Jean Richepin『Les morts bizarres』(ジャン・リシュパン『風変わりな死』)

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Jean Richepin『Les morts bizarres』(Arbre vengeur 2009年)

                                   

 リシュパンはこれまで『CONTES DE LA DÉCADENCE ROMAINE(羅馬頽唐譚)』(2017年9月29日記事参照)を読んだだけです。『Les morts bizarres』は、バロニアンがリシュパンの中でも高く評価している作品なので読んでみました。12篇が収められていますが、題名どおり変わった死に方をした人の話を集めています。

 

 溺死ではなく牡蠣の毒で死ぬ遭難者、盗みに入った先で死んだ泥棒、女子トイレで自殺した妄想男、監獄の中で寝藁を食べて自殺した徒刑囚、臆病な友の自殺幇助者となる話、自らを解剖して死んだ医学生、両親の復讐を果たして死んでいく子ども、理論どおりの傑作を一作残そうと執着しながら高齢で死んでいく文学理論家、形而上学の妄想に憑かれ「絶対」を見つけるために開発した器械で死ぬ哲学者、オリジナルな生き方を求め最後にギロチンの切られ方も工夫して死んでいく独創家、善意の行動がすべて運命に裏切られ最後に死刑になり墓碑銘も間違えられる不幸な男。一作だけ死なずに狂人となった話がありました。

 

 全体の印象は、短篇というよりは日本で言うコントに近いものという気がしました。観念小説的なモダンさがあり、ウィットはありますが、あまり文学的香気といったものは感じられませんでした。中で印象深かったのは、「Le chef-d’œuvre du crime(犯罪の傑作)」、「Le disséqué(解剖された男)」、「Bonjour, monsieur!(皆さん、こんにちは)」、「Constant Guinard(コンスタン・ギニャール)」の4篇。やはり奇人変人が登場する作品が面白い。序文で、François Rivièreが、「リシュパンの作品には、レクイエムの響きのような黒いユーモアがあり、慄かされる」と書いているとおり、奇人の強い思い込みが悲惨さ、残酷さにつながり、それが滑稽感を沸き起こしています。

 

 リシュパン自身が監獄を経験していて、本作の中にも、監獄が出てくる話がたくさんありました。ブルジョア社会を嫌悪していたようで、貴族的な社会ではなく、貧乏人など庶民の生活が多く描かれています。「L’assassin nu(裸の殺人者)」など、俗語を多用している作品は当時新鮮だったに違いなく、また話の運びも簡潔で、ハードボイルドを思わせるところもありました。「Un empereur(皇帝)」は、『Contes de la décadence romaine』にテーマも近い短篇です。

 

 では、恒例により、各篇を簡単に紹介しておきます。それぞれの作品を捧げている当時の文学者の名前を見るのも面白い。

Juin, juillet, août(6月、7月、8月)―コクラン・カデに捧ぐ

毎日昔習った言葉どおりに生活し、かつ自分のことしか考えない小心な男の乗った船が沈没した。幸い救命具を持っていたので、すがってくる人を跳ねのけながら、二日間漂流する。岩に打ち上げられて牡蠣で命をつなぎ、ようやく発見されるが、強烈な腹痛で瀕死となる。医者が死に至る毒と診断するなか、男は「6月は牡蠣を食べるな」という言葉を思い出して泣き崩れる。

 

L’assassin nu(裸の殺人者)―レオン・クラデルに

出獄した男が、仕事もなく放浪した末に、故郷に戻り、むかし小僧として仕えていた家に盗みに入ろうとする。監獄で仲間から聞いた「裸で、一人で」という必勝法を取り入れ、慎重に事を運びうまく大金を奪取するが、逃げようとしたとき予想外のことが起こって自滅する。

 

Un empereur(皇帝)―アブドル・アジの思い出に

公衆トイレに入ってきた女性がなかなか出てこないので、ドアを蹴破ったところ、若い男が死んでいた。置手紙があり、「自分には頽唐期羅馬の皇帝という妄想があり、ヘリオガバルスのように死んでいきます」と書かれていた。

 

La paille humide des cachots(牢獄の湿った藁)―テオドール・ド・バンヴィル

30年の刑で監獄に入った男。10年過ぎて、無為が恥ずかしくなり、最後に乾いた藁の上で寝ることを夢見て、毎日陽が射す半時間の間に一本ずつ乾かすことにした。あと少しになったとき、水差しをこぼして全部湿らせてしまった。絶望した囚人は思い切った行動に出る。

 

Un lâche(臆病者)―バルベー・ドールヴィイ

犯罪者の父と無軌道な母との私生児で、無職で他人の好意にすがってぶらぶらしている臆病な男。がいい奴で私のただ一人の友だ。そんな彼から殺してくれと頼まれた。「このままだと犯罪者になってしまうし、好きな女性がいるがたとえ彼女に愛されたとしても悪い血を残すだけで、自殺しようと思うが、臆病で自殺できないから助けてくれ」と言うのだ。

