:MARCEL SCHNEIDER(マルセル・シュネデール)『LES DEUX MIROIRS(二つの鏡)』

MARCEL SCHNEIDER『LES DEUX MIROIRS』(マルセル・シュネデール『二つの鏡』)


生田耕作先生旧架蔵本のうちの1冊。


 ところどころで突然現れる不気味な場面や、夜への讃歌を謳いあげるところ、神秘主義に言及したような箇所もありましたが、全体のトーンは極めて内省的で理屈っぽく、ユーモアや優美さ華麗さに欠け、あの『フランス幻想文学史』や『空想交響曲幻想文学者の音楽ノート』を書いたシュネデールと同一人物かどうか途中で怪しくなるほどでした。


 これは長編小説と銘打っていますが、自叙伝風のエッセーではないでしょうか。子どもの頃の悪魔的行為を正直に告白するところなどは、ルソーの「告白」を思わせるところがあります。


 冒頭から神と悪魔についての考証があり、善と悪、偽善、欲、愛などをめぐって、真摯な問いかけが連綿と続きます。宗教小説+ヴィルドゥングスロマンといったところです。恋愛にまで神との関係が割り込んできます。正直こんなに胸のつまるような生き方をして何が面白いかという気にもなってしまいます。シュネーデルは我々のイメージするようなラテン人種でなく、その名の雰囲気に近いドイツ的な精神の人なのでしょう。


 というわけで、具体的に話が展開して行くところでは比較的面白く読め、読むスピードも調子よくなりますが、いったん抽象的な自問自答に入ると何を書いているのか分からなくなって、辞書ばかり引いてなかなか進まなくなり、途中で投げ出したくなるほどでした。結局読み終わるのに1ヵ月半以上もかかってしまいました。いくら読んでも身につかずまだまだ語学力の至らなさを恥じ入るばかりです。


 un beau ténébreuxという単語が2回ほど出てきましたが、昔ジュリアン・グラックの『陰鬱な美青年』という小説のタイトルが慣用句であったことを知るとともに、懐かしく思い出しました。


 印象的な場面を次にいくつかご紹介します。

 幼い日悪魔に恋焦がれる友人の家の前に、ある日黒塗りの長い車が停まり、様子を伺うとハンドルを握る皮の手袋だけが見えた、いよいよ悪魔がお迎えに来たと思い込んでしまうシーン。


 教会でお祈りの最中、突如鳥が飛び込んできてばたばたともがき蝋燭を消して真っ暗になってしまった、その時幼い主人公は祖母からあれは悪魔から使わされた鳥だと言われ、悪魔の存在を一瞬感じるシーン。


 雷が近づいてきたので皆でひとつの部屋に集まって雷の話をする。雷に服をすべて焼かれた少女の話、1000年以上の樹齢を重ねたぶなの木に雷が落ちて中から人間の首吊り死体が出てきた話、話の最中近くに大きな雷が落ちみんな黙りこくる。家のそばのポプラに雷が落ち、祖母が雷の落ちた近くの部屋のドアを開けると光が足元まで転がり込んできて、暖炉の上の時計の針が書き物机にまで吹き飛んでいたという、雷はまさしく悪魔の存在を感じさせるものだ、という場面。


 初めて国外のスイスへ家族で行き黒い色をした湖にやってきた。「ここにはだれが住んでるの?」と幼い主人公が尋ねると母は「神様よ」と答える。湖の中央まで来ると湖の底を覗いてご覧と言う。水の中に蝋化した松があり、腕のような枝々を我々の方、空の方へと伸ばしてきているように見えた。そのとき低くしわがれた声で私の名を呼ぶ声が聞こえ、水のなかに見たのは神の顔ではなかったか、と感じるシーン。


 二つの死の場面。ある結婚式の披露宴で、いつも冗談を言う愉快な花嫁の祖父が余興で花嫁と踊っている最中に、花嫁にしがみついたまま死んでしまう。また、ふくらはぎまでの長い髪をした叔母さんが、昔のワルツはこういう風に踊るのよと見本を見せている最中に、髪の毛がどこかに絡まってこけて頭をぶつけ、それが元で死んでしまうという話。


 家族皆で可愛がっていた醜い野良犬が居た。ある日だれも居ないときを見計らって、野良犬が犬小屋から出ようとする一瞬に扉を首に押し付けて殺してしまう。その晩から悪夢にうなされる。教会の黒い服を着た男が殺した犬を連れて小屋から出てくる。犬が怪物に変身したり、黒服の男が犬に変身したり、また犬が四つん這いの黒服の男の怪物に変身したりなど、交互に繰り返しながら、私の寝床に迫ってくる。犬の怪物が私を貪り食う、次に黒服の怪物も貪り食う。交互に連続して食われ続け、彼らの口の中で私の骨をゴリゴリかむ音がする。それから2週間昼も夜も悪夢が続いた、という告白。


 高校生時代、独り学校の地下の暗闇にいるのが好きだったという告白。闇に神性を感じ、夜の庭に出て夜の漆黒を眺める。絵画ではレンブラントグレコの暗さを好む。高校の地下は、山の洞穴や海沿いの洞窟、教会の地下のように、現世と離れた隠れ家のようだ。魂が開いて夜と婚姻する・・・(このあたりp92〜93ノヴァーリスの『夜の讃歌』を思わせます。)


 イタリア旅行でシエナに滞在し夜町をさまよっていると蝋燭を持った黒服の男たちの葬列と出会う。葬列の人ごみの中で男に誘われて行った宮殿で見た解剖模型、静脈や筋肉が余すところなく描かれ、病人をモデルにしたというその模型は肝臓の肥大まで写し取っていた。


 恋びと(Alice)の臨死体験、足を失って空にすごいスピードで軽々と舞って行く。底なしに落ちて行く滝のように空に向かって吸い込まれていく。抗し難い力に引きずられて立方体の連なりを通り、雪のように炎のように光り輝く寛大で清らかなところへ運ばれる。神の顔を見たいと希うと、「Alice!帰っておいでクリスマスだよ」という父の声が聞こえた。