佐久間隆史『詩と東洋の叡知』

 

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佐久間隆史『詩と東洋の叡知―詩は、計らいの、遥か彼方に』(土曜美術社出版販売 2012年)

 

 これまで読んできた海外ハイクについての本のなかで、「西洋では、俳句は見えないものが見えてくる瞬間をスナップショットのように捉えるものであり、禅と共通点があるものと考えている」という指摘がありました。この本には、禅のような神秘的東洋的な知と、詩との関係に触れる部分があるかとの興味から読んでみました。

 少し曲解を交えているかもしれませんが、おおよその感じは次のようなものです。

①食事に没入している時は歯を意識していないように、また上手な卓球選手どうしの試合では視覚による認識よりも反射的な反応によるように、詩作においても、想念をめぐらすのではなく、ものごとの本質にじかに触れるあり方が肝心。

②「すぐれた詩的イマージというのは理性や精神の類推によらない偶然の力によって構成される」(西脇順三郎)ものであり、美しいものを打ち立てようともがいているうちに、ある瞬間、美しい詩行となって訪れるものである。

③「シナの灰色の牛が/背骨を伸ばすと/同じときに/ウルグヮイの牛が/誰か動いたなと思って/ふりかえる」というシュペルヴィエルの詩で、シナの牛とウルグヮイの牛とが時空の差をこえて同時に捉えられているが、これは常識的な分別・理性ではとらえられない関係性であり、そこに真の詩がある。同様の詩に、「張公、酒を喫して、李公、酔う」(禅僧の言葉)とか、「もろこしの山の彼方に立つくもはここに焚く火の煙なりけり」(嵯峨天皇の妃壇林皇后)がある。

④「想像力とは、まず、哲学的な方法の外にあって、事物の内面的でひそかな関係、照応と類似とをみとめるほとんど神聖ともいうべき能力」であり、「直喩や隠喩や修飾語は普遍的な類推という汲めども尽きぬ深い宝庫からくみとられている」(ともにボードレール)。

⑤禅僧趙州が「仏とは何か」と問われて、「庭前の柏樹子」と、理に対して事をもって答えている。これは「なぜ」を忘れた無心のあり方であり、自己の存在や行為・行動の必然性にひたりきっている状態である。これは詩作の心に通じるものがある。

 あまり悪口は言いたくありませんが、「故郷の喪失」を扱った2篇以外の11篇は似たような内容であり、どの篇を読んでも同じ引用文があり、同じフレーズが何度も出てきます。いろんな雑誌に発表したものを一冊にまとめたものと思われますが(出所を書いていない)、重複が多いのに驚いてしまいました。辛抱して読み進めば少しは深まっていくかというとそうでもありません。同じ所に停滞しているので、貴重な思想であっても平板な印象になってしまっているのは残念です。ほかにも引用の際に、本のタイトルと出版社名はあるのに、翻訳者の名前が記載されていないのは、翻訳者への敬意が欠けているように思われます。これらはすべて本の作りの問題なので、編集者に責任があるわけですが。             

 詩の神秘性、偶然性と禅や仏教との親和を、正面から論じようとしている点は評価しないといけないと思います。「断片であり、謎であり、恐ろしい偶然であるものを、一つに圧縮し収集すること、それこそわたしが日夜肝胆を砕いていることである」という『ツァラトゥストラ』からの引用がありましたが、私にも同じような関心がありますので。 

 他に、有益だったのは、日本人で朝鮮で生まれ育った齋藤怘(まもる)という詩人を知ったことです。悔恨、喪失を歌った抒情的な作風に見えましたが、引用だけではよく分かりませんでしたので、いつか手に入れて読んでみようと思います。

天牛堺書店破産

 今年初の古本報告ですが、悲しいお知らせから始めなければなりません。28日(月)、飲み会の前に、恒例の堺筋本町の天牛書店へ行ったら、シャッターが下りていて、「破産により差し押さえ」との破産管財人弁護士の貼り紙がありました。大阪に用事のある時は必ず立ち寄るようにしていたので、目の前が真っ暗になってしまいました。これからは古本店頭買いがますます少なくなるでしょう。頼みの綱はやはり古本市か。

