井本英一『死と再生』

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井本英一『死と再生―ユーラシアの信仰と習俗』(人文書院 1982年)

 しばらく井本英一が続きます。発行年の古い順から読んで行きます。この本は、雑誌の連載記事をまとめたものなので、記述に重複が多く、断片的な情報の積み重ねが目につき、ややまとまりに欠けるところがあります。個々の話は興味を惹きますが、読んでいて疲れることこの上なし。

 題名のとおり、いろんな神話や習俗を「死と再生」という切り口から語っています。穀類の刈り取りと成長からくる農耕儀礼を基本とし、その変奏ともいえる「阿闍世伝説」「オイディプス神話」など生まれてくる息子が父王を殺す物語、七日ごとに死と再生を繰り返す四十九日の考え方、解脱直前の釈尊と死を意味する魔との闘争などが取り上げられていますが、二つのものの対照的なあり方にことさら注目し、二元論的対立を見ようとしている姿勢には、やや無理を感じるところがあります

 一年のサイクルで言えば、冬を追放し春を迎えるという春分儀礼に死と再生が現われており、これはまた正月の行事や、七夕、冬至などの儀礼と関連するものとしています。東大寺のお水取りとして親しまれている修二会も、十度の化身を一身に表わしたとされる十一面観音に関連した経を読み、再生と関連のある若水取りや最後の三日間に行なわれる走りの行法から考えて、変身をともなった再生の儀礼であるとしています。

 空間的なものとしては、この世とあの世をつなぐ場所、死と再生が行なわれる場所として、冥界への途中にある川、塔や石柱、山頂のくぼみ、境界石、石積み、橋、泉・瀬、三叉路・十字路などの境界に注目しています。あの世へ行く際に死者の口にオボロス貨を咥えさせたり、三途の川の脱衣婆にビタ銭を渡したりするのは交換儀礼であること、地神が地下から湧出したのがオベリスクミナレットなどの塔であり、塔の礎石が仏足石の原型であること、来迎橋やかけ橋は天への階段を横にしたものであること、地蔵信仰やヘルメス信仰が四つ辻で行なわれていたことなどが書かれていました。幻想小説ではおなじみの場所ばかりです。

 死と再生に関連した道具類については、連続三角文・流水文・渦巻文などの喪紋が銅鐸に見られることに触れ、副葬陶器と同じように、何らかの魂をその中に留めておき、必要なときにはその魂に触れることができる器であったとしています。馬は神・聖人のシャマニズム的飛翔の乗物で、駒ヶ嶽や生駒山の名前にみられる「駒」とは神が降臨する際の乗馬を意味していること、イランでは煉瓦を葬儀に枕として使い出産では踏み台にするが、これは境界石の意味をもつこと、箒は生命を与える呪具でもあり、手草や杖、菩提樹の表象もすべて再生を表わすもの。また古代インドでは、家の中にある炉・砥石・箒・杵臼・水瓶の五つを穢れと感じていたが、これは同時に死と再生の両義性を持つ場所であったとしています。

 新たに得た知見としては、

牛耕式の書き方というのがあって、最初の一行は正常、次行が上下あべこべ、第三行はまた正常にもどるという風に書く。向かいあった二人が順番に声を出して読めばすらすらと読めるという(p66)。

古くは寺社には賽銭箱というものはなく、人々は目に見えぬ神仏の家に米や銭を投げ込んでいたという(p70)

→賽銭箱はいつごろから登場したのだろう。

閻魔は梵語ヤマから来ていて、ヤマには「抑止」と「双王」の二つの意味があるが、後者は米国の二人乗り宇宙船ジェミニも同系の語ということ(p108)

→フランス語ではjumeauと同系ということか。

鳥居は神道起源ではなくユーラシア的なもので、もとは生と死を象徴する二本の柱で、頂上に鳥の止まっているものだった(p170)。

御開帳とは年一回、あるいは忌年ごとに覆われていた幕をとり払い、仏を再生させる儀礼(p249)。