Rachilde『LA FEMME AUX MAINS D’IVOIRE』(ラシルド『象牙の手をした女』)


Rachilde『LA FEMME AUX MAINS D’IVOIRE』(J.FERENCZI ET FILS 1937年)


 原著は1929年刊ですが、「LE LIVRE MODERNE ILLUSTRÉ」というシリーズでの再刊本。このシリーズは、数冊所持していますが、少し幅広の判型で表紙のデザインも統一され、版画の挿画があって洒落ています。この本では、19ある各章の題字部分や、それ以外にもところどころにCLAUDE RENÉ-MARTINという人の木版画が挿まれていて、読書が豊かになったような気がしました。これと似たようなシリーズに、黄色い表紙の「LE LIVRE DE DEMAIN」というのがあり、やはり木版画があしらわれています。ともにフランスの古書店でよく見かけます。
    
 ラシルドは、翻訳の『ヴィーナス氏』が有名ですが、まだ読んでおらず、ジャン・ロランの親友だったということぐらいしか知りません。ラシルドは今回初めての読書になるはずです。本作は、インドが舞台となっていて、エキゾチシズムが全盛の時代の作品。若干大衆小説的な雰囲気があります。ハーレクイーンロマンスというジャンルは、読んだことはありませんが、それに近いものがあるような気がします。しかし文体は、ロニー兄とは一転して、回りくどい表現が目立って、読みにくくなりました。


 内容はおおよそ下記のような感じ(ネタバレあり注意)。
気絶していた主人公アッサンが意識を取り戻すと、外人テントのなかで、白人の男女、黒人ポーターなどが死んでいた。アッサンは男の死体から財布、女性からは手首を切り落としてダイヤモンドの腕輪を盗る。彼はインド砂漠の盗賊だった。その場から逃亡するが、飢渇に苦しみ、岩場の水の滴る場所で、番をしている盲の豹と洞窟の修行者と出会う。

修行者はかつてはインドのある地方の王だったが、イギリス人統治者に騙されて財産を剥奪され、砂漠の洞窟で暮らしていた。アッサンは修行者を師と仰ぎ、教えを乞い、師もアッサンに信頼を寄せる。が師は、アッサンに街へ出ていろんな経験をした方がいいと諭す。アッサンは師のために洞窟に水場への出入口を作ってから、街の寺院に隣接する小屋に住む。

一方、インドを統治する総督は、洪水後の疫病と飢饉の到来を恐れていた。なぜかいつも喪服に身を包んでいる総督夫人は、インド人の衛生観念の欠如を嘆くばかりの夫に、祭を催して罹災者のための寄付を募ることを提案する。祭の主役シヴァ神をどうするかと考えていた夫人は寺を訪れたとき、上半身裸のアッサンを見て、主役に抜擢することを決める。アッサンも喪に服していて、愛する師が洪水で死んだと告げる。

祭は盛大に行われ、シヴァ神に扮したアッサンが象に乗って練り歩き、民衆は歓呼の声で迎え、募金も百万集まり大成功だった。総督は、アッサンに褒美をつかわそうと言った。アッサンはその場では答えなかったが、その夜、総督夫人の部屋に忍び入り、あなたを褒美としていただくと言う。夫人は抵抗するが内心嬉しい。

その日から、夫人はアッサンの小屋に足しげく通うようになり、総督も異変に薄々気づく。ある日、アッサンに対して、夫人は、妹がいたが、冒険家の男に恋して一緒に旅していたとき、テントの中で暴漢に襲われて殺され、手首を切られて腕輪を盗られたという話をする。アッサンは黙って、小屋の隠しのなかからダイヤモンドの腕輪を取り出して見せる。

夫人は血相を変えて、総督の執務室へ駆け込み、直ちにアッサンを捕まえるように言うが、夫は醜聞に広がることを恐れ、夫人にアッサンと一緒にこの世から消えてしまえと言う。やはりアッサンを愛していた夫人は、アッサンの元に戻り、二人で死のうと砂漠に向かって車を走らせる。水の滴る岩場へ行くと、豹が居て、師も洞窟で生き永らえていた。アッサンが作ってくれた出入口のおかげで命拾いをしたと言う。師は、総督の真意は目の前から消えろということだから、死ぬのでなく二人でヨーロッパへ逃げなさいと諭し、旅費を与える。
 めでたしめでたしで終わりますが、師は、ここからが本当の試練だと、最後に呟きます。


 面白かったのは、ひとつは、総督はイギリス人で、総督の秘書官やまわりを取り巻く上流階級の人たちもみんなイギリス人ですが、総督夫人だけはフランス女性で、アッサンが夫人を見染めたのも、彼女が統治側のイギリス女ではないというのが理由になっています。また総督夫人が「イギリス人の考えそうなことだわ」と馬鹿にしたような物言いをするところがあって、フランスの読者をかなり意識していることが分かります。

 もうひとつは、インド人のアッサンとイギリス人の総督秘書官が対照的に描かれていることです。アッサンは、僧侶と10歳の売春婦のあいだに生まれた最下層のカースト出身で、赤銅色のがっしりした身体に、髪は黒光りし、眼はアクアマリン色に輝き、大胆な態度はアルセーヌ・ルパンを思わせるところがあるのに対し、夫人に思いを寄せどうやら一度は密通したこともあるらしい秘書官は、金髪長身の学歴の高い人物で、詩集を出していて、シェークスピア気取りといった人物です。「剛健な東洋人」対「ひ弱な西洋人」の対比が見てとれるように思います。

 何度も同じようなことを書きますが、フランス人が書いたインドの物語を日本人の私が読むという何とも屈折した感じが心地よい。