報がいっぱいつまっていて勉強になり、また関西のかつての文学地図がおぼろげに分かったような気がします。これを読むと戦前の神戸はモダニズムの揺籃地だったように思えてきました。

 とくに、「戦前の神戸の古本屋群像」では、私も神戸生まれなだけに、一段と興味を持って読み、私の育った上筒井や三宮の古本屋の状況をよく知ることができました。今は亡き私の親父も若かりし頃元町を拠点に外商をしていた時代があるので、おそらく中に入ることはなくてもこれらの古本屋の前を行ったり来たりしていたに違いないと思うと、何ともいえない感情がこみ上げてきます。

 また私が先日購入した詩集『催眠歌』の著者福原清についてのエピソードや、大阪の百貨店や劇場(朝日会館)が充実した出版物を発行していたこと、作曲家の一柳慧のお父さんがチェリストで詩人だったことなど、いろいろ情報を得ることができました。また赤坂書店に働く人々を紹介したところでは人間模様の凄まじさ面白さに圧倒されました。

 著者が本を読んで興味を抱いたことを探求していくなかで、それに関連した新たな本や雑誌との偶然の出会いが次々と起こってくるのがこの本の大きな特徴でもあり面白いところです。私も少しは経験がありますが、これほど連続して起こっているのはあきれるほどで、古書目録や図書館を利用して、また書友からも情報がどんどん集まってきて、そのスピードがまた物凄い。本を次々と買ってしまうので「ダ、ダレカ止メテクレエ!」(p200)と文中で絶叫していますが、これは著者の興味の範囲が広すぎるからだと思われます。私と興味の範囲も規模も異なりますが、さぞ毎日が劇的で楽しいことと推察されます。

 著者はどちらかといえば、文学的というよりは、社会学的なセンスの持主で、ノンフィクション的な想像力を持った方だと思います。小説や詩が多く取りあげられていますが、その作品の内部の美学を追及するというよりは、その作品が生まれた社会的背景や作品を取り巻く人間関係に関心が強く、著者がめざしているのは、これら多くの本を通じて、また作家や出版人の動きを通じて、関西の文化の土壌の豊かさを描くということにあるようです。


 印象に残ったところを少しだけご紹介します。
『古本が古本を呼ぶ』

寿岳は伊藤が出版業に失敗した原因を、もっと冷徹な目で出版とは何かを見届けず、わがまま放題なやり方を通した、というところに求めている。これは金尾文淵堂も同様だったと見ている。・・・古書好きにはいまも熱心に求められている美しい造本の良書を多く残したのだから、それでいいのではないかという気もする。/p114

→寿岳は寿岳文章のこと。伊藤はぐろりあ・そさえての社主。この文章は企業の存在意義の一つの側面を言い当てているように思います。


『関西古本探検』
田中冬二や北園克衛津村信夫らが感嘆したという早熟の詩人笠野半爾の詩

赤い石榴の花が強い日射しの中に咲いている/雨ぐもりの日/私はきまったやうに血の触感にわなないた/このときこそ私の舌の生ぬるい血痰が/夏艸の匂ひの沁んだ石榴のつぶとなって/私の心はいつか遠いふるさとの庭へかへってゐる/p224

赤坂書店に居た詩人江口榛一の書いた自伝小説『背徳者』のなかの一節。

梅崎(春生)は全然仕事をせず、その上、無類の酒好きで、江口氏が苦心して手に入れ机の下に隠しておいた一升瓶を朝から嗅ぎ出して飲み出すと、昼前からすっかりご機嫌になり、高い台の上に腰掛けて女事務員たち相手に他愛ない冗談を言っては一日中笑いころげさせる始末/p256