Jean Lorrain『MA PETITE VILLE―SOUVENIRS DE PÉRONNE』(ジャン・ロラン『私の小さな町―ペロンヌの思い出』)

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Jean Lorrain『MA PETITE VILLE―SOUVENIRS DE PÉRONNE』(la Vague verte 2003年)


 『Venise』に引き続いて、土地にまつわる思い出の書を読んでみました。1898年に300部のみ出版されたものの改訂版で、80ページほどの小冊子。「Ma Petite Ville」、「Le Miracle de Bretagne(ブルターニュの奇跡)」、「Un Veuvage d’amour(愛する寡)」の三篇からなっています。それぞれが独立した短篇ですが、ロランが幼いころ訪れたことのある母方の実家のあるペロンヌという町を舞台にしていることと、冒頭の1篇のなかで、老嬢からくどくどと物語を聞かされ、「ブルターニュの奇跡と、ラフォン夫人の苦難の物語はいちばん信じがたい」と紹介されていた物語が次の二篇となっていることから、連作と言えます。

 初めの二篇は1895年「ル・ジュルナル」紙に最初に発表され、うち「Ma Petite Ville」は少し改変されて、「Sur un portrait(ある肖像)」という題で1897年の『Contes pour lire à la chandelle(蝋燭の下で読むお話)』、その後1902年の『Princesses d’ivoire et d’ivresse(象牙と陶酔の王女たち)』にも収録されています。三篇目の「Un Veuvage d’amour」もその後、登場人物名が変更され、1900年の『Histoires de masques(仮面物語集)』に「デュメルサン夫人」という題で収められています。

 本を読み始めて、序文で上記のようなことを知り、「Ma Petite Ville」はすでに上記の両書で2回も読み、「Un Veuvage d’amour」も翻訳で40年ほど前に読んでいることが分かり愕然としました。が情けないことにほとんど覚えていないので、何度読んでも新鮮な味わいがありました。面白いことに、「デュメルサン夫人」を若いころ読んだときの記録を見ると△と×がつけられていて、『仮面物語集』の前半のおどろおどろしい話に比べてピンと来てなかった様子ですが、いま読むと断然◎。読む側の年齢のせいで感じ方が変わるものだということがよく分かりました。

 今回は前回読んだ『Venise』がレポート的だったことに比べると、小説の味わいが濃厚です。ヴェニスという町は誰にとっても崩落の感覚が共有されており、ロランの眼差しもやや客観的だったのに対し、『Ma Petite Ville』のペロンヌという町の思い出はロランの内面に深く根ざすものなので、個人的な慨嘆がより強く出ているように思います。というのは、序文で、Philippe Martin-Lauが指摘しているように、ロランがこれを書いたときは、すでに40歳を過ぎ、パリの文壇とは揉め事が頻繁にあって愛想が尽き、また腸の潰瘍で手術を受け死を意識し始めたころで、そんな状況のなかで幼い日の思い出が突然蘇ったのです。

 1870年のドイツとの戦争で爆撃により町が破壊され、『Venise』と同じく近代化が進んで町並みがすっかり変わってしまったことを悲しみ、中世には君主たちで栄えた町だったのに、由緒ある貴族たちも姿を消しすっかり成金の町になってしまったと、嘆いています。その昔の町の姿を表紙の写真で見ることができます。2篇目の舞台となっている「ブルターニュ門」に兵士や子連れの婦人が佇んでいる様子が見てとれ、この時代に戻ってこの町を歩いてみたいと思わせられます。


 各篇の簡単な紹介を次に。
◎Ma Petite Ville
幼いころペロンヌにある祖父母の家で、寄宿していた従姉妹の老嬢から伝説の数々を聞かされた思い出を綴る。沼地に囲まれたペロンヌの町のどんよりとした風景と、貴族の末裔の年老いた従姉妹のグロテスクな風貌と装い、彼女の古い家具やアルバムに囲まれた部屋、そしてそこに掛けられた謎の男の肖像画の銀灰色の色調が響きあう独特の世界が描かれている。後になって、老嬢が独身を守ったのはその男のせいと気づく。寂しさと郷愁に包まれた佳篇。

Le Miracle de Bretagne
ペロンヌの城門にあるマリア像は、マリー・ド・メディシスが子のルイ13世の病気治癒を請願して作らせた像で、遠くからも信者が集まる場所だった。が、時代とともに忘れ去られ、いまは門番に見守られるだけの存在になっていた。ある日、唖で聾の子がマリア像の下で突然喋り出し、町中が奇跡に沸いて、翌朝から列をなして押し掛けるようになった。がその奇跡も一瞬だけで、唖の子はその後一言も喋らず、しばらくして忘れ去られた存在に戻る。一瞬晴れやかな時を見せるだけに、わびしさが強く感じられる。

◎Un Veuvage d’amour
幼い日、ペロンヌの城壁の近くに鎧戸の閉まった館があり、狂女が住んでいるという噂だった。スペインの宝石商の娘で、たぐいまれな美貌で、一時は町の社交場となっていたが、夫が不慮の事故で亡くなると、精神に異常をきたし、亡き王の喪に服する女王と思い込んで奇矯な振る舞いを始めたという。30年後ふたたび町を訪れると、その古びた館にはもう誰も住んでおらず、近代化の進む町角に取り残され、ひっそりと幽霊屋敷のように佇んでいた。「私の小さな町」と同じ慨嘆が感じられる。