G.-O.CHÂTEAUREYNAUD『Singe savant tabassé par deux clowns』(G・O・シャトレイノー『二人の道化師に殴られる曲芸猿』)

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GEORGE-OLIVIER CHÂTEAUREYNAUD『Singe savant tabassé par deux clowns』(ZULMA 2013年)

 

 このところシャトレイノーにはまっています。これで6冊目。この作品で2005年の「短篇ゴンクール賞」を受賞しているとありました。題名となっている「Singe savant tabassé par deux clowns」自体はあまり面白くない作品ですが、この賞は短篇集全体に与えられるもののようです。11の短篇のなかで、最高作は「LES ORMEAUX(ミミガイ)」、つぎに「LES SOEURS TÉNÈBRE(暗黒姉妹)」、「LA RUE DOUCE(甘露町)」、「DANS LA CITÉ VENTEUSE(風吹く町で)」、「LA SEULE MORTELLE(不死になれなかった女)」となるでしょうか。

 

 いずれもシャトレイノーらしい不思議な魅力にあふれた作品です。非現実的な世界が描かれ、SF的な設定の作品もあって、その奇想が特徴ですが、とりわけ魅力に感じるのは、その細部がくっきりと描かれているところで、これが凄い。「LES ORMEAUX」で弦楽器職人が、弦楽器に象嵌する貝殻の砕片をウィスキーを蒸留するかのように何段階にも分けて細かく精製して行く手順、「LES SOEURS TÉNÈBRE」では、舟で逃亡する主人公が川の中央にいて、両岸が鏡のように同じ風景となり、上空のヘリコプターが二つに分かれて両岸へ着陸して行く場面、「ÉCORCHEVILLE(削ぎ落す町)」の自動銃殺装置のとどめの一発や死体処理の巧妙な仕掛け、「CIVILS DE PLOMB(鉛の市民)」の鉛のように重たくゆっくりと動く寡黙な死者たちの姿など。

 

 これまで読んだシャトレイノー作品に共通するテーマもいくつか目につきました。まず私の好きな桃源郷、竜宮的な場所としては、「LA SEULE MORTELLE」の不死の若者が裸で集う高山、「LES ORMEAUX」の潮が引いた後に現われた島の別荘、「LA RUE DOUCE」の地図にない町で、これまでの作品では何と言っても「La belle charbonnière(美しき炭焼き女)」(同名書籍所収)の老騎士が甘美な体験をする川中の島でしょう。また「Le verger(果樹園)」(『LE HÉROS BLESSÉ AU BRAS(腕を負傷した英雄)』所収)の秘密の隠れ処や、「Mangeurs et décharnés(食べる人と痩せた人)」(『Le goût de l’ombre(闇への愛着)』所収)の常連客が和気藹々と集う美味なレストランも桃源郷的な場所でした。

 

 死後譚では、主人公の死後を描いたものでは、本作の「DANS LA CITÉ VENTEUSE」が該当しますが、これまでの作品では、「Le voyage des âmes(魂の旅)」(『LE HÉROS BLESSÉ AU BRAS』所収)、「Le Styx(三途の川)」(『Le goût de l’ombre』所収)がそれぞれ秀逸でした。主人公のまわりが死者でにぎわう話としては、本作中の「CIVILS DE PLOMB」と、これまででは「Ténèbres(暗冥)」(『La belle charbonnière』所収)が印象に残っています。

 

 本作中にはありませんでしたが、酒や悪夢による幻覚的世界を描いた作品は、「L’habitant de deux villes(二つの町の住人)」(『La belle charbonnière』所収)と「Essuie mon front, Lily Miracle(汗を拭いてくれ、リリー・ミラクル)」(『LE HÉROS BLESSÉ AU BRAS』所収)が何と言っても屈指です。他に、「Paradiso(天国)」(『La belle charbonnière』所収)、「Le Joueur de dulceola(ドルセオラを弾く人)」(『LE KIOSQUE ET LE TILLEUL(東屋と菩提樹)』所収)にもそうした味わいがありました。

 

