Maurice Magre『Nuit de haschich et d’opium』(モーリス・マーグル『ハシッシュと阿片の夜』)

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Maurice Magre『Nuit de haschich et d’opium』(KAILASH 2010年)

                                              

 前回のフランス書は大部の本でくたびれてしまったので、88ページの薄い本を読んでみました。初版は1929年、フラマリオンから出ていますが、この本は、再刊。インドのたぶんプリントオンデマンドの本屋から、送料込み1699円という格安価格で購入しました。その本屋の住所が、くしくもこの小説の舞台となっている南インドのポンディシェリであるのは何かの因縁か。それでポンディシェリをネットで調べてみると、フランスの旧植民地だったことを知りました。そういう訳で、小説の舞台がポンディシェリで、またフランス語本の出版社がいまも残っているわけです。いちど行ってみたい気もします。

 

 モーリス・マーグルは、これまで『LUCIFER』(2012年12月3日記事参照)、『Les Colombes poignardées』(2013年7月24日)、『LE MYSTÈRE DU TIGRE』(2016年6月3日)の3冊の長編小説を読みました。今回は中編なので、構成もすっきりして読みやすく感じました。あらすじは下記のようなものです(ネタばれ注意)。

 

ポンディシェリに住む主人公は20歳の女性で、夫と離婚したばかり。シランバランでの麻薬パーティの当日、不吉な予兆が現れたので断ることにする。そもそもそのパーティは、彼女がかつて言い寄られ冷たくあしらった三人の男が集まるので、何か罠があるような気がしていた。しかし、同行する女性から、ひそかに思いを寄せている若者が参加すると聞いて、断るのを撤回する。家を出ようとしたとき、乗り物に「行ってはいけない」というメモが投げ込まれる。

 

集合場所の港に行ってみると、若者は来ておらず、馬で直接パーティ会場に来るという説明。シランバランに向かう船の中で、やたらと酒を飲まされ、また主人公の理解できない英語で、3人で何か話して笑ったりするので、やはり罠があるように感じる。シランバランに着いてパーティ会場へ向ったが、会場に到着すると、同行の女性は頭が痛いと言って途中で船に戻ったと知る。ついに女性一人になってしまった。

 

そもそもシダンバランの古い遺跡にみんなで見学に行こうというところから始まった話で、主人公が未体験の麻薬パーティもして、そのついでに主人公が踊るところも見たいということになったのだった。会場は古い遺跡の仏塔のなかで、一晩中貸し切りにするという。夕食の後、阿片を吸いながらくつろいだが、阿片のせいで幸せな気持ちになり、男たちの罠というのは単なる思い過ごしだという気になる。主人公が踊りの衣装を着るあいだ、男たちは何かを賭けてトランプに打ち興じていた。

 

席に戻った主人公に、まず見本の踊りを見せるという。まったく同じ衣装を身につけた女性が登場し、扇情的に舞い、踊り終わると、参加者の一人の男の首にかじりついてキスをした。踊る気をなくした主人公は断ろうとしたが、なぜか体が勝手に踊り出し、さっきの手本どおりに、男のもとに身を投げてキスをした。そのとき男からプレゼントされていたネックレスに付いていた金の小函が外れて落ちた。

 

小函には呪符が入っていた。賭けの対象が自分で、アタルヴァ・ヴェーダの呪法で操られていたと知った主人公は、その場から逃げ出し、這う這うの体で遺跡から脱出する。ちょうどそこには、秘かに思いを寄せていた若者が馬で助けに来ていた。彼も何者かから、主人公が危険だという手紙をもらって駆けつけてきたという。二人はポンディシェリへ戻る途中の小屋のなかでめでたく結ばれる。麻薬よりも素晴らしいものを見つけたというのが落ち。

 

 阿片の吸引の情景や麻薬談義、シランバランの遺跡の壮麗な建物や彫刻の描写、昔の舞姫の衣装を身につけての扇情的な踊りなど、詳しくはお伝えできない細部に魅力があります。マーグルは若い頃、麻薬を常用していたらしく、阿片室の様子やいろんな麻薬の説明も実地の体験があってこそのものだと思います。また、シランバランの遺跡については、ネットで実物の写真を見つけましたので、ご参考までに、添付しておきます。

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 求愛を拒否したから罠を掛けられ復讐をされるのではと恐れおののく一方、考え過ぎではと揺れ動く女性の心理が主軸となっています。警告の手紙が誰かからもたらされたり、男たちが何を賭けているか分からないまま進行していくというミステリーの要素もあります。実は、謎の手紙は、主人公の前夫の愛人が男たちの計画を漏れ聞いて、義侠心をおこしたというのが種明かしです。

 

 ハーレクインロマンスというものを読んだことはありませんが、おそらくそのジャンルに入るような小説で、異国情緒に溢れ、かつ少しエロティックで、最後は秘かに恋する男と結ばれるという、女性が好むような冒険譚と言えましょう。フランス人が南インドを舞台にして書いた物語を日本人の私が読み、かつ女性の気持ちを綴った文章に男の私が共感するというのも、アクロバットをしているような倒錯した感じになりました。