:鶴岡善久『超現実主義と俳句』


鶴岡善久『超現実主義と俳句』(沖積舎 1998年)


 12年前に一度読んだ本の再読。といってもほとんど覚えていないので、初めて読むのと同じ。俳人20人の一人一人について、シュルレアリスムとのかかわりあいの視点から鑑賞したもの。各人の俳句について代表作を知ることができて貴重ですが、雑誌連載のものをそのまま掲載しているようなので、シュルレアリスムと俳句との関連に関する記述については、重複することが多い。

 勇気づけられたのは、俳句の解釈の自在さについてで、著者自ら、「俳句理解の究極は『誤解』であると僕は思う。作者の意図とは別のとんでもない意味を句から発見するのは、『読者の創造の喜び』なのである」(p231)と書いているように、自分勝手にいろんな想像を働かせて、複数の解釈を提示しつつ、自分なりの正解を説いているところです。行き過ぎたこじつけを感じるところも多々ありましたが、元の句が土台きわめて難解なので致し方ない。

 気づいたことは、似たように難解な句が並ぶなかで、何度読んでも、鑑賞文を読んだ後でも、全然面白くないという句が歴然とあることです。その原因は何かと考えてみるに、言葉がばらばらな感じがすること、情景が浮かばないことにあるようです。どの構成部分を繋ぎ合わせて、何かで補おうとしても、惹かれる断片もなく、意味不明なままで取りつく島もありません。

 情景が浮かぶのは重要な要素で、絵画的とも言い換えることができると思いますが、この本でも、たしかにシュルレアリスムの絵画と比較する文章がよく出てきました。ゾンネンシュターン、デルボー、ダリ、マグリットデュシャンなど。「フュマージュ」(いぶし描法)の考案者と紹介されていたウォルガング・パーレンという人は初めて知りました。


 シュルレアリスムとの関連を指摘する表現をいろいろ拾い集めてみると、次のようなものです。
①上記のように、シュルレアリスムの絵画を思わせるという言い方、
アンドレ・ブルトンの「痙攣としての美」を獲得(p9)、
シュルレアリストが通過した「夢の行為」を体現(p14)、
④「解剖台の上での、ミシンとコウモリ傘との出会い」を想起させる(p21)、
⑤驚異と通底する変身(メタモルフォーゼ)もまたシュルレアリスムの重要な要素のひとつ(p62)で、急激な存在のあり方の変化によって想像力は解放され、人間の潜在意識下にある欲望をも明らかにしてくれるのである(p166)、
⑥物としての用途をはぎ取った、まったき物質としての「物」は・・・シュルレアリスムが内面的に所有していなければならない根本的な要素(p68)、
シュルレアリスムのエロティスムに通底している(p140)、
⑧見えるものを手がかりに見えないものまで見るというのはシュルレアリスムの一方法(p169)、
⑨謎が謎のまま物質として投げだされて、その謎の物質がまた新たな謎を生む方程式はシュルレアリスムではよくあること(p210)といった具合。他にも「狂気」や「非日常」をシュルレアリスムの一要素として関連づけるようなニュアンスの所がありました。


 「シュルレアリスム」を錦の御旗のように掲げて、取り上げた俳句をシュルレアリスムの用語で説明して得意がっているようなところがあって、あまりいい印象がありません。そのシュルレアリスムの手法のどこがすばらしいのか、どこに魅力があるのかを深く掘り下げるような書き方をしてほしかったと思います。


 それはともかく、あらためていいなと思った俳人は、高浜虚子、中村苑子、河原枇杷男、平井照敏、次に加藤楸邨高柳重信、橋輭石か。気に入った句を下記に引用しておきます。
虹を吐いてひらかんとする牡丹哉(与謝蕪村
蟻の国の事知らで掃く箒かな
わが浴衣われの如くに乾きをり
落花のむ鯉はしやれもの髭長し
爆笑して夏草の堤を転げ落つ(以上高浜虚子
熱を病む手足がへんに伸びてゆく
けもの臭き手袋呉れて行方知れず(以上西東三鬼)
天蜘蛛夜々に肥えゆき月にまたがりぬ
天の川わたるお多福豆一列
百代の過客しんがりに猫の子も
おぼろ夜の鈴か我かが鳴りにけり(以上加藤楸邨
走るなりさうしなければ皆すすき
耳の木や/身ぐるみ/脱いで/耳のこる(以上高柳重信
枯野ゆくうちに一本白髪伸び(平畑静塔)
夢の橋を九つ渡り蛇屋の前
この輪ぬけあの輪ぬけなば桃ひらかん
日輪を呑みたる蟇の動きけり(以上橋輭石)
翁かの桃の遊びをせむと言ふ
桃のなか別の昔が夕焼けて
花葛に隠れて葛に化(な)りすます
梁(うつばり)に紐垂れてをりさくらの夜(以上中村苑子
蝉穴や鏡のうちよりわらふ声
蝶昏れて水鏡に棲む貌ひとつ
蓬の木嗅げば忽ち白髪かな
洪水や梁にはえゐるひそかな毛
曼殊沙華いづれは天も罅われむ
野菊まで行くに四五人斃れけり
麥の秋いづくか時間漏れゐるも(以上河原枇杷男)
一本は何処にかくす死者の箸(鈴木六林男)
前の世に見し朧夜の朧の背
狐火の退れば増ゆる行けば消ゆ
数かぎりなき霧の目のつけてくる
横顔にして真顔なるひらめかな
銀狐われを出でたるごとく去る
鼠ともならぬ寒暁の黒き石(以上平井照敏
サランラップのふんどし姿で翁は怒る(夏石番矢