:古本本二冊

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紀田順一郎『私の神保町』(晶文社 2004年)
林哲夫『古本スケッチ帳』(青弓社 2002年)


 四天王寺、京都勧業館と古本市が続いたこともあり、気分を高めるべく古本に関する本を二冊続けて読みました。この二冊は著者の世代も離れていて、大御所対俊英といったところでしょうか。前者が業界の王道を行く正統な古本話とすれば、後者は造型的な興味から古本を話題にしたものが多くまた古本以外の話題もあり、印象がまったく違ったものになっています。共通点はともに古本に対する深い愛情が感じられるというところです。


 『私の神保町』はタイトルがストレートで好ましく思います。著者の古本に関する文章を集めたものですが、大きく二種類に分けられ、ひとつは日本の古本業界に関するうんちく、もうひとつは本を愛した人にまつわる話となっています。前者は実務的な指南について書かれ、うるさい長老が物申している感じがあって若干引き気味となりますが、後者の方は圧倒的に面白い読み物となっています。

 出色は、著者の書いた推理小説の構想のきっかけを語った後、古本の登場する小説やノンフィクションについてのうんちくを味わい深く語る「本をめぐる本の話」、弟の経営する出版社アルスへ肩入れした詩人白秋のもう一つの顔を描いた「出版人―北原白秋」、宮武外骨梅原北明とはまた違った反俗の愛書家を紹介した「蔵書一代―齋藤昌三」です。「蔵書一代」という言葉はなかなか素敵な言葉ではありませんか。

 「古典籍」は明治10年頃までに製作された書物、「古書」は昭和20年までに出版された書物、「古本」はそれ以降のもの(p218)というような基本的な知識から、「イージーシーク」や JCROSSの「古本屋さんの横断検索」「ブックタウン神田」などの検索エンジンがあること、小寺謙吉の『宝石本わすれな草』(西沢書店)や野呂邦暢『愛についてのデッサン』(角川書店)などの古本関連本を知ることができました。
                                  

 『古本スケッチ帳』も大きく二つに分けられ、「風景」の章立てで集められた文章は、直接古本とは関係のない、パリの宿屋の話だったり、チェスの話だとか、昔読んだ漫画の話で、若干自慢話風なところがありますが、「肖像」と「静物」のタイトルのもとに集められた文章は、ともに古本話が中心で、前者は人物、後者は造本を軸に書かれた文章で、とくに人物篇はなかなか読ませます。

 日夏耿之介によって見出され若くして死んだ詩人平井功をチャタトンと比して書かれた「早すぎた天才」、美大時代の恩師の思い出を中心に書かれた「まんじゅうの味わい」、鈴木信太郎の書物談義を紹介した「文學附近」が光っています。

 回文愛好家の恩師が救急車で病院へ運ばれた翌朝の名句、「脳梗塞、くそこの」の壮絶さには笑ってしまいました。