  新年の収穫は、大阪でコンサートのついでに寄った「たにまち月いち古書即売会」にて、寸心堂の安売り洋書のなかから、

Margaret SIMPSON MAURIN『L’UNIVERS FANTASTIQUE DE MARCEL BRION』(A.-G. NIZET、81年秋、300円)

 を見つけたこと。ほかに、下記も購入。

小倉孝誠『19世紀フランス 愛・恐怖・群衆―挿絵入新聞「イリュストラシオン」にたどる』(人文書院、97年3月、1000円)

須永朝彦『歌舞伎ワンダーランド』(新書館、90年12月、800円)f:id:ikoma-san-jin:20190130143046j:plain f:id:ikoma-san-jin:20190130143228j:plain

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 オークションでは、

Roger Caillois『Pierres』(Gallimard、71年2月、500円)→『Écriture des pierres(石が書く)』とはまた別のもの。

ロジェ・カイヨワ山口三夫訳『自然と美学―形体・美・芸術』(法政大学出版局、77年7月、500円)

蔵原惟人訳『ロシア抒情詩抄』(東峰書房、77年1月、324円)→ルリュール本のためか奥付なし。函なし。ロシア象徴詩が多く含まれている。

萩原朔太郎『詩集 月に吠える』(ほるぷ名著復刻全集、昭和55年5月、1600円)

藤縄謙三『ギリシア文化と日本文化―神話・歴史・風土』(平凡社、94年6月、348円)

大脇由紀子『徹底比較 日本神話とギリシア神話』(明治書院、平成22年10月、198円)→以上二冊はBook-offのオークション。オークションでは値札が貼りついていないので、新本のように見える。

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 アマゾン古本では、

矢部登『結城信一と清宮質文』(エディトリアルデザイン研究所、98年10月、1053円)→エディトリアルデザインというだけあって、瀟洒な本。

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CLAUDE SEIGNOLLE『HISTOIRES VÉNÉNEUSES suivi de LA BRUME NE SE LÈVERA PLUS』(クロード・セニョール『毒のある物語集―「もう霧は晴れることはない」併載』)

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CLAUDE SEIGNOLLE『HISTOIRES VÉNÉNEUSES suivi de LA BRUME NE SE LÈVERA PLUS』(MARABOUT 1976年)

 

 新年初のフランス書。クロード・セニョールを読んでみました。セニョールを読むのは、『HISTOIRES ÉTRANGES(不思議な話)』を読んで以来(2010年12月31日記事参照)。その時、そんなに文章は難しく感じてなかったようですが、今回は、とくに「毒ある物語集」が意外と文章が難しく、単語も知らないのが頻出して読むのに難渋しました。 

 この本で出色だったのは、後半に収められた中篇「La brume ne se lèvera plus(もう霧は晴れることはない)」で、セニョルにしては珍しく、現代の都会が舞台、文章も平明で物語の中に引き込まれてしまいました。動詞がずっと現在形で語られていますが、これは生々しさを伝えるためでしょうか。肝心の細部の魅力は伝えられませんが、あらすじは次のようなものです。

3年間のインドシナ戦線兵役から脱走してきた主人公。それも一目金髪の恋人テレーズに会いたいがためだった。彼女の実家、勤め先、彼女が転職した先、さらに囲われた貴族の館と次々に訪ね歩くが、結局交通事故を起こした後誰かに連れ去られたと分かる。街をさ迷っていると、カフェの前で人が殺され、主人公は殺人犯の疑いをかけられそうになるが、カフェから見ていた女性が逃げる手助けをしてくれる。それがテレーズとよく似ているが、髪の色と声が違う。彼女はアンナと名乗り、街の暗黒組織の手先として働かされている。一緒にいる間に、ますますテレーズと思えてくる一方、彼女も自分がテレーズであるかのように振舞い出し、二人で南仏へ逃げようとする。しかし暗黒組織は主人公を巧みにおびき出し、非情にも葬り去る。 

 全体のトーンは、女の居所をつぎつぎと捜し歩き、悪の組織に立ち向かうというハードボイルドな雰囲気に包まれていますが、すこし見方を変えてみれば、一人の女性を追いかけるオーレリア譚のようでもあり(冒頭ネルヴァルに言及したエピグラムがつけられている)、女性の変身譚のようでもあり、記憶喪失者の物語のようでもあります。最後に救いがたい絶望的な結末を迎えるのは、セニョールならではです。