 シャトレイノー作品には蠱惑的な場として、サーカスや移動遊園が舞台となったり、古色蒼然とした店が登場したりする作品が目につきます。本作では、「SINGE SAVANT TABASSÉ PAR DEUX CLOWNS」がサーカス、「LA SENSATIONNELLE ATTRACTION(過激な見世物)」が移動遊園、これまでの本では、「Newton go home!(ニュートン帰れ!)」(『La belle charbonnière』所収)がサーカスを舞台にしていました。蠱惑的な店では、『Le goût de l’ombre』の「Le chef-d’œuvre de Guardicci(グァルディッチの傑作)」の剥製店と「Tombola(福引)」の手芸店が出色でしたが、他にもたくさんあるので省略します。

 

 エパルヴェという町を舞台にした作品もたくさんありますが、どうやらこの町はシャトレイノーが作った架空の町のようです。本作では、「LES ORMEAUX」、「LA SENSATIONNELLE ATTRACTION」で登場。『LE KIOSQUE ET LE TILLEUL』の「Rêveur de fond(夢見る人)」、「Le Joueur de dulceola」、『Le goût de l’ombre』の「Tombola」にも出てきました。

 

 以下に、各作品の概要を記します(ネタバレ注意)。                                   

◎LA SEULE MORTELLE(不死になれなかった女)

ある高級娼婦が幼い頃の体験を語る。貧乏な村の8歳の少女の額にシャーマンの印が顕れたと連れていかれたのは、同じ印をつけた不死の若者たちが裸で自由に暮らす桃源郷だった。が長じるに連れ普通の人間だと分かる。印は母が娘を薬で眠らせている間に刺青したものだった。彼女は幼かったころの貧乏な村こそ桃源郷だったと語る。千夜一夜物語を思わせる夜伽話。

 

◎LES ORMEAUX(ミミガイ)

母とともに貧しい暮らしをしている若者が新しい町へ引越し、名士の子女たちの通う学校で、同じ平民の友人を得る。年に2回の大潮の日、友人と貴重で高価なミミガイ採りに行くがはぐれてさ迷ううちにふだんは海中に潜っている別荘を見つけ、そこで少女に出合う。少女はミミガイがたくさん採れる場所を教えてくれた。潮が急に戻ってきて命からがら陸に上がると、バケツ一杯のミミガイに町中が大騒ぎになる。その夜のパーティでは名士の子女たちから大もてとなり、またミミガイを弦楽器職人に買ってもらって、念願の新しい家具を買えた。一種の竜宮譚。狂気じみた弦楽器職人が登場するのも魅力。

 

〇CIVILS DE PLOMB(鉛の市民)

夫婦と三人の子が暮らしている。夫が初めに亡き祖父を蘇らせて連れてきた。次に若くして戦死した叔父。妻も独身で死んだ女家庭教師を連れてきた。すると子どもたちも愛犬を戻してくれと泣きつき…そうしているうちに、叔母、初恋の人、別の叔父夫婦、父方の祖母、母方の祖父、小学校時代の秀才、ギリシア語教師など15人に。少人数の時は遠慮気味だった死者たちも人数が増えると厚かましくなって…とうとう妻は子どもを連れて家出するはめに。グロテスク滑稽譚。

 

LA SENSATIONNELLE ATTRACTION(過激な見世物)

喧嘩して2ヵ月妻と口をきいていない主人公が、会社の帰りに、子どもの頃から親しんできた移動遊園の見世物に入る。片思いの青年が心臓を好きな女性に贈るという殺人ショーだった。売れ残りのパンを買って帰った主人公はその夜妻と縒りを戻すが、妻も同じパンを買っていた。尻切れトンボ感がぬぐえない。

 

◎DANS LA CITÉ VENTEUSE(風吹く町で)

どこか分からない町で目覚めるが、自分の名前も分からない。中近東風の別荘で、二人の女と一人の男の仲間がいた。自分の腕には注射の痕がおびただしくあり、女の一人にも手首に傷があった。仲間の男を二人の女が取りあい激しく喧嘩する毎日。もう一人の女の腹にも傷がある夢を見る。ある日カフェの占いのとおりに、風に吹き飛んでいる新聞の切れ端を読んでみると、われわれと思しき4人の銀行襲撃犯の記事があった。この町は死者が最初に立ち寄る場所だったのだ。物語の中に「風吹く町で」という小説を読む場面が何度も出てくる自己言及的作品。