 

〇Le disséqué(解剖された男)―ギュスターヴ・フローベール

コミューンのさなか、食堂で常連の学生と懇意になる。彼は優秀な医学生で詩も書き、意気投合するが、「解剖して思考が物質的現象であることを発見したい」と言う。銃声のなか、学生が瀕死の状態で上の階から落ちてきた。見ると胸の皮がべろりと捲れている。「自分で解剖した」と言う。そこへ負傷し運び込まれた戦士が「革命の一大事に自殺とは無駄死にだ」とののしるので、「科学に身を捧げた」と弁護する。と一人が言った。「どいつもこいつも馬鹿ばかり」。思考の現象は電気のようなものと学生に語らせているのは当時としては慧眼だろう。

 

◎Le chef-d’œuvre du crime(犯罪の傑作)―アドリエン・ジュヴィニーに

天才だと信じているが売れない三文作家の主人公が、ある偶然から二人を殺し、無実の人に濡れぎぬを着せる完璧な手口を弄した。10年後、誰かに吹聴したい思いを押さえきれず、顛末を克明に描いて作品にしたところ、絶賛の嵐を受ける。が誰も本当とは信じないので、真実だと触れ回り、事件担当の判事のところまで押しかけて、あげくに精神病院に入れられる。治癒のお墨付きを受けて退院したとき、殺人を犯してないと信じる本当の狂人になっていた。

 

Le chassepot du petit Jésus(幼いイエスの銃)―ジェルマン・ヌーヴォーに

普仏戦争時、両親を目の前で銃殺された子どもが、助けにきたフランス軍についてくる。たっての願いの銃をクリスマスプレゼントとしてもらった子どもが、胸に銃弾を受け瀕死になりながら、両親を殺したプロシア軍の士官を撃つ話。お涙ちょうだい譚だが後味が悪い。

 

Bonjour, monsieur!(皆さん、こんにちは)―アンドレ・ジルに

時代にはその時代にふさわしい表現があるはずだと理論が先行するへぼ作家が、現代生活を活写しようと一篇の詩を書いた。友人たちが絶賛するなか一人が「そのテーマなら私はドラマにする」の一言で、詩を破棄し劇作にとりかかる。5年後完成すると、今度は「内面描写は小説の方が向いている」の言葉で、燃やしてしまう。そしてようやく60歳になってついに27巻の巨編が完成した。が今度は長すぎると、どんどん巻数を減らし、最後に100ページの中篇にした時すでに80歳になっていた。それでも長いと圧縮し続け、92歳の死の床で、ただ一人残った友人に、ついに搾りに搾った傑作を見つけたと告白し、友人が口もとに耳を近づけると、「皆さん、こんにちは」と言って死んだ。ブラック・ユーモア的滑稽譚。

 

La machine à métaphysique(形而上学の器械)―ポール・ブールジェに

古今東西の書物を読み耽り形而上学に取りつかれた男が、「絶対」に辿り着くには直観が必要で、そのためには苦痛を持続させて光を見ないといけないと妄想し、15年間、それを実現させる器械を作り上げる。それは歯医者の器械のように歯にドリルで穴を開けるようになっており、いったんスイッチを入れると自分では止められないものだった。召使が見に行くと、男は苦痛に苛まれて死んでいた。前段の高邁な理論と後半の卑近な器械との落差が大きく、滑稽譚としてしか読めない。一種のマッドドクターもの。

 

Deshoulières(デズリエール)―ラウル・ポンションへ

芸術、文学、科学を極めた男が、何事も独創的でなければと突拍子もないことをすることにし、毎日外見を替えたりしていたが、単なる変人ではないことを証明しようと、愛人を殺して防腐処理をして留め置き、完璧な犯罪だったが自ら名乗りを上げる。裁判も弁護士の雄弁で無罪になりかけたとき、自ら犯罪を告発して、希望どおり死刑を勝ち取る。処刑の段になっても、普通のギロチンの死に方では面白くないと、頭が輪切りになるように首をずらす。奇人変人譚。

 

〇Constant Guinard(コンスタン・ギニャール)―モールス・ブショルへ

不幸な星のもとに生まれた男。試験の日には病気になり、バカロレアではカンニングした相手が通って、本人は落とされた。初めて勤めた初日、職場が火事になり、金庫を持って逃げ出そうとして逮捕され、監獄で反乱が起きたとき、看守を助けようとして誤って暴動の手に押しやり死なせた。送還された重罪監獄を脱獄し、善行を施そうと尽くすがことごとく運命に裏切られる。孤児の女の子を引き取って育てたが愛を告白され父親と思っていると答えて自殺され、知り合いの犯罪を未然に防ごうと仲間に加わって、彼だけが逮捕された。裁判で満場一致で死刑となる。彼の善意を信じた友人の一人が墓碑銘を作らせたが、原稿の字が歪んでいたので墓屋が間違えて、「善意の男(bien)」とすべきところを「品性下劣の男(rien)」としてしまった。