近世民謡『山家鳥虫歌』ほか

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浅野建二校注『山家鳥虫歌―近世諸国民謡集』(岩波文庫 1984年)

藤沢衛彦『図説 日本民俗学全集2 ことば・ことわざ・民謡・芸能編』(高橋書店 1971年)の「民謡編」のみ

 

 ポール・クローデルが『Dodoitsu』に訳している元の日本語の都々逸を読んでいるうちに、すっかり変なリズムが頭に沁み込んでしまい、もっと読みたくなってしまいました。この『山家鳥虫歌』が都々逸の七七七五調が定着した初期の頃の代表作ということなので本棚から取り出し、ついでに藤沢衛彦の著書のなかで、近代民謡史を分かりやすく書いている部分を読んでみました。

 

 藤沢衛彦の本や『山家鳥虫歌』解説をもとに、曲解をまじえて私なりに総合しますと、貴族社会で誕生した短歌や俳句とは別系統の国民歌謡の流れが、おおよそ次のように捉えられるようです。

①国民歌謡は、いろんな切り口で分別できる。労働に合わせ歌われるもの、神事・仏事で歌われるもの、盆踊やお祭りなど年中行事で歌われるもの、子守唄などがある。

②労働民謡は、農作業でみんなとリズムを合わせ、また豊作を神に祈るというところから生れた田植唄が代表だが、時代を経るにつれ次第に神の観念が失せ、単純な抒情歌となり、男女の機微の要素が加わっていく。他に臼挽唄、馬子唄、船頭歌などがある。

③仏教僧が果たした役割も大きく、鉢扣(はちたたき)や声聞師(じょうもんじ)、呪師(のろんじ)、琵琶を持った盲法師らが、民衆に広めていった。室町時代の『閑吟集』には仏教的色彩があり、日蓮宗の僧隆達がその影響下に、隆達節を発展させた。

④民衆に広まるなかで、平安朝からの情感をうつした七五七五の半今様風から七七七五の定型律に収斂していった。

⑤そうした歌謡は、地方においてそれぞれ郷土の特色を反映して発展したが、ちょうど日本がそれまで指針としていた中国文物から独立して国内の研究に眼を開いた時期であったので、『山家鳥虫歌』やそれ以前の『樵蘇風俗歌』、『和河童謡』、『小歌しやうが集』のなかに収集されていった。

 

 『日本民俗学全集2』では、ほかに音楽的な要素として、陽旋法(田舎節)と陰旋法(都節)の移り変わりや音階について詳述されていましたが、私には少しも理解できませんでした。そもそも昔は録音もできなかったわけですから、どうして音階が想像できるのか不思議です。

 

 『山家鳥虫歌』では、各地方ごとに全392句が紹介され、地方ごとのまとめとして、長常南山という人がその地方の人柄、お国柄、伝説について述べていましたが、この文章が味わい深く、またとくに怪異についての記述が多いのが気に入りました。怪異の部分は新井白石『鬼神論』からの引用と断りがありましたが、全体についても、解説によればほとんど『人国記』からの引用とのことです。「相模の国は淫風多き所」とか「女の生れながら男子に化し男の女に化したる類・・・淫風盛んなるが故なり」など、「淫風」という言葉がしきりに出てくるのが面白く、昔からよく使われていたことを知りました。

        

 類句のパターンがいくつかあり、よく耳慣れたものもありました。そのパターンをいくつか紹介しておきます。

「×××へば千里も一里」:こなた思へば千里も一里 逢はず戻れば一里が千里(他に「逢うて戻れば○○」「惚れて通へば○○」「思うて通へば○○」など)/p22

「声はすれども姿は見えぬ ××××」:声はすれども姿は見えぬ 君は深山(みやま)のきりぎりす(他に「○○谷の鶯声ばかり」「○○それかあらぬかきりぎりす」など)/p53

「×になりたや××の×に」:松になりたや有馬の松に 藤に巻かれて寝とござる(元禄から宝永にかけて流行した「有馬節」という類型歌の元歌)/p72

「ここはどこじゃと××に問えば、ここは×××××」:ここはどこぞと船頭衆(せんどしゅ)に問へば ここは梅若角(すみ)田川(他に「○○と駕の衆に○○ ○○は住吉天下茶屋」「○○と馬子衆にきけば ○○は信濃の中仙道」)/p101

「××で名所は×××よ」:水戸で名所は千波の川よ 蓮のめごめに鴨が住む/p110

「×××・×××が三×××ござる 一に××二に××」:「笑止笑止が三笑止ござる、一に出ぬ首尾二に舟の雨、土手の夕暮橋場の烟(けぶり)・・・」(他に「嬉し嬉しが三嬉しござる・・・」「床し床しが三床しござる・・・」など)/p271

 

 耳に残る歌を引用しておきます。

飲めや大黒歌えや恵比寿 殊にお酌は福の神(山城国風)/p23

人の事かと立ち寄り聞けば 聞けばよしないわしが事(河内)/p47

声はすれども姿は見えぬ 君は深山(みやま)のきりぎりす(和泉)/p53

昔思へば恨めしござる なぜに昔は今ないぞ(和泉)/p60

胸で苦しき火は焚くけれど 煙(けぶり)立たねば人知らぬ(摂津)/p68

来るか来るかと川下見れば 伊吹蓬の影ばかり(相模)/p96

飲みやれ歌やれ先の世は闇よ 今は半ばの花盛り(能登)/p149

わしとお前さんはいろはにほへと、やがてちりぬるお別れじゃ(『三重民謡』子守唄)/p164

月は東に昴(すばる)は西に いとし殿御は真中に(丹後)/p164

心通はす杓子のさきで 言はず語らず眼で知らす(伯耆)/p172

奈良の大仏さんに釣り竿もたせ、鯨つりたや五島浦で(『全長崎歌謡』南松浦・名所名物)/p180

酒は呑みたし酒代(さかて)はもたず、酒屋ばやしを見て通る(『賤が歌袋』)/p182

闇夜なれども忍ばば忍べ 伽羅(きゃら)の香りをしるべにて(薩摩)/p242

 以上『山家鳥虫歌』所収。

 

きのふけふまで振袖着たに/けさは鳥辺の灰となる(臼挽)/p434

金の威光の大平顔も/きのふかぎりのさんづ川(山家)/p434

けはひ化粧で外からぬれど/むさい心は塗られまい(和河)/p439

生れ来たりしいにしへとへば/なにも思はぬこの心/p460

奇妙ふしぎは一つもないぞ/知らにゃ世界がみなふしぎ(以上2首は盤珪禅師の「臼挽歌」)/p460

以上『日本民俗学全集2』所収。