 冒頭から終章まで随所で、霧が立ち込める街が描写され、全体を茫洋として暗い雰囲気にしています。果たしてアンナは本当にテレーズなのか。交通事故で顎を損傷して声が変り、髪の毛は昔金髪だったのを染めたと言いますが、主人公の話を聞きながら、テレーズに化身しようと合わせている可能性もあり、これも茫洋として分かりません。悪の組織の親玉は教会でオルガンを弾く老人で、痩せて胴体に鉄のコルセットを嵌め、頭皮に粒々のある奇怪な姿ですが、主人公はその老人のまわりにボッシュの「聖アントニウスの誘惑」の怪物たちの幻影を見たりします。老人の雰囲気や主人公とのやり取りの場面はグロテスクで、ブリヨンの小説を読んでいるかのような印象もありました。

 

 「毒のある物語集」は、8つの短篇からなりますが、いずれも辺境、未開、迷信、邪教、中世の呪い、幽霊などが描かれ、つるつるした近代の感触とは正反対のどろどろした世界が展開しています。語りの巧みさは素晴らしいがやや技巧的な印象も受けました。「毒ある物語集」各篇の紹介を下記に(ネタバレ注意)。

Ouverture

De qui venait ce sang?(この血は何?)

冒頭、物語が始まったかと読み進んでいくと、セニョールがおどろおどろしい土着の物語を紡ぐきっかけとなった若い頃のある体験を語る「まえがき」だった。 

Histoires vénéneuses

〇Le venin de l’arbre(樹の毒)

お昼になると村の森に出かける狂女を崇拝する少年。狂女は少年に別世界の話をする。森の大樫に病気で汚れた下着をかけると治るという古代からの迷信があり、少年は別世界へ旅しようと樫の前に溜まった汚水で体を浄めた。弟も別世界へ行きたいと言うので、水を汲んできて飲ませると・・・。次々と視点を変える語りで、狂気と古代の迷信が混淆した世界が浮かび上がる。

〇Chaque chose à sa place(物は決まった場所に)

幼い頃、故郷を出て出世をして帰ってきた男が、骨董商で古物を買い集めるうちに、古びた騎士館を見つけ、恋人とともにそこに住む。不思議なことに買い集めた骨董は昔その騎士館にあったものばかりだった。そしてある夜・・・。意志を持つ骨董の命令のままに中世の惨劇が繰り返される恐怖。 

〇Une veillée(深夜の団欒)

悪魔話を語り合う村人の深夜の団欒で、皆怖がっているのに、一人だけ笑っている男がいた。その男が「悪魔の所へ行く勇気のある奴はいないのか」と強がるのを懲らしめようと、女中が立ち上がって出て行った。男はすぐさま狼皮のマントを被り後を追いかけたが・・・。夜語りの雰囲気がリアル。 

〇La Vierge maudite(呪われたマリア様)

かつては豊穣の信仰を集めたロマネスク教会。今世紀になって何度修復しても、マリア像だけはすぐに壁面が腐敗し穴があく。一人の画家が壁面を焼いた後、婚約者をモデルにマリア像を描くとうまく行った。と婚約者の両親から娘が顔に皮膚病を発して死んだと連絡が。絵を見ると顔が以前のように崩れていた。反奇蹟譚。 

L’Odile(オディル)

羊飼いの娘オディルは孤児で、頭も弱くニコニコしているのにつけこみ、男たちが言い寄るうちに子どもができた。村の女たちは悪魔のせいにし、司祭は火炙りの刑になると脅す。主人からも叩き出され、オディルは焼身自殺をしようと枝を集めて火を点けるが・・・。最後には救済される聖なる愚か者譚。

La fille gagnée(賭けのかたになった娘)

幽霊譚。なぜか昼だけ館に来る女館主。彼女はかつて父親の賭けのかたにされ無理やり嫁がされた。夫が死に、父親もツキが出て愛人のために壮大な館を建てる。娘は私のものと強引に館に住まい、父親は呪いながら死んだ。それ以来、夜になるとベンチに父親が座るようになった。 

〇Les roses d’en-haut(上階の薔薇)

