:YVES RÉGNIER『Les Ombres』(イヴ・レニエ『影』)


YVES RÉGNIER『Les Ombres』(Bernard Grasset 1963年)


 昨年オークションで落札したディスプレイ用11冊一括2000円のうちの一冊。Baronianの『Panorama de la littérature fantastique de langue française(フランス幻想文学展望)』の「詩的幻想作家」の章で、シュペルヴィエルアンドレ・ドーテルらに並んで、ほとんど名前だけ紹介されていた作家。この作品も名前だけあがっていました。

 『Les Ombres(影)』というタイトルに惹かれて、幽霊でも出てくるかと期待して読んでみましたが、幻想味も薄く、ひとことで言えばがっかりしたというのが正直なところです。文章が難しかったのも一因で、一文が長くて、会話体以外の所では、ページ半ばに及ぶこともざら。詩的な表現がところどころあったのが救いです。細部はよく分からぬまま読み進みましたが、内容は親子三代の人間模様を語るいたって平凡な話。

 アルカトラズという港町を舞台に、父母と祖父母たちの関係や町の風景を孫の僕(と言っても16才)の眼で語っています。面白いと言えば、この主人公が「光のなかにも何か暗い影を見てしまう」(p13)思春期まっただ中で、「どうでもいいや」が口癖のいつも無関心を装っている性格という人物造型で、この小説を味のあるものにしています。


 細かいエピソードは省略して、あらすじだけを簡単に紹介しますと、
アルカトラズという港町で漁師をしている父アンリと母イヴォンヌ、息子の僕フィリップ。一家は毎週のように母方の祖父母レンヌ家や父方の祖父母ブレイユ家に食事に行っていた。元遠洋航海の船長だったブレイユ爺さんは息子たちを連れて海外へ行く計画を毎日練っている。僕は父と伯父が漁をしている舟に乗って寝そべったり泳いだりして遊ぶ日々を送っていたが、ある日父は帰るとも分からぬ旅に出てしまった。伯父も舟と一緒に姿を消す。僕は出発する前夜荷造りをめぐって言い争う父母の会話を盗み聞いていた。

母とともにレンヌ家に住むことになるが、そこには管理人マチルドと娘のルイーズが1階の小部屋で暮らしていた。母は父さん子であり、また義父のブレイユ爺さんの教養も尊敬していた。交際家で山の手の町の人気者だった母親もしばらくして黙ってレンヌ家から出て行った。が爺さん婆さんらは何事もなかったように振舞う。僕は祖父母の一人ずつに母の失踪について問いただす。

やがてマチルドも家出をし、残されたルイーズはレンヌ家の食卓に座るようになり、僕は何とか彼女の気を引こうとする。そんななか二人の爺さんも前々からの計画通り海外へ旅立ってしまう。旅立ちの前夜、僕が庭でその計画を盗み聞いていると誰かの手が触れた。ルイーズだった。僕が彼女を抱きしめると、彼女は自分の部屋へ来てと誘った。こうして、次から次へと登場人物が舞台から姿を消していき、残された僕とルイーズがクローズアップされ、新たな生活への予兆を感じさせながら物語が終わります。


 この作品が出版された年はヌーヴォー・ロマンの全盛期で、若干その影響が感じられました。ひとつの場面、状況が何度も執拗に描かれるのがその特徴です。Ⅰ章は、父と伯父が漁をしている舟に僕が乗ったある一日の情景に終始し、Ⅱ章以降は、僕がマチルドの部屋へ行くまでレンヌの館の薔薇の壁紙のある廊下を通って行くという状況が基調音となってたえず反復され、最後のⅤ章では、主人公が朝母の部屋へ行って母親の家出を知るという情景が、手を変え品を変えしつこく語られるという具合に。細かなエピソードがその間に語られ、全体の物語が姿を見せるという仕掛けになっています。