イロジスムの詩集二冊

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髙木敏次『私の男』思潮社 2015年)
『貞久秀紀詩集』(思潮社 2015年)

                                   
 定年後に、学生時分によく読んでいた日本の現代詩をまた読み始めましたが、なかなか昔のようには心に突き刺さるような詩が見当たりません。私の知らないだけで、なかには気に入る詩があるのかもしれませんが、最近では、この二人の詩人が気になっています。二人が描いている世界はまったく異なりますが、共通しているのは、イロジスム(論理を脱臼させる)の技法があるという点です。


 高木敏次については、前作の詩集『傍らの男』について書いたことがあります。
:高木敏次『傍らの男』に衝撃を受ける - 古本ときどき音楽
 この詩集『私の男』も同様の詩の技法が採用されています。例えば、①次の行の予測不可能性、②詩行を文章として読むと文法が破壊されていること、③脈絡のないなかで何度も同じ言葉が繰り返されること(一番目の詩に出てくる言葉が遠く離れた最後の詩にも出てくる)、④否定語を効果的に使っていること、など。今回は、詩が描こうとしている世界にも目を向けながら、詩の特徴を何とか解明してみたいと思います。全体は、15篇の短詩からなる長編詩ですが、短詩にはタイトルもなく、どの詩もほとんど同じトーンなので、同じ詩が反復されているような感じを受けます。

 「盲人のように壁を手探りし/目をもたない人のように手探りする。/真昼にも夕暮れ時のようにつまずき/死人のように暗闇に包まれる」(イザヤ書)というエピグラフに表れているように、追われたり逃げたりする切迫感、迷ったり思い出せなかったりの混迷感が横溢しています。どうやら、ある男が約束や書置き、合図を頼りに、ある使命を持って、見知らぬ町の市場や広場を彷徨いながら、道をたどり、舟で川を渡って進んでいるようですが、結局どこにも到達できず、また帰ることもできない宙づりの状態が続きます。

 もう少し実際の詩に即しながらみると、「男とは約束だった」、そして「あの書置きを握りしめ」、「往かねばならない」という強い意志も露わに、「路地をたどり」、「ここに来いと旗がふられ」、「そこで探せばよい」、「噂を訊けばよい」、「ここを進めばよいのか」、「入り口を見つけて」、「肩をならべて歩き出した」りしながら進んでいく様子が描かれ、「長い声が合図と」なったり、「声が湧きあがる」、「歓声が上がり」と外部の反応も見える反面、「行先はわからない」、「ここがどこなのか」、「行く道など知らない」、「書き入れた地図をたどれない」、「たどり着けない」と迷うさまも描かれ、おまけに、「道に迷いたいのに/どう間違えればよいのか」、「行方不明になるために」、「誰が男なのか」、「私のことなど何も知らない」、「待ち望む広場には/目の前を歩く/私」という訳の分からない詩句も出てきて、「逃げようと/すきを狙うのだが」、「逃げられない」、「追われている」、「逃げられるかもしれない」と煩悶したあげく、とどのつまりは、「男などいない」のである。

 こういう直線的なストーリーを考えることにはあまり意味がないと思います。「祖国へ帰る」とか、「私が/何と呼ばれていたのか/思い出すために行く」、「素性をあばくために」とか過去をさかのぼるような表現もありました。一般的な詩にはあるのに、この詩に欠如しているものは、色彩感、季節感、女性の存在で、登場するのは男ばかり。海や川、森が舞台となり、モノクロームな印象があります。第一人称で想定されている男は兵士あるいはスパイのようで、映像で考えると、最後に奮起する前のボロボロにされたマカロニ・ウェスタンの主人公のような男が立ちすくんでいる姿を思い出してしまいます。現代詩の多くが、ふにゃふにゃした語感を冗漫に羅列するのに終始しているなかで、これほど固く屹立した詩句はなかなかお目にかかれず、現代詩界のハードボイルド詩篇と言っていいかと思います。先立つ詩人を考えれば、断言口調の恰好よさが際立つ石原吉郎谷川雁、あるいは謎めいたものが繰り返し出てくる吉岡実ら、1950~60年代の詩人の影響でしょうか。