幽霊譚。上の階の住人がうるさいので文句を言いに行くと、かび臭い無人の部屋で、40年前の手紙が落ちていた。探っていくと、不幸な恋人たちの逢引きの場所だったことが分る。二人とも40年前に死んでおり、思い出を残したいという遺言に従って公証人が部屋を借り続けていたのだった。 

◎L’Impossédable(所有できないもの)

ある若い女と知り合うが、忘れた頃に女は夜やってきて朝去っていく。恋い焦がれた男が、別の男といる女を見て詰問すると、自分は死人で、死人は誰のものでもないと言いはる。気違いかと思って念のため墓地へ行くと、女の名の墓があった。徐々に怪異へ引きずり込んでいく語りの巧みさ。死女の恋のテーマ。

ドイツのハイク本三冊

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渡辺勝『比較俳句論―日本とドイツ』(角川書店 1997年)
加藤慶二『ドイツ・ハイク小史―比較文学の視点より』(永田書房 1986年)
ギュンター・クリンゲ加藤慶二訳『句集 イカルスの夢』(永田書房 1986年)


 今回はドイツのハイクに関する本です。『ドイツ・ハイク小史』と『句集 イカルスの夢』はひとつの函に入っており、同時の出版ですが、本としては二冊になっています。『比較俳句論』と『ドイツ・ハイク小史』はかなり重なる部分がありますが、『比較俳句論』のほうは日本の俳句のドイツでの受容のあり方が中心、『ドイツ・ハイク小史』はドイツ国内のハイク事情を具体的に紹介したものになっています。『句集 イカルスの夢』はドイツのハイク作家の実作を原文と翻訳を1ページに収めた作りの本です。


 渡辺勝の『比較俳句論』は、異なる自然や人間の考え方のもとで、俳句とハイクのあり方がどう違っているかを、ドイツの詩に対する知識と、実際に俳句の国際大会での体験をもとに、語っています。いろんな論点を深く考え、それを分かりやすく丁寧に書いていて、読みごたえがありました。いくつか要約してご紹介します。

 まずドイツ人やドイツ文学の特質については、
①ドイツ人は自然を純粋に現象として見ることだけに満足せず、人生の比喩あるいは寓意として見なければ気がすまない。俳句には常に深遠な意味が隠されていると見る傾向がある(p12、p31)
②ドイツ文学は、ヨーロッパのなかでは自然に親しい文学と言えるが、季語の概念は乏しい。もちろん日本の歳時記の季語は通用せず、ドイツに適した季語があるはずであるが、それでも季語を重視しないのは、共同体のなかで詩作するという日本俳句の座の観念がドイツ詩の伝統にないことと深い関係がある(p14、p34、p130)

 なぜドイツで俳句がもてはやされるかの理由は、
①ドイツでは詩作するには専門的な韻律上の約束を学ぶ必要があり、詩人は選ばれた者という意識が強かったが、俳句は誰でも人間の喜怒哀楽を素直に表現できると気づいたから(p34)。
②俳句の禅的な側面に惹かれたから。というのはドイツ人は、対象を論理的に分析し、対立するものを分類して個別化し体系づけてきたが、一瞬の直観において相矛盾するものを融和してしまう非合理性、神秘性に魅力を覚えた(p94)。

 俳句についても鋭く指摘しています。
①俳句の主題は集約された「季語」もしくはそれに匹敵する語のなかに含まれ、そしてその詩情のありようはむしろ余情としてなのである(p37)。
②西洋の象徴詩の曖昧さは、メタファーの詩人独自の駆使にあった。17文字の短い直接的表現でそれ以上の広闊な世界を開示する鍵は、陳述にあるのではなく、ほかならぬ断絶にある(p38)。

 ハイクや俳句のあり方への提言としては、
①俳句の翻訳は通常三行だが、同じ17音節のドイツ語訳では情報量が多くなるので、「取り合せ」や「二句一章」の俳句の翻訳は二行であってもよいのでは(p114)。これは『海を越えた俳句』の佐藤和夫氏と同じ意見。
②詩の翻訳というのはあくまでも近似値であると承知して、詳しい注釈で彼我の言葉の意味の差異を説明することで、限りなく原句の意味に近づけるよう配慮する方が生産的(p121)。
③ハイクの国際ルールにおいては、季語は必ずしも季節・自然をさす言葉と限定する必要はない。太陽あるいは卵というドイツ語のような、読者との基本的な紐帯となるべき言葉を必ず一つ詠み込むということであればよい(p134、p136)。
④日本俳句への提言としては、「文字は音声を写した不完全な表記」という言語観に基づくヨーロッパの音声的な詩に対して、漢字という表意文字を使う国では聴覚よりも視覚を重視する傾向があるが、日本の俳人も自作をもっと朗唱してみる必要がある(p114、p115)。


