:Jean-Baptiste Baronian『Scènes de la ville obscure』(ジャン・バティスト・バロニアン『不思議な町のできごと』)

                                   
Jean-Baptiste Baronian『Scènes de la ville obscure』(ROBERT LAFFONT 1977年)
                                   
 2年前パリ、ブラッサンス公園古本市での購入本。題名に惹きつけられて買いました。バロニアンという名前は、幻想小説についての評論を書いている人ということで知っていましたが、もちろん読んだこともなく、ましてや小説を書いているとはつゆ知りませんでした。

 完全な夢見小説というか悪夢小説です。作者の分身とおぼしい男がロクス・ソルスという謎の場所を目指して彷徨する話。(以下ネタバレ注意)小説の冒頭で、いきなりある建物から投げ出されるようにして外に出た主人公が、武器を持った自警団がうろうろする戦時下(あるいは革命下)のような町をさまよいます。その町は何となくパリのような気もします。

 さまよう場所は地下鉄の駅だったり、群衆のひしめく広場だったり、いたるところに旗がひらめく町並みだったり、古びたパッサージュだったりしますが、地下鉄の地下道には非常線が張られていたり、広場には絞首台が立てられていたりします。群衆に向かって自警団が棍棒を振りおろし(妊婦たちを集めて撲ったり腹を蹴ったりも)、機関銃で死体の山を築いたり、あるいは火炎放射器で人々を焼き殺し、火葬車が死体を集めて回るような状況です。あたりには肉の焼ける臭いが充満しています。そのなかでレジスタンスらしい人影が建物の屋根から自警団に銃を撃ってきたりもします。

 主人公は、すべてが解決される決め手となる場所らしきロクス・ソルスという謎めいた暗号に導かれるようにして彷徨します。それは町の中心部にあるようなのですがどこかが分かりません。どこかでロクス・ソルスという言葉が聞こえたり、話している相手がロクス・ソルスのことをほのめかしたりします。それに自分が何者であるかもよく分かりません。ところが、どうやらまわりの人々は、彼が何者であるかを知り、彼が何をしようとしているかも知っていて、絶えず彼を見張っているらしきことが分かってきます。というのは、群衆には自警団の武器が襲いかかり、獰猛な犬が噛みついても、主人公にはいっさい触れようとはせず、主人公が倒れているそばを自警団が何ごともなく通り過ぎて行ったりするからです。

 それは彼が夢見ているからなのでしょうか。ときには星の王子様のような子どもが現われて、クイズに答えたら、秘密を教えようと提案して来たりします。主人公はそんななか、身のまわりのできごとに対してたえず罠だと感じながらさまようのです。

 夢見小説にありがちなことですが、一人称的視点で眼の前に次々に起る現象を描写してゆくだけなので、途中で平板な印象になり、はじめに感じたような緊張感が続かなくなってしまいそうでした。が、ところどころに主人公が自問自答する言葉がピリオドのないイタリック体の文章で出てきて、疑問形で何度も畳みかけるように迫ってくる部分があり、それでかろうじて単調さが回避されていたようです。

 この小説のもう一つの大きな特徴は、登場人物がすべて有名人であることです。それは政治家だったり、俳優だったり、作家だったり、作品の登場人物の名前だったりします。主なところでは、キッシンジャージェイムズ・ジョイス、ウィリアム・ライヒフィリップ・マーロウ、そして幻影のようにたえず出現するマリリン・モンローブリジット・バルドーなどの女性陣。ピノチェト将軍やシアヌークなど、時代を感じさせる人物も出てきますが、この手法は人物像をリアルに感じさせる効果がある反面、時代が経つとすぐ褪せてしまい、作品を書いた当時の印象とは違ってくることが難点でしょう。

 なかでも面白かったのは、探偵11名が一堂に集まってロクス・ソルスについての謎解きの会議をして、お互いの捜査方法をめぐって紛糾する場面があるところです(46〜49章)。ホームズが進行役で、ポアロ、ルレタビーユ、アーチャー、マーロウ、チャーリー・チャン、ジェイムス・ボンド、ハリー・ディクスンらが出てきてお互いを罵り囃したてます。癖のある実力者を集めすぎて時間の無駄だったと、ホームズが後悔するところが面白い。もうひとつは主人公がマリリン・モンローと18禁の描写を繰り広げるところ(55章)。

 他に、「ロクス・ソルス」という文字はもちろん、「欲望」「沈黙」という言葉がゴシックで頻繁に出てきます。「DESIR」「DESIRER」「DESIRABLE」「SILENCE」「SILENCIEUX」など変化形も。これらの言葉がキーワードとして物語を牽引して行きます。

 「出口であれば入口でもあるよな」(17章の終り)とか、「私たち二人ここにいるけど、私があなたを夢見て作り出したのか、あなたが私を作り出したのか、誰が夢見ているのか知ることよ」(37章の終り)とか、「いい質問だがその質問の前提にはある質問がある。それは我々が存在しておるのか、我々の存在をどうして確めたらいいのか、そしてそれが間違っている場合にどうやって間違いと分かるかなのだ」(41章の終り)、「すべてまわりはそのままなのに、私は死んで、この世から引き続く夢としてしか存在しなくなるのだ」(59章)とか、ところどころに警句のようなハッとする言葉がありました(訳はいい加減なので要注意)。