:江國滋の三冊

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江國滋江國滋俳句館』(朝日新聞社 1986年)
   『旅はプリズム』(朝日新聞社 1982年)
   『阿呆旅行』(新潮文庫 1984年)


 読んだ順で執筆の順は逆です(『阿呆旅行』の単行本は1973年刊)。それぞれ特徴があって、『江國滋俳句館』は文字どおり、自作も含めた俳句を頻繁に引用しながら、その時節の話題を取り上げたもの。ただし「スペイン紀行」と副題がつけられた連作があってこれは旅行記でもある。『旅はプリズム』は「東欧阿呆旅行」をメインにした旅行記で俳句はほとんど出てこない。『阿呆旅行』は一カ所ハワイを例外として網走から徳之島まで国内の二十数カ所を訪れた旅行記で、俳句も少しあるが民謡などの歌詞が出てくるのが妙味。

 江國滋はこれまで『俳句とあそぶ法』『俳句旅行のすすめ』『英国こんなとき旅日記』『スイス吟行』を読みました。もともと雑誌編集者で、初期には落語の本をたくさん書いていますが、主として、俳句に関する本と、旅行記の二系統があり、それが混じったあたりが著者の得意とする分野のようです。底流には落語に培われたと思われる軽妙な言葉遣いがあり、気楽に読めてとても楽しい時間が過ごせます。


 『阿呆旅行』は、比較的初期の文章と知ってるからか初々しい感じ。悪く言うと、後年の刈り込まれたさりげない文章と違って、緻密にいっぱい書き込んでいるから、しつこい印象があります。ルポルタージュ教室の生徒の優秀答案という感じ。俳句を引用するようになってからゆとりが生まれたということでしょうか。

 この本で印象に残る場面は、相棒の亀羅氏(カメラマンのこと)の突然の病気と死を悼む場面などいくつかありますが、なかでも網走刑務所の墓地を訪れた時の次の文章が迫ります。「左側が刑務所職員とその家族の墓地・・・右側は・・・受刑者の墓地・・・右に眠る人と左に眠る人の身の上に思いを致すと、立場こそちがえ、つまりは囹圄の人であることに変わりはなかったのではないかというのは愚かしい問いかけであって、ここに立つ私も健忘も亀羅氏も、緩慢な死刑を宣告された実は人生の囚われ人にほかなるまい」(p44)。その亀羅氏が本当に亡くなってしまうなんて。

 神戸の探訪で、「翰林院酒肆(アカデミー)」というバーが出てきて、昔友人に連れてもらったことがあり懐かしく思い出しました(p137)。谷崎潤一郎佐藤春夫はじめ、獅子文六河上徹太郎吉田健一檀一雄といった諸大家も訪れたと書いてありましたが、そんな凄い店だったんですね。

 
 『旅はプリズム』は『阿呆旅行』に次ぐ2番目の旅行記のようです。「東欧阿呆旅行」が何といっても出色で、まさに阿呆旅行としか言いようがない内容。当時分断されていた東独政府から東独の宣伝になるようにとルポ旅行に招かれたのに、まさに官僚仕事で行き違いの連続、通訳の二人の女性もまだ学生で日本語がそれほどでもないので落語の登場人物のように頓珍漢なことになり、おまけに行く先々の国情も無惨で、とても宣伝になるような代物にはなっていないのが面白い。

 次に面白かったのが、静岡に高校の同窓会へ行こうとして、カフカの小説のようになかなか辿りつけないもどかしさを描いた「遠路」。静岡駅に着いたのが午前零時、すでに二次会の真っ最中で、6時から飲んで出来上がっている恩師、友人らと26年ぶりに再会する場面は感動的です。

 江國滋はスケッチがお好きで、『スペイン絵日記』など絵を中心とした本も出していますが、この本にも挿絵がたくさん入っていて、この本では後年の殴り書き風と違って、なかなか緻密に描いています。


 『江國滋俳句館』になると、すでにユーモアが全開した江國滋独特の味わいが出ていて、何かを伝えようというところから一歩身を引いた境地に達しています。また引用されている俳句と地の文との間合いが何とも言えず、心地よいリズムを作っています。

 この本は旅行記と違って制約がなく、題材は自由自在で、俳句そのものの話題はもちろん、政治家の横顔、阪神タイガース、相撲、将棋、著者の敬愛する内田百輭クラシック音楽など、様々なテーマで文章が綴られています。

 この中の「わたし、偉人」では、エイプリール・フールにファンからを装った手紙に、まんまと騙される一件を描いていますが、その手紙を書いたのが長女で、いま父親を追い抜いた感のある江國香織。幼いころから文才があったようです。

 また「遺恨四十年」の小学校時代にいじめられた話は、『阿呆旅行』の「はずかしい旅」にも出てきました。よほど強い思い出として残っていたのでしょう。