高木隆司『「かたち」の研究』

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高木隆司『「かたち」の研究』(ダイヤモンド社 1980年)


 今回は、形を物理から考えるという本です。ふだん理系の本を読むことのない私ですが、この本は、うたい文句に、「日常生活の言葉で物理学を語る、美術系や文科系の学生のための数式のない教科書をつくるという二つの夢を実現させようとした」と書いてあったので、読んでみました。なるほど、具体例が豊富で分かりやすく書かれていましたが、それでも分からないところが結構ありました。

 形は、自然の形、生物の形、人工的な形の三つに分類されるとして、最初の三章では、形を作る要因である代表的な自然法則、エネルギー、分子の熱運動、流れの慣性の三つを取りあげ、次の第四章では生物が作る複雑な形のいくつかを考え、最後の二つの章では、自然、生物、人工すべてをひっくるめて、対称性、分岐という形の様態を観察しています。

 著者は、私など文系の人間によくあるように、他人の意見を自分なりに理解して作り変えるだけで満足するというのではなく、他人の言うことを踏まえながらも、すべて自分の眼で観察し、実験し、ゼロから考えています。少しでもおかしなところに目が留まると、しつこく何故かと問い詰めていきます。最近よく言われるエビデンスの力を感じました。

 言い換えれば具体の力ということでしょうか。いかに具体例を見つけるかということにかかっているように思われます。また、ある理論を考えだしても、それが正しいかどうかはやはり具体例で確認しなければなりません。それに関連して、著者の文章には、「これを~とよぼう」とか「これは~とよばれる」という表現がよく出てきました。ある現象を名づけるということが、理論を形成する際にいかに重要かということでしょう。

 だらだらとした感想はこれくらいにして、著者の言葉に耳を傾けましょう。なにせ理科のことはよく知らないので初歩的なことかもしれませんが、私には新鮮でした。また誤解で変なことを書いてあるかも分かりません。
①エネルギーによる形の形成では、力の均衡というのがキーワードのようです。
シャボン玉やゴム風船が丸いのは、体積一定のまま表面積がもっとも小さくなろうとするからで(p11)、しずくは重力と表面張力からあのような形になること(p24)。

遠心力の働きで、地球は赤道半径の方が約0.34%長い扁平の形になっている。惑星の中で扁平率のもっとも大きいのは土星の9.6%(p37)。→これには驚きました。

②熱運動では、エントロピーの増大がキーワードで、ここでも形の形成には平衡状態がカギとなっています。
例えば、香りの微粒子が部屋中に拡散してほとんど変化が起きないという平衡状態ではエントロピーが最大になっていること(p46)、エントロピーが増加していくとき、もっとも起きやすい方向に向けて移動していくこと(p47)、平衡状態をこまかく見ると、小さなゆらぎの連続であること(p47)。

熱対流は上下で温度差があるときに生じるもので、液の深さが大きいほど、また上下の温度差が大きいほど熱対流は起きやすいこと(p58)。またある値以下では液体は静止したままであるが、その値を超えると突然、液体内に対流が現われること(p61)。さらに深さ、温度差が大きくなると、対流の規則性は失われて乱れた流れになること(p62)。

面白い喩えがありました。「もし結合力に比べてメンバーの個性が弱いと、そのグループは統制のとれた活動をする。軍隊がそのよい例である。メンバーの個性が適度に強いと、これとは違った形態のグループになり、雑然としているようにみえるが、やはり全体として一定の活動をする。雑誌の編集部などがこれにあたるのではないだろうか」(p57)。

③流れの慣性に関しては、渦と流線形についての記述がありました。
渦は、川で流速の大きい領域と静止した領域が隣り合っている境界面に生じ、徐々に波打ち始めたものが増幅されて規則的な渦の列に発達する(p70)。また水の中で円柱や平板を動かしたとき背後にできる双子渦というのもある(p71)。

流線形は、流れそのものの形ではなく、流れの中に置かれるべき物体の形であり(p82)、ゴルフボールの表面に多数の凹凸があるのは、その方が流線形に近くなり、空気抵抗を減らすことができるからである(p87)。水滴が落ちる際も下から空気の流れが当たっているので、滴の大きさが大きくなるにつれて球から扁平になる。泡の現象はそれとは逆の現象であるが、ビールの場合は体積が0.001cc程度と小さいので球形のままである(p97)。

④生物の形については、少し議論が難しかったですが、骨組みを作る基本情報と細部の命令を与える形成情報というものを考え、生物の多様性はそれらの情報の差異からくるとして、次のような点を指摘していました。
動物と植物の違いは、材料である蛋白質の差や、セルローズ、葉緑素などの有無から生じており、動物の中でも脊椎動物無脊椎動物とでは、血色素のように材料の差がかなりあるので、それらは基本情報の差と言える。脊椎動物の範囲内では、各動物の細胞はみな同じような成分、大きさ、構造を持ち基本情報の差は少なくなるので、形成情報の差が重要になる(p113)。同じ仲間のなかで形成情報の差を幾何学的に表現する方法に、トムソンの座標変換の方法というのがあり、魚を正方形の網目を持つ座標に重ね、網目を曲線に変えていくと、さまざまな魚の種類が出現する(p114)。

⑤対称図形の種類、性質については、次のように書かれていました。
対称形には、左右対称、花びらなどの回転対称、鏡に映った場合のような鏡映対称、法隆寺の欄干や鋸の目に見られるような平行移動で作られる併進対称があること(p154~174)。放散虫のような微生物を除くと、動物には回転対称や鏡映対称のものは見られないこと(p168)。

対称図形は、調和、秩序、静止、束縛などの概念、非対称な形は、運動、自由、遊び、休息などの概念を伴っており、乱雑で混沌とした状態の中では、対称の部分はとくに人の注意を引く(p154)。西洋庭園では左右対称が美の規準として意識されていたが、日本庭園では非対称がよしとされてきた(p156)。

⑥分岐した形については、河や樹木、いなずま、道路などの分岐の形に共通した法則があるようです。
河、谷、尾根すじ、いなずま、ひび割れ、水流など、無生物の場合は、わずかな弱い部分から崩壊する不安定現象が重要な働きをしており、多数の破れが合体を繰り返し分岐を作り出している。樹木、葉脈、血管、神経などのように遺伝子の影響を受け、必ずしも不安定性のためとは言い切れない分岐系もある(p197)。

河の分岐の階層の段階と流れの数の対比が、どの河においても同じ割合であるというホートンの法則があるが(p220)、樹木の分岐、シダの葉、葉脈、さらにはいなずまの形や道路網にもこの法則があてはまるようである(p223~229)。


 その他の話題で印象深かったのは次のようなところです。
平面を同じ正多角形のタイルで敷きつめる場合、正三角形、正四角形、正六角形だけが可能で、タイル一つの面積が同じとき、境界線の総計が最小になるのは正六角形ということ(p18)。この正六角形の配列はハチの巣やトンボの羽根の翅脈にも見られること(p21)。

大きな汽船を多くのカモメが追いかけることがよくある。このときカモメは汽船の後方にできる乱気流の中で、上向きの流れを探しながら飛んでいるのである(p90)。→カモメも少しでも楽をしたいということか。

 『作庭記』の中に、非対称と並んで「乞はんに従ふ」というもう一つの原理がある。ある石を置いたとき、その石が必然的に出す要求に従って別の石を置いていけ、というものである(p159)。