 『ドイツ・ハイク小史』は、ハイク実作者一人一人の紹介や、ドイツの小中学生向きの教科書が紹介されているのが貴重。とりわけ俳句の翻訳についてのドイツでの試みの紹介が眼を惹きました。それは一つの俳句作品を四人が翻訳しそれを併記するという方法で、複数の解釈を目にすることで、翻訳不可能とされる高い塀を低くしたと高く評価されているとのこと。

 残念ながら、私はドイツ語がまったく分からないので、『句集 イカルスの夢』について正当な評価はできません。日本語訳を読む限りでは、五七五にはなっていますがとても俳句とは言えませんし、短詩としても魅力あるものとは思えません。訳者も「跋」で、「私は現在、クリンゲ氏のハイクを読みながら、それが俳句であるとは思わない」(p183)と正直に書いています。原文がそうなのか、訳によるものかは分かりませんが、俳句は素直過ぎてもつまりません。どこかに謎めいたもの、ふと立ち止まらせるものがないと。その点、『海を越えた俳句』の佐藤和夫氏の訳句は俳句になっていました。

毬矢まりえ『ひとつぶの宇宙』


毬矢まりえ『ひとつぶの宇宙―俳句と西洋芸術』(本阿弥書店 2015年)


 この本は、海外俳句についてはあまり触れられていませんが、俳句を西洋芸術や西洋思想の視点から語ったものなので読んでみました。著者は国際俳句協会にも所属されているようです。少し若書きの印象がありました。幅広い視野を持って、自分なりの知識と俳句とを関連づけ考えようとしているのは好感が持てますが、やや上っ面をなぞっただけで、深く掘り下げるまでには至っていないという感じがしました。

 面白いと思った論点はいくつかありました。初めに、「数学の公式は短かければ短いほど美しい」という数学者の言葉を引用して、俳句の簡潔さに着目しています。タイトルの「ひとつぶの宇宙」という言葉は、本文にも引用されているウィリアム・ブレイクの詩の一節「To see a World in a Grain of Sand(世界を一粒の砂の中に見)」から取られていますが、この極小を極大と重ね合わせる表現は、ほかにも「神は細部に宿る」とか「一つの音に世界を聴く」とか聞いたことがあります。言葉数の少ない俳句だからこそ世界の広がりが表現できるという意味を込めているようです。ただ、定型の問題に少し触れながら、定型の意味を深く考えることはせず、定型、無定型、自由詩にかかわらずただ短ければよいというふうに、曖昧なまま文章を終えているのは不満が残ります。

 次に、子規が写生を提唱したのと、プルーストが自然に対して克明な描写をしたのが、同時代に起った現象であることに注意を喚起し、ともに自然に向き合いながら、片方は短く、片方は長大な文章という正反対のベクトルに向かったと、俳句の簡素さと西洋の饒舌とを対比しています。ただ両者は同じ芸術家精神に基づくものとし、その説明に、フラクタル理論を援用して、子規がフラクタルの原形とも言えるミクロの世界、プルーストがそれを展開したマクロの世界を追求したというような言い方をしていますが、これは少し荒っぽいように思います。

 後半の季語についての章では、ユングの説を援用して、季語というものは日本人の集合的無意識の世界だと指摘しているのはなるほどと思いました。これまでそういう言い方をした人はいなかったのでしょうか。続いて、ソシュールの言語論を援用して、季語は豊かなイメージを持つ記号であるが、今日、シニフィアン(言葉の外形)はそんなに変化していないのに、生活の近代化とともにシニフィエ(意味される内容)がどんどん変化して、両者が乖離していると言い、こうした状況を「失季」の時代だと指摘しています。これも頷けます。