 

COURIR SOUS L’ORAGE(雷雨に走る)

雷に打たれて引退した女優のその後を記事に書こうと、三文雑誌の記者が彼女の夏の避暑地に赴く。元女優と接触してさりげなく生活のことを聞くと「待っている」と言う。連れの男にあれこれ聞くが、「このホテルの客はみんな雷雨を待っている」と謎めいた答えしか返ってこない。嵐の夜、みんなが山に向かうのを目撃するが、翌朝元女優と一人の少年が雷に打たれて死んでいるのが発見される。雷の光の向うの世界へ行こうとしたという。

 

◎LES SOEURS TÉNÈBRE(暗黒姉妹)

映画会社に勤める主人公は、ルミエール(光)兄弟にあやかって「暗黒姉妹」という会社を作ろうとしているが、妻から疎んじられ借金もかさんで苦境に立たされていた。ある日偶然ぶつかって知り合った娘に家に誘われ媚薬を飲まされて一晩過ごす。娘の盲目の姉のところで、さらに強烈な酒を飲まされ弄ばれ、長女の館のパーティでは悪夢を見ているような展開の末、逃亡しようとするが…、好色な姉妹に次々と翻弄されマゾヒスティックな眩暈のうちに終わる。ダジャレから生まれた傑作。

 

TIGRES ADULTES ET PETITS CHIENS(大人の虎と子犬)

高額の医療費を取る結核療養所に入居した主人公の青年。医院長の若夫人に恋い焦がれ恋文を書いたりするがたしなめられるだけ。ところが懇意にしている年寄りの患者仲間から「夫人が自分に身を捧げた、見事なおっぱいだった」と聞かされる。何か不自然なことがあると睨んでいるうちに、その老人は自殺しすぐ次の入居者が入った。どうやら金持ちの入居者と入れ替えるための工作らしい。と、次に夫人が恋する目で主人公を見つめ始めた。策略とは知りつつもおっぱいが気になる。結末がどうなったかは書かれていないが、策略と見抜いている主人公は逆にうまくやるに違いない。

 

ÉCORCHEVILLE(削ぎ落す町)

自動銃殺装置が設置された町。主人公が、独身の仲間たちと装置のあり方を話している所へ、鸚鵡占いのジプシー女が現われ、余命を占ってもらうと1週間と出た。絶望した主人公は好きな女性に告白するが相手にされず、自動銃殺装置の前に。すると子連れの女が先に金を入れ目の前で銃殺された。そこへ鸚鵡に逃げられたジプシー女がきたので「占いは嘘か」と訊ねる。女は何か答えようとするが鸚鵡を見つけて走り出し、主人公も後を追う。これもはっきりしないリドル・ストーリー的終わり方が特徴。

 

SINGE SAVANT TABASSÉ PAR DEUX CLOWNS(二人の道化師に殴られる曲芸猿)

サーカスの下働きに雇われた青年。馬乗りの女性に恋い焦がれるが、彼女は3人兄弟のアクロバット師に弄ばれ脅迫されている。猿と鸚鵡の芸を担当していた老人が死に、遺言により車など財産は青年に相続されることになり、団長からショーを引き継ぐよう言われた。青年は馬乗りの女性と猿と鸚鵡とともに車で逃げようとするが、三人兄弟に追いかけられて…。

 

◎LA RUE DOUCE(甘露町)

古書好きのタクシーの運転手が乗せた古書店主は、ベテランの運転手も知らない通りを言った。男の指図どおりに走らせ、男を降ろしたあと町を歩くと、そこはおいしい果物やパンに溢れたところだった。スケボーの少女を避けようとして怪我した運転手は少女の家に招かれ、そこで家族と団欒し、姉とダンスを踊った。翌日その町を必死になって探すも見つからない。道路課に問い合わせてもそんな通りはないと言う。20年後、再び同じ客を乗せるが、町が放っていた輝きは失せ、店は寂れ、少女も妊婦になっていた。姉のことを尋ねると死んだという。実はあの日姉と一晩愛し合ったのだった。古本偏執狂が出てくる桃源郷譚となれば二重丸の評価にせざるをえない。