G.-O.CHÂTEAUREYNAUD『LA FACULTÉ DES SONGES』(シャトレイノー『夢見大学』)


GEORGES-OLIVIER CHÂTEAUREYNAUD『LA FACULTÉ DES SONGES』(France-Loisirs 1983年)


 引き続き、シャトレイノーを読みました。長編で、本作でルノードー賞というのを受けています。幻想小説ではなく普通の小説の体裁をしていますが、変わった味わいを醸し出しています。「夢見大学」というのは、パリ科学大学別館の新築現場のなかで、取り壊しを免れている古い屋敷のことです。パリ現代生活の一部分を描いていて、3人の男と1人の女の生い立ちと生活が綴られ、それらが絡まって物語が進行します。

 カンタンは、低賃金団地で普通に育てられるが、高校で不良仲間に入り2回放校処分となり、大学も中退する。生来の怠け癖から仕事も転々として、無一文となったところで、高校時代の同級生と出会い、仕事を紹介される。自動車部品を積み下ろす重労働の現場だった。安賃金をカバーするために、夢見大学に潜り込んで暮らし始める。夢見大学では工場貴族と呼ばれている。

 マノワールは、戦争のために8歳で孤児となり、孤児院で育つが、反応が鈍いので重頭というあだ名をつけられる。財務省に入り、企業の会計の監査を担当するが出世は覚束ない。ストレスから糞便の悪夢を見るようになり、映画やドライブ、古道具収集に逃避する。銃で自殺を図ろうとする。夢見大学では総監と呼ばれる。

 ユーゴは、幼い頃、祖父母と暮らし、船乗りの父親とは夏休みにブルターニュで過ごしたときに舟に一緒に乗るぐらいだった。詩集を自費出版したことがあり、今は図書館司書をしているが、職場の規律が乱れたのは自分のせいだと悩んでいる。祖父母から相続した8部屋もある大きな家に住みチャウチャウを飼っている。高速道路建設のために土地を収用されて引越しするが、あてがわれたのは狭いアパートで住む気にはなれない。夢見大学では大作家と呼ばれる。

 ルイーズは、22歳の痩せた女性。幼い頃自転車の練習中、坂道で止まらなくなった自転車を止めようとした父親が心臓発作を起こして死んだことがトラウマになっている。音楽が好きで作曲をし、将来デビューを夢見て、アルバイト先を転々としながら、夜はキャバレーなどで歌っている。男性関係も奔放で、夢見大学では、3人の男から愛しの君と呼ばれている。

 全体で26章とエピローグからなり、第14章までは、1章につきそれぞれの人物の話が物語られますが、第15章で初めてカンタンとユーゴが出遇い、第18章でマノワールが夢見大学に移り住むことになり、第19章でユーゴも移り住んで来て、第20章でルイーズが登場してからは、4人の物語となります。

 人生の落後者、敗残者らが、建設現場でかろうじて取り壊しを免れている古い屋敷に集まり、夜毎、飲み会やダンスパーティに打ち興じます。3人の男はともに女性との恋愛に縁遠く、お互いに遠慮しながら、順番にルイーズと愛を交わします。そして自分たちの屋敷を夢見大学と名づけ、お互いを尊重する一種の社交界を築き上げていくところが、微笑ましいと言うか、無残と言うか、ペーソスを感じさせます。彼らは、傷ついた心のうちは決してお互いに見せることなく、幼いころの黄金時代の追憶や、人生の失敗への悔恨などを語り合います。

 その際も、住居がテーマのひとつになっていて、低賃金団地で育ったカンタンの屋敷への憧れ、ユーゴが住んでいて収用されることになった祖父の代からの思い出の詰まった家、重頭が爆撃で失われるまでのかつての団らんを夢見ている古い家、ルイーズが昔住んでいた芝生のある家の記憶、それが夢見大学の廃墟の古家に結びついているのです。

 途中、さまざまに挟み込まれるエピソードが味わい深く、カンタンが初めて工場でタイヤを受け止めて運ぶ作業をするときの滑稽な様子、チャウチャウたちが開かずの間に入って繰り広げる可愛い振舞い、ユーゴが幼い頃ブルターニュの海辺を断崖沿いに歩いたときの緊迫感、ルイーズが作曲に悩んでいたときに子どもがピアノを叩く音を聞いてヒントを得ようとする場面、それ以外にも小さなエピソードが次々と出てきます。また、そうした文章のここかしこにちりばめられた表現が面白く、それが受賞につながったのに違いありません。

 ネットで、シャトレイノーの経歴をみると、祖父が財務省の役人、夏休みには毎年ブルターニュへ行ったとあり、また、本作で賞を取るまでは、いろんな職業を転々としていて、それがこの物語の男たちの仕事と見事に一致しているのが面白い。会計係、トラックタイヤ組立工、古道具屋、図書館司書。彼らはシャトレイノーの分身だったわけです。

 ネタバレもいいところですが、最後の方で、ルイーズが昔育った家というのが実はこの夢見大学の古家ということが判明します。ルイーズはひそかにレコードを録音していて、一挙にスターダムにのし上がり、ユーゴはチャウチャウを重頭に託し一人世界一周の旅に出る一方、重頭は地方公務員となって庭いじりに精を出し、カンタンは結局乞食同然となって蚤の市でがらくたを並べる、というのが彼らのその後の姿。長編(中篇?)ならではの物語の醍醐味を感じさせます。