 あるイメージと別のイメージを並置することで、新しい世界を創出するエズラ・パウンドの詩法を説明しているくだりでは、「うつくしきあぎととあへり能登時雨」(飴山實)という句が引用されていました。「冬の雨が降る。そこに傘をさした和装の女性が近づいてくる。すれ違うその時、美しい顎のあたりに俳人の視線が一瞬注がれる。ほんの束の間の美しい顔との出逢い」(p127)という鑑賞文があり、句の味わいがよく分かりました。この句には「傘」といういちばん重要な言葉が省略されているのがポイントで、これが俳句の醍醐味だという風に感じました。いちばん大事なものは隠されているわけです。

マブソン・ローラン『詩としての俳諧 俳諧としての詩』


マブソン・ローラン『詩としての俳諧 俳諧としての詩―一茶・クローデル・国際ハイク』(永田書房 2005年)


 フランスの日本文学研究者であり、自らも俳句を作っている人が一茶や、クローデルの短詩について書いた本。クローデルの『百扇帖』はまだ全訳が出ていないので、21篇までの原文と、全172篇の全訳が収められているのは貴重。この『百扇帖』の詩文の美しさと構成の巧みさに感心するとともに、あまり知らなかった一茶の句の魅力を分かりやすく解説していたので、私にとってはありがたかった。

 日本の俳句や短歌を、フランス詩の音調的技法や比喩表現の考え方から眺めるなどし、日本詩歌の特徴を語っていますが、他の論者の引用も含め、いくつかの論点がありました。
①フランス語は、音節の長短やアクセントの強弱に頼ることが少なく、音数を数えることができるという、他のヨーロッパ言語にない特徴があり、その点日本語と同じなので、音調的技法も共通していること。
②日本詩歌においても上代では、頭韻が頻繁に使われ、また脚韻に似た技法も見られること。それがなぜ衰退したかという理由として、韻を重要視する中国詩との差別化を図ろうとしたのではないかということ、また日本語の場合脚韻を使用すると同じような語尾や接尾語が続出するという欠陥を挙げている。
③日本の民族音楽が第一拍から緊張がおこるという説を引用して、日本の音に対する感性としては頭韻が相応しいとしている。
④一茶の句にみられる笑いには、大と小、美と醜などコントラストの関係を逆転させた表現法や人間と生物・無生物という二つの系列を交錯させる擬人法が使われていると、句を例示しながら指摘し、それぞれベルクソンの言う「ひっくり返し」の笑い、「系列の交錯」による笑いに通じるものと解説している。


 クローデルの『百扇帖』は初めて読みましたが、いかにもフランスらしい短詩が共通の語彙をちりばめテーマを少しずつ展開しながら繋げられていて、とても新鮮に感じられました。著者はこれを、「史上初めての独吟連詩」と位置づけ、連詩的な読み方の重要性を指摘しています。日本の連句における「付合」に近いものとしていますが、実際にクローデルがその技法を学ぶ機会はなかったと推測しています。クローデルは短詩形という表現法に慣れていなかったので、それまで作り慣れていた長詩のような連関的展開を考えたのではないかと見ています。

 この機会に所持している原書の『Cent phrases pour éventails』(Gallimard,1996)を参照しましたが、文字が印刷されたものでなく手書きなのでとても読みにくい。21篇目以降はこの本から原詩を抜き書きして、気に入った詩をいくつか引用しておきます。ただ連詩的な魅力は本全体を読まないと分かりません。
Tu m’appelles la Rose/ dit la Rose/ mais si tu savais mon vrai nom/ je m’effeuillerais aussitôt薔薇が言う/ 君はわたしを薔薇と呼んでいる/ しかし君がわたしのほんとうの名を知るなら/ わたしはたちまち崩れるだろう(第1篇、p86)
Au cœur de la pivoine/ ce n’est pas une couleur/ mais le souvenir d’une couleur/ ce n’est pas une odeur/ mais le souvenir d’une odeur白牡丹の芯にあるもの/ それは色ではなく/ 色の思い出/ それは匂ではなく/ 匂の思い出(第2篇、p86)
Comme un tisserand/ par le moyen de ma baguette/ magique j’unis un rais de soleil/ avec un fil de pluie織物師のように/ わたしは魔法の杖をもって/ 太陽の光線と雨の糸とを結びつける(第7篇、p87)
Nous fermons les yeux/ et la Rose dit/ C’est moiわたしたちは目を閉じる/ すると/ 薔薇の花が言う/ わたしはここにいますよ(第23篇、p136)
Kwannon/ Au bout de la baquette/ devant l’autel de/ ce point incandescent/ qui est la frontière/ entre la cendre et le parfum観世音の祭壇/ 線香の先の/ 灰と匂との境に/ 白熱の一点(第75篇、p150)
Chut!/ si nous faisons du bruit/ le temps va recommencerしっ、黙れ!/ 音を立てると/ 時間(とき)は再び/ 流れはじめる(第101篇、p157)
J’ai aux poissons muets/ émietté ces quelques paroles/ sans bruit発音することもなく/ 言葉のかけらを/ 無口の鯉にくれる(第128篇、p164)

