J.M.A.Paroutaud『PARPAILLOTE et autres contes cruels(パルパイヨット―ほか残酷譚集)』(on verra bien 2020年)
J.M.A.Paroutaud「Petit traité de ma médecine(療法小概論)」(『LE PAYS DES EAUX(水の国)』on verra bien 2018年、所収)
この二冊は、ブログにコメントをもらったことがきっかけで、on verra bienの編集者Yann Fastierさんから寄贈いただいた本です。『LE PAYS DES EAUX』は以前の版で読んでいたので、未読の「Petit traité de ma médecine」と序文のみ読みました。これでParoutaudの作品はほとんど読んだことになると思います。Paroutaudの日本語表記を今回は、パルトにしました。シュネデール『フランス幻想文学史』では、パルトーになっていたので、以前はパルトーと書き、パルトゥと書いたりいろいろしましたが、グーグル翻訳で発音させてみると、パルートと聞こえるぐらいだったので、お尻の長音を削除しました。
『PARPAILLOTE et autres contes cruels』では、「Parpaillote」の総題でまとめられた6篇は、死の臭いがしたり諧謔味は漂いますが、かなり普通の小説の体裁をしています。なかでは、「Gros Marcel, Beau Marcel(太っちょマルセル、立派なマルセル)」は『La Descente infinie(無限の下降)』の田舎の年代記風作品と同じテイスト。いろんな人物が描かれることで、中心人物を取り巻く町全体の雰囲気が醸し出されるようになっています。タイトルになっている「Parpaillote」は虐げられる少女を主人公にした一種の自伝的小説。パルトは幼い頃、父親を早く亡くして苛められた経験があったのかもしれません。
しかし、何と言っても、パルトの神髄はこの本に収められたそれ以外の作品、「Temps fou(気違い日和)」の寸言詩的な諧謔や、「Que les temps seront tels(なるようになる)」、「Autre événement(ほかのできごと)」の奇想、「Textes inédits(未発表作品)」の悪夢のような収容所の不条理性でしょう。パルトの文章には、奇矯な想像力が横溢しています。また何事にも最悪のケースを考える悲観的な物言いがあり、揶揄するようなところがあります。パルトは年少時によほど誰かに苛められたでもしたのか、他人に仕返しをしたいという欲望や敵対心が潜んでいると同時に、どこかマゾヒスティックな感性も感じられます。Fastierさんは、『Parpaillote』の序文で、パルトを「残酷物語と黒いユーモアの二つの伝統の継承者」であり、「リアリストと幻想家の混在する作家」としています。
『PARPAILLOTE』のなかで、もっとも秀逸だったのは「L’AIR(空気)」で、空気がときに粘着質になったりレンズのようになったり、おろし金のようになったりまた乾燥した粉のようになって人間を傷つける恐怖を描いた絶品。
◎は、強烈な陽光が人を焼く「LE SOLEIL(太陽)」、泡が橋も吹き飛ばす「LA BULLE(泡)」、景色が眼に貼りついて目くらになる「LES YEUX FIXES(固まった眼)」、描いた顔が変形し紙が盛り上がってはじける「Dessins(素描)」、煙のオブジェを作る「Le mouleur de fumée(煙の鋳造工)」、生きた指輪が人をも殺す「Les bagues de chair(肉の指輪)」、地図上の一部にだけ起こる「Nuit partielle(部分的な夜)」、棘が骨にまで届き花を開かせる「Pousse épine(棘が生える)」、テキスト自体に虫がついて意味をなさなくなってしまう「La disparition des oeuvres(作品の消失)」、建物の迷路を辿って行くと手術が待っている「Couloirs(たくさんの通路)」、裸の女を追って洞穴に入り身動きができなくなる「Poursuite(追跡)」、欠陥住宅のあれこれが出てくる「Lorsque les choses...(あちこちが…)」、蛞蝓のような牛を描いた「Les vaches sans pattes(脚のない牛)」、大地が傾く「La terre qui se renverse(ひっくり返る大地)」、光を手で掬って作る「Le sculpteur de lumière(光の彫刻)」、作家が意味のない文章を書こうと苦闘する「Ne rien signifier(なにも意味させない)」、迷宮のような構造の断崖上の館を描く「Une autre maison(ある立派な館)」。
〇は、「Gros Marcel, Beau Marcel」、「Le porte-femmes(女性運搬係)」、「Temps fou」、「L’OMBRE(影)」、「L’EAU(水)」、「TERRE(大地)」、「OBJETS(物体)」、「MALADIES(病人)」、「SUEUR DE SANG(血の汗)」、「PARTIELLEMENT(部分的に)」、「JOURS(曜日)」、「LETTRES(手紙)」、「LES NOMS(名前)」、「Écrire(書く)」、「Les plates(平たいもの)」、「L’arbre de pierre(石の木)」、「Le judas(覗き窓)」、「La pêche(釣り)」、「L’épouvantail(案山子)」、「Mainte façon…(いろんな方法)」、「L’orange vivante(生きているオレンジ)」、「Boxe(ボクシング)」、「Un os(骨)」、「Perte de la bouche(口がなくなる)」、「Outre(革袋)」、「Les hommes plats(二次元の人間)」、「Clouer une ombre(影を釘付けにする)」、「Courses(徒競走)」、「Promenade(散歩)」、「Ne pas sortir la nuit(夜には外に出ないこと)」、「Les pierres(石)」、「Cinéma(映画)」。
「Ne pas sortir la nuit」は物語の断片のようで、何かの気配を感じさせます。象徴主義小説と言うべきか。書きかけ途中の草稿かもしれませんが、敢えてこういう作品を書いたとすればなかなかのもの。「Temps fou」の一節に、小学校の頃の同級生を語ったと思われる文章があり、「病気をうつしてみんな死に本人も死んだ」と書いてありましたが、これは著者の生年から類推するとスペイン風邪のことではないでしょうか。また「Textes inédits」の収容所が舞台となった連作は、『La Descente infinie』の「LE ONZIÈME CÉSAR(11番目の専制君主)」に共通するものが感じられましたが、これは著者自身も経験した第二次大戦のレジスタンスが影響していると思われます。
「Petit traité de ma médecine」は、新しく発見したと称する三つの病気の症例と療法、病原菌について、「療法小概論」というタイトルどおり、いかにも学術論文風に書いたものです。いずれも奇想に満ちた病気で、『Parpaillote』の「MALADIES」、「SUEUR DE SANG」の延長線上にあると言えます。表皮と真皮の間に球形の腫物ができて体中を動き回る「Les boules(球形皮膚病)」、高熱と低熱を繰り返し下肢に水腫ができ筋肉と骨が表皮と分離する「Maladie de Pozzi(ポッツィ病)」、地下で長い間暮らした人がなる伝染病で、髪や皮膚が透明になり激痛をもたらすが地下に戻してやると症状が改善する「Maladie de Lefou(ルフー病)」が紹介されています。