 例えば、第五篇の冒頭の数行「男が入って来た/うわさがあった/バスに乗り込んでも/身振りを見つめている/話しかけられても/居場所ならまだ知らせない/追っているのなら/連れて行くことも知らせない/見え隠れする私が/犬を見つけた/日暮れまでの長い雨に/鹿はいない」という詩句を何度論理的に解明しようとしても不可能で、結局、これらの詩を読んでみるほかはないというのが結論です。イロジスムの激しさでは、次の『貞久秀紀詩集』よりも『私の男』のほうに軍配が上がるでしょう。


 『貞久秀紀詩集』は、今回初めて通読しました。高木敏次の詩と違って、詩集ごと、またひとつひとつの詩に、明らかな表現法の違い、質の違いが見て取れます。第一詩集『ここからここへ』から『明示と暗示』まで、一冊選べと言われれば、『石はどこから人であるか』を推薦します。詩篇では、「緑からの送信」、「山」(『ここからここへ』)、「口」、「大阪」、「甘いものの集い」(『リアル日和』)、「柳」、「水主」、「巣」(『空気集め』)、「水塗り」(『昼のふくらみ』)、「板」、「この世は黒子のまわりにある」、「青葉」(『石はどこから人であるか』)が秀逸と思います。

 詩の技法の特徴は、
①主語と述語、あるいは主節と従属節の言葉を入れ替えることによって、意味に逆説的な膨らみを与える表現。例えば、「わたしたちはなにか大きなものの中をなぞっています/あるいはなにか大きなものがわたしたちを?」(p10)、「あるきながら考えていると/考えながらあるいてもいた」(p59)。
②言葉尻を捉えて、それをふだん使わない言葉遣いで、ひとつのモノのように扱う方法。例えば、「正坐をもちあるきはじめて」(p16)、「自分のどこかにこんにちはというものがあり」(p74)。
③それまでの語調とはまったく別の世界へ外して、意外な印象を与える終わり方。例えば、「正坐のままはげしく/放尿するために」(p16)、「石ころをあれこれ並びかえては遊び、おさない知恵をしぼるようなことをしていたが、石ころはよくよく数えてみれば、どこかで拾われてきたものがそこに一つあるきりだった」(p67)
④それ以外にも、論理のタガをはずすような表現が散見されます。例えば、「ひとの耳なりがもれてくる」(p12)、「おれには背中が二つある 前と後ろに/・・・/おれはいつも うつぶせで寝る あおむきながら」(p101)。

 詩を作るに際して、言葉のイメージや喩に頼るのではなく、言葉の論理を軸に考えているのが特徴だと思います。鈴木大拙を引用しているところをみると、禅の非論理の影響があるとも考えられます。イロジカルさが強く現れるのはやはり一行一行が断片的で、詩形式がはっきりしている作品で、第一詩集『ここからここへ』に特徴的です。散文を行分けしたような作品は、非論理的なフレーズがあっても、劇的な印象は薄れるようです。

 著者は、「俳句と短歌において写生がいわれて百年を過ぎているにもかかわらず、わたしたちの志す非定型詩がそこを一度もへずして今に至っているのはたしかにおかしなことかもしれません」(p125)という問題意識から出発し、写生における「明示と暗示」という考え方を提示し、実作も行っていますが、実はまだよく理解できておりません。眼前にあるものをありのままに表現しようとする場合、五官による知覚を通して得た素材を読む人に分かるように明示するわけですが、その明示のなかに暗示を忍ばせることにより、たんなる説明や描写を越えて、文自体がそのもののあり方を体現するようになると言います。別の言葉では、「読みとりの構造が、その読みとられている記述内容の構造でもある」という境地のようです。ここにはものの認識と、想像力の働きの両面で、何か重大なものが潜んでいるような気がします。

 あと、細かいところで、印象的だったのは、著者が住んでいると思しき「菜畑」という地名や、「キトラ文庫の有さん」という私も知っている生駒の古本屋の主人が登場して親しみがわいたのと、ところどころ関西弁がうまく差し挟まれて効果を上げていたこと、また子どもの頃の思い出がテーマとなった詩もあり、自分の身の回りを大切にしている人ということが分かります。