 クローデルの『日本短詩集』は、京都日仏学院の教授でもあったジョールジュ・ボノーが編集した『日本詩歌選集』に所収されている作品306編の中から26篇を選んで改訳したもので、訳はボノーの方が原作に忠実。クローデルは脚韻をつけたり、句末に流音の“l”を使用するという技法を用いたりなど、調子を大事にしていることは分かりますが、内容を変え過ぎているようです。

 日本の民謡の滑稽性を排し、その抒情性だけを残して、ヴェルレーヌ的な“淡い翳り”と呼んでいいような雰囲気を作り上げている(p205)としていますが、面白かったのは、日本の民謡にヴェルレーヌ的な抒情性が隠れていたということで、これについては上田敏も早々に指摘していたことを知りました。「見送りましよとて/浜まで出たが/泣けてさらばが/言へなんだ」(越後甚句)(p208)というような、都々逸の日本原文を読んでいるうちに、軽快な調子が耳に残って、ほかの都々逸も読みたくなってきました。

 原書の『Dodoitsu』(Gallimard,1945、白ベラム紙特製75部中20部贈呈用の19番)を所持していますが、とても日本らしいきれいな絵が添えられています。表紙と都々逸原詩が気に入っている作品のページを写真でアップしておきます。「恋にこがれて/鳴くせみよりも/なかぬ蛍が/身をこがす」をクローデルは次のように訳しています。「L’AMOUR MUET Chante pour ma fête/ Cigale à tue-tête!/ Mais combien c’est mieux/ Cette mouche à feu/ Qui sans aucun bruit/ Brille dans la nuit/ L’amour lui brûle le corps!」(「恋はもの言わぬ」 祝いの日だから、/蝉よ、あらん限りの声で歌えよ!/だけど、やっぱり、蛍の方が/いいな!/音一つなく/夜に輝くその体、/その体こそ恋に焦がれるのよ!)」(p230)
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 『海を越えた俳句』や『明治日本の詩と戦争』で、これまで読んできた海外のハイカイは、俳句とは別のものという印象がどうしてもぬぐえませんでした。フランス短詩は俳句とは別のものとして鑑賞した方がいいように思います。この本で著者も告白しているように、フランスの俳人たちも日本語ができる人は最終的に日本語で俳句を作る方を選ぶようです。それだけ俳句と日本語とは密接なものなんだと思います。

P=L・クーシュー『明治日本の詩と戦争』


P=L・クーシュー金子美都子/柴田依子訳『明治日本の詩と戦争』(みすず書房 1999年)


 また新しい一年を迎えました。今年もよろしくお願いします。年末から引き続き、海外の短詩に関する本、とりわけ必ずといって引用されるクーシューの著書を読みました。昔読んだような気もしますが、あちこちに引用されるのでそんな気になるということにしておきましょう。内容は大きく三つに分かれ、一つは俳句についての紹介、次に日露戦争開戦時の日本の様子を報告した日記、最後に孔子についての文章となっています。なかなか深い洞察の持主と見えて、それぞれについて含蓄のある見解が表明されていました。

 俳句に入る前に、日本文化に対する総評が一章設けられています。こそばゆくなるほど日本を絶賛していて、あらためて日本の美点を再認識させられました。いくつか指摘がありましたが、西洋文明が入ってくる前に、すでに日本は爛熟していたこと、それも西洋に先駆けて15世紀にはすでに完成しており、京都はアテネフィレンツェに匹敵する都市であったとしています。それと自然に対する愛が日本人の隅々にまで浸透していることへの驚き、そして芸術においても広い範囲にわたって実践され享受されていること、例として茶の湯という独特の芸術があることや日本では実用的な調度品が芸術的であることを取りあげています。また精神面においても品行の道徳がいきわたっていることなど。がこれらは明治時代の話で、今ではどうでしょうか。

 俳句を論じた「抒情的エピグラム」では、動植物、風景、風俗といったテーマ別に、158句もの例を挙げながら解説していますが、その文章は詩を読んでいるようです。例えば、日本人の動植物への細やかな愛情を語ったところでは、「蝶の脳髄に燃える欲望の一筋の炎を感じられないものかと、残念に思う」(p49)と書いていたり、風景の部では、俳句は簡潔さゆえに広大無辺な風景を描きやすいと指摘した後、「私には、なにか詩の雫といったものが連想され、その一雫一雫はそれとなく日本をまるごと映し出している」(p62)、また風俗を語ったところでは、「田園の奏楽、花見の宴、着飾った女たちなど、日本のワットーによる雅宴」(p91)といった表現も見られました。

 作家については、芭蕉を仏教的な悟りを追求した神秘家として他の俳人とは別格としながら、絵画的人間的な蕪村の方が好きだったと見えて、引用句の半分近くは蕪村の作です。フランスのハイカイについては、冒頭の章でマラルメが雄弁な詩を排したことを述べた後、「抒情的エピグラム」の章では「フランスの俳人」たちという見出しを設け、ヴェルレーヌジュール・ルナールの短詩に俳句的なものを認め、フランスのハイカイ詩人としては、ジュリアン・ヴォカンスを取りあげ、第一次世界大戦を題材にした句をいくつか紹介しています。


 なかで気に入ったフランス語訳詩を、一つだけ挙げておきます。短歌になりますが、
春くれば猶この世こそ忍ばるれいつかはかかる花をみるべき(皇太后宮大夫俊成『新古今和歌集』)
「UN VIEUX PRÈTRE」 Dès que le printemps revient/ Je me reprends à aimer/ Ce monde d’illusion…/ ―Sais-je dans quel monde futur/ Je reverrai ces fleurs?
(「老僧」 春の巡るごと、/ あらためてこの幻の世を/ いとおしむ…/ ―いったいどんな来世であろう/ この花々を再び眺められるのは?)(p19)


 「戦争に向かう日本」の章では、日本の新聞記事を通じて、日露戦争開戦前の日本の様子を克明に報告していて貴重。国際的な眼で日本の偏りを正しています。「この国の民には敗北を学ぶということが欠けている」(p163)とか、「新聞は毎朝、ロシアには中国より楽に勝てるだろうと報じていた。こうしたときに役に立つような不幸な経験を今まで味わったことがなく」(p165)というように、すでに日露戦争の時に、将来の第二次世界大戦の敗北に通じる日本の本質的な欠陥を見抜いていることです。また戦争の虜になった国民の愚かしさを恋の虜になった男に喩えたり、本人は複雑な感情だと思っていても実は単純な感情だと、冷静に日本国民の熱狂を見つめています。


 「孔子」の章でもっとも印象に残ったのは、孔子のように理性を追求した人物が神格化され崇拝されて、一種の宗教になっていることに注目しているところで、西洋では理性が認識の領域に用いられ、諸科学を生み出し、それを実利の世界で発展させたのに対して、アジアでは理性は人と人との関係に用いられたと比較をしていました。


 訳者による注釈や解説もとても充実しているのがこの本の特徴と言えるでしょう。前回読んだ『海を越えた俳句』でも、皇室が俳句を作らないということに驚きましたが、海外でも初めは和歌の方しか紹介されなかったようです。その理由として、日本の詩が紹介され始めた当時、日本では月並俳句、床屋俳句が隆盛で、それが批判されていたので軽視したのではないかと、指摘しています。その後、子規による俳句改革が起こったということです。また、リルケがこのクーシューの本を下線を引きながら愛読していて、蕪村の名前や俳句にもっとも多くの下線が記されている(p155)というのも面白